旧雑居ビル界隈に残る江戸の残り香など、いくつかご紹介させて頂きましたが、今日は明治の残り香を。
東京のお不動さんといえば目白、目赤、目黒、目青、目黄の「江戸五色不動」や、江東支部近の深川不動さんなどが有名ですが、旧雑居ビル界隈にも、お不動さんがあったんでした。それが、芝不動尊。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7b/19/0a2a21cf64164695001f7833f5728689.jpg)
こちらのお不動さんは明治6年に地元の篤志家が、成田山より不動尊を招来して建立したのが始まりなんだそうです。その後、他のお不動さん同様に周辺には縁日が立つなどして大層にぎわったそうです。
しかし戦争末期に強制疎開により一時閉鎖、戦後になってすぐに再度開山するものの、20年ほどでまたまた閉鎖になるなど、何やら不憫な運命をたどるワケです。
そして昭和48年、地元の商店会から不動尊再建の要請を受けた三和銀行(当時)が土地と再建資金を提供、昭和55年11月になりやっと、公園の一角に「芝不動尊」として再興が成ったそうなんです。
大きな地図で見る
「歩行者専用」の交通標識の左に見える小さなお堂が、芝不動尊。雑居ビルが林立するなかにある小さな公園に、これまた小さなお堂がポツン。何か、凄ぇ不思議な空間なんすよね。Kanother的に何だか妙に魅かれる小さなお不動さん、ヒジョーに判り難い場所ではありますが、お近くにお越しの際には是非、探してみてにゃんまげです。
東京のお不動さんといえば目白、目赤、目黒、目青、目黄の「江戸五色不動」や、江東支部近の深川不動さんなどが有名ですが、旧雑居ビル界隈にも、お不動さんがあったんでした。それが、芝不動尊。
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こちらのお不動さんは明治6年に地元の篤志家が、成田山より不動尊を招来して建立したのが始まりなんだそうです。その後、他のお不動さん同様に周辺には縁日が立つなどして大層にぎわったそうです。
しかし戦争末期に強制疎開により一時閉鎖、戦後になってすぐに再度開山するものの、20年ほどでまたまた閉鎖になるなど、何やら不憫な運命をたどるワケです。
そして昭和48年、地元の商店会から不動尊再建の要請を受けた三和銀行(当時)が土地と再建資金を提供、昭和55年11月になりやっと、公園の一角に「芝不動尊」として再興が成ったそうなんです。
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「歩行者専用」の交通標識の左に見える小さなお堂が、芝不動尊。雑居ビルが林立するなかにある小さな公園に、これまた小さなお堂がポツン。何か、凄ぇ不思議な空間なんすよね。Kanother的に何だか妙に魅かれる小さなお不動さん、ヒジョーに判り難い場所ではありますが、お近くにお越しの際には是非、探してみてにゃんまげです。
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