前田選手、カープ史上4人目の2000本安打、おめでとうございやす!
思えば1995年、ヤクルト戦で右アキレス腱断裂の大怪我をした試合を、Kanotherは神宮のレフトスタンドでみてたんでした。
思い起こせばとても寒い日で、震えながら遠く眺めるスタンドからは、前田が1塁ベースを駆け抜けたところで転んだだけのようにしかみえず、後でニュースをみて大怪我だったことを知ったもんでした。
あれからはや、12年。
「ワシはもう終わった選手ですけぇ。」
そう言いながらも、その後も規定打席に達した年は必ず3割以上の打率を残してきた前田智徳。おまえ男だよ!
前田がレギュラーとして定着した1991年は、今んところカープ最後の優勝の年。
前田が怪我にも負けず安打を重ねていった歴史は、カープ苦難の歴史とまさにシンクロしとるわけで、これまで何度となく苦い酒を呑み、それでも応援し続けるなかで訪れるこんな瞬間こそが、まさにファン冥利に尽きる瞬間なんであった。
おめでとう、前田!飛~ばせ~明日へ未来へ~ 輝け~前田~っ!
思えば1995年、ヤクルト戦で右アキレス腱断裂の大怪我をした試合を、Kanotherは神宮のレフトスタンドでみてたんでした。
思い起こせばとても寒い日で、震えながら遠く眺めるスタンドからは、前田が1塁ベースを駆け抜けたところで転んだだけのようにしかみえず、後でニュースをみて大怪我だったことを知ったもんでした。
あれからはや、12年。
「ワシはもう終わった選手ですけぇ。」
そう言いながらも、その後も規定打席に達した年は必ず3割以上の打率を残してきた前田智徳。おまえ男だよ!
前田がレギュラーとして定着した1991年は、今んところカープ最後の優勝の年。
前田が怪我にも負けず安打を重ねていった歴史は、カープ苦難の歴史とまさにシンクロしとるわけで、これまで何度となく苦い酒を呑み、それでも応援し続けるなかで訪れるこんな瞬間こそが、まさにファン冥利に尽きる瞬間なんであった。
おめでとう、前田!飛~ばせ~明日へ未来へ~ 輝け~前田~っ!
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