ぽつお番長の映画日記

映画ライター中村千晶(ぽつお)のショートコラム

リトル・ジョー

2020-07-16 23:28:27 | ら行

「ルルドの泉で」(09年)監督の新作で

しかもベン・ウィショーが出てる(笑)

 

「リトル・ジョー」71点★★★★

 

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バイオ企業の研究者アリス(エミリー・ビーチャム)は

息子ジョー(キット・コナー)と暮らすシングルマザー。

 

彼女は「人を幸せにする」香りを出す

真紅の花の開発に成功する。

 

会社も、チームの同僚クリス(ベン・ウィショー)も大喜びするなか

彼女はその花を、

息子の名をとって「リトル・ジョー」と名付ける。

 

しかし、同僚ベラ(ケリー・フォックス)の愛犬が

リトル・ジョーの温室に一晩閉じ込められる出来事が発生。

 

翌日、犬の様子がいままでと違うと

ベラはリトル・ジョーが出す花粉に、疑いを持ち始める。

 

本当にリトル・ジョーの仕業なのか?

いったい、何が起こっているのか?

 

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見えない“何か”を吸い込むことで、

人や社会がじわじわと変わってゆく、という

静かなサイエンス・スリラー。

 

コロナ禍を予見したかのようで

実に不気味であります。

 

最近、幸せホルモンとして知られるオキシトシンの作用とか

植物の遺伝子操作など

監督は科学者たちにも大いに知恵を借りたようで

あながちフィクションといえないリアルがまた怖い。

 

さらに

日本人音楽家、故・伊藤卓司氏による尺八や太鼓など雅楽の音色が

「雨月物語」的な怪談の様相を見せるあたりも

とても興味深くありました。

 

 

でもね

スリラー、ホラー、とか思って観ると

拍子抜けするかもしれません。

 

まず、花の香りを嗅いだ人や動物が

血を吐いて倒れたりとか、わかりやすくヤバくなるわけじゃない。

そこにあるのは

「何かが、いままでと違う」というビミョーな感覚。

 

さらにこの話の核には

シングルマザーであるヒロインの

自己実現しきれない、モヤモヤがある。

 

一人息子のジョーを愛してるけど

しかし彼が自分のキャリアや人生の「枷」になってることを

彼女はどこかで封じ込めてるわけです。

 

これは、一人の女性が

子どもをとるか、はたまた仕事を含め、自分の幸せを追求するのか――――というような話でもある。

 

その最後の決断は

まあこれもゾクッとさせる、

あやかしな雰囲気を持ち合わせているのでした。

 

最新の「キネマ旬報」7月号で

ジェシカ・ハウスナー監督にインタビューさせていただいております。

お父さんは、有名なオーストリアのシュールレアリズム画家の

ルドルフ・ハウスナー。

父から受け継いだものも大きいだろうなと思わせる

美的感覚とクレバーさ。でもすごく気さくだった監督。

ぜひ映画と併せてご一読くださいませ!

 

★7/17(金)からアップリンク渋谷、アップリンク吉祥寺ほか全国順次公開。

「リトル・ジョー」公式サイト

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ぶあいそうな手紙

2020-07-15 23:28:27 | は行

いいなあ、こういう話。

 

「ぶあいそうな手紙」72点★★★★

 

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ブラジル南部の街、ポルトアレグレに暮らす

78歳のエルネスト(ホルヘ・ボラーニ)。

 

隣国ウルグアイから移り住んで46年。

ほとんど目は見えないものの

サンパウロに住む息子とは距離を置き、一人暮らしを続けている。

 

そんなある日、エルネストのもとに

1通の手紙が届く。

それはウルグアイに住む、かつての初恋の人からの手紙。

だが、スペイン語で書かれた手紙を

ブラジルの公用語ポルトガル語しか介さない家政婦は

読むことができない。

 

そんなとき、エルネストはアパートの入り口で

偶然、若い女性ビア(ガブリエラ・ポエステル)に出会う。

 

彼女がスペイン語を読めると知ったエルネストは

手紙の代読と、代筆を頼もうとするのだが――?!

 

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いいなあ、こういう話。

 

78歳の独居老人が

見ず知らずの若者に出会い、互いになにかを得る。

 

老人meet若者、という題材は

高齢化社会の都市伝説、ともいえるほど

古今東西、さまざまに描かれていて、

 

もちろん最近ではカラテカ矢部さんの

『大家さんと僕』もありましたよね。(すっきやねんこういう話)

 

 

どこか、おとぎ話のようでもあるけれど

いやしかし、

世界でこうした設定が繰り返し描かれるのは、

あながち寓話ではないからかも、と信じたくなるんですよね。

 

 

で、この話で出会うのは

ほとんど目の見えない老人エルネストと

パンキッシュな若者ビア。

(うーん、正直、23歳には見えないのだが。笑)

 

袖振り合うも多生の縁、で出会った二人は

遠くの親戚より近くの他人、という感じで

お互いに、必要な存在になっていく。

 

しかし、ここで

若者の「善」をまるっと信じたいところなのですが

ビアは最初、エルネストの家でセコい盗みをしたりして

「本当にこの娘、大丈夫なのか?」と観客もヒヤヒヤさせられるんです。

 

監督にインタビューしたところ

ブラジルでもやっぱりオレオレ詐欺的な犯罪は多いらしい。

 

でも、エルネストが手紙を読むことを「仕事」としてビアに頼み、

居場所と仕事を与えることで、

ビアは安定と、その先の希望を見いだし、

逆にエルネストはビアによって、背中を押され、

初恋の人にちゃんと手紙を書くことができる。

 

他人ならではの微妙な均衡、さらに

実の息子とエルネストの、実の家族だからこその微妙な距離や空気など

誰もが理解できるリアルがあることで

 

こんなカンケイも、ありだよね、としっかり腑に落ちさせるのが

なかなかよいのでありました。

 

さらに

独裁政権下を逃れたエルネストの背景や、

舞台となるポルトアレグレの街の雰囲気といい、哀愁を誘う音楽といい、

どこかヨーロッパぽいというか、ポルトガルっぽい印象もあって

興味深い。

タナのワインが飲みたくなるし

 

それに、このラスト

想像を超える鮮やかさで、すごーく好き。

 

おなじみ「AERA」の「いま観るシネマ」で

アナ・ルイーザ・アゼヴェード監督に

インタビューをさせていただきました。

ブラジルの現状、そして日本での「老人と若者」についてもお話したり

すごーく美しく、ステキな監督なのでした。

映画と併せて、ぜひご一読くださいませ。

 

そして、エルネストが体験した

ウルグアイの独立政権下の状況などは

この「世界で一番貧しい大統領 愛と闘争の男、ホセ・ムヒカ」(20年)を観ていただくと

すっごくよく補完できると思います。

 

★7/18(土)からシネスイッチ銀座ほか全国順次公開。

「ぶあいそうな手紙」公式サイト

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レイニーデイ・イン・ニューヨーク

2020-07-04 23:45:09 | ら行

いろいろ問題を醸したウディ・アレン御大、最新作。

 

「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」70点★★★★

 

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ギャツビー(ティモシー・シャラメ)は地方の大学に通う学生。

ニューヨークに住む裕福な両親のもとで育った彼にとって

都会を離れ、さぞやつまらない学生生活・・・と思いきや

 

キュートな恋人・アシュレー(エル・ファニング)が出来たことで

ギャツビーはもう、ウッキウキ。

カノジョに夢中なのでありました。

 

そんなある日、アシュレーが学校の課題で

有名な映画監督(リーヴ・シュレイバー)にインタビューをすることになる。

 

インタビュー場所がニューヨークと聞いて

「僕も行く!」と、がぜん張り切るギャツビー。

 

高級ホテルをリザーブし、

「あそこでお茶して、あそこでディナーして・・・」と

NYを案内するステキ計画を立てるのだが――――!?

 

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ウディ・アレンの最新作が、ついに公開!

 

ティモシー・シャラメにエル・ファニング、セレーナ・ゴメスと

超・旬!なキャストをもって

ひょうひょうと、軽妙に

男女の「永遠のゴタゴタ」を描いた本作。

 

84歳の変わらぬパッションと技を

十分に堪能できます。

 

ギャツビーという名もストレートな主人公が(笑)

裕福な家に生まれながら、自分探しでグネグネまがり

ニューヨークの「粋」を自然に身にまといつつ

真実の愛を探してさまよう――――というストーリー。

 

自身をティモシー・シャラメに映すような

壮大なずうずうしさ(爆笑)も相まって

やっぱりアレン節!という感じで

 

92分を安定印で、楽しめます。

 

可憐な風貌ながら、野望を胸に秘めた

エル・ファニングもグー。

 

なのですが

この映画に絡まったもろもろを思うと

いろいろ複雑になってしまうのも確か。

 

まあ映画ファンのみなさんはご存じ&ご周知でしょうが

本作の公開前に

ウディ・アレンの28年前の養女にして幼女への性的虐待疑惑が再浮上し、

#MeTooの流れもあいまって

キャストたちが「もうウディとは仕事をしない」とギャラを寄付するなどボイコット。

 

出資元のアマゾンプライムが全米公開を中止した――――という

いわくつきの作品なんですね。

 

ワシは

#MeToo には賛同するし、犯罪行為には絶対の罰を!ってのは大賛成。

なのですが

こと、この件に関しては、実に難しい。

だって28年前の話で、一度は無罪になっているし

最近もまた同じ事で逮捕された――とかというのとは、ちょっと違う。

ワインスタイン事件とかとは明かに異なるんですよね。

 

苦しんでいる人は、声を上げていいし、もちろん助けたいと思う。

 

でも、なにもかもを断罪し、

すべての才能を、それでなかったことにするのは

果たして公正なのか?

 

ということに、性差もなにも関係なく、

違和感を覚えているのは確かなのです。

 

なにより

フレッシュなキャストを起用し、街を愛し、男と女のもろもろを愛し、

作品を作り続けることこそ、

84歳の命をつなぐ糸なのだ、と思う。

 

だからワシはやっぱり、彼に映画を作り続けてほしい、と思うのです。

 

★7/3(金)から新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、EBISU GARDEN CINEMAほか全国順次公開。

「レイニーデイ・イン・ニューヨーク」公式サイト

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チア・アップ!

2020-07-03 23:55:24 | た行

ダイアン・キートン主演だけあって

センスいいんです。

 

「チア・アップ!」71点★★★★

 

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都会で一人暮らすマーサ(ダイアン・キートン)。

 

お一人様&子ナシらしき彼女は断捨離をし、

長年住んだアパートも引き払い、

郊外へと向かう。

 

着いた先は、パステルカラーの建物や青いプールがまぶしい

高齢者の居住区、サン・スプリングス。

 

ここで静かに余生を送ろう――と思ったマーサだったが

ご老人たちはみな元気モリモリで

ゴルフにクラブ活動にと忙しい。

 

都会育ちの彼女は、

周囲とディスタンスを取っていたが  

あることから

若いころ憧れた「チアリーディング」のクラブを発足することになり――――?!

 

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こういう映画だろうなー、と思っても

やっぱり期待を裏切らないのがいいし、

意外とそれ以上、という映画でした。

 

まず、冒頭

キートン×ニューヨークなイメージそのものな、

気分のアガる音楽とセンスに

「やっぱり、そうくるよね!」と、嬉しくなります。

 

宣伝ビジュアルは

黄色の元気印!で、ちょっとベタなオバちゃん的センス?なイメージだけど(失礼!)

やはり彼女が主演だけあって

品とセンスがちゃんとあるんだよなー。

 

名作ドキュメンタリー

「はじまりはヒップホップ」(16年)もだけど

やっぱり高齢者が、新しい物事にチャレンジし

生き生きとしはじめる話は、

観ているだけで気分が明るくなるし、勇気と元気をもらえて

好きですね。

 

70オーバーな女子たちの友情とダンス奮闘、そして

祖母の家でこっそり暮らしている

ババ好きする若者(チャーリー・ターハン)や

ひょんなことから主人公たちにチアを指導する

イケてる高校生(アリーシャ・ボー)など

 

高齢者と若者が、交流することで

互いに何かを得る――――という鉄板展開もグー。

 

この映画はこの時期、

スポーツジム通いを休んでる人や、仲間とのバス旅行をあきらめているような

シニアの方々に、特におすすめしたい。

 

仲間のいる楽しさや、幸せを

きっと再確認できると思うし

 

みんなに会えないつまらなさを

せめて紛らわして欲しいと思うのです。

 

★7/3(金)から新宿ピカデリーほか全国で公開。

「チア・アップ!」公式サイト

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