25時間目  日々を哲学する

著者 本木周一 小説、詩、音楽 映画、ドラマ、経済、日々を哲学する

農業革命から

2018年10月08日 | 文学 思想
 人間の脳には限りがある。六法全書を丸ごと記憶している記憶力が抜群の人がいるだろうが、その人は昔のハムラビ法典もアメリカ合衆国の法律も記憶しているかと言えばそうではないだろう。
 またこの脳というのは死んでしまう。映画ではあるかもしれないが、脳の中にある全部を他人に移せない。つまり脳は一世紀もたないのである。さらに脳は得手のいいもの、好きなものには積極的に働くが嫌なものには消極的であり、拒否さえし、働くこともしないことさえする。
 狩猟採集で必要なものをとり、その日暮しで呑気にやっていた狩猟採集民の一番の弱点は歩き続けなければならない移動の生活だった。彼らの中に生きるエネルギーの主となる穀物を栽培する集団が現れた。この穀物さえ栽培できれば定住が可能となる。歩き続ける生活も終わりとなる。何を思ったのだろう。強い決意をしたのか、たまたまそうなりもう引き返せなくなったのか。
 雑草は生えてくる。害虫が発生する。病気が発生する。水不足、洪水、台風などの天災がくる。栽培したものがだめになる。腰が曲がる。それでも定住の方が、農業の方がよい、と多くの人間集団は思ったのだろう。
 農業を始めてから彼らは未来を考えるようになった。考えるというよりも、未来の心配、不安だった。未来が心配なため、より多くの余剰できる穀物を作りたいと思い、技術は進化した。働きづめに働いた。呑気ではなくなった。腰をかがめ、笑うことも少なくなった。
 小さな土地から持続して食料が得られる。何十キロ、何百キロという縄張りは必要なくなった。 そのうち、貯えが盗まれるという事件が起きた。集団どうしが争うことも起きた。地頭のようなものをリーダーとして、守護のような人を警察官とし、守ることで、農民ではないものが誕生した。守ってもらうためには農地を測り、収穫量を測り、税を納める。そういうことを計算する公務員も誕生した。非農民は農民が作った余剰の食料で彼らの生活が賄えるものだったはずだった。
 次第に脳は複雑化していった。専門的な脳が誕生してきた。計算に強い脳。交渉事に強い脳。図や絵が描ける脳・・・。

 世界のどこを見てもこのような人類の移り変わりは同じことだろう。アフリカ的段階からアジア的段階、半アジア的段階、そして西洋的段階へと歩を進めている。一万年に渡り、文明と接触せず狩猟採集で生きてきたアマゾンのヤノマミにもNHKのディレクターたちが入ったときにはヤノマミの若者がポルトガル語を学び、留学し、やがてヤノマミの村にコンピュータを持ち込み、映画を見せていた。彼らには一挙に近代化、西洋化が押し寄せることだろう。そして人間の脳においては一万年くらいの遅れは瞬時のように追い越せるのだ。

 生きるためには食糧がいる。しかしぼくの回りを見渡してみても食糧を作っている人はいない。い。都会で暮らす、例えば女性や男性で、自分が一枚のコピーをしたこと、電話を受けたこと、だれかと会議をしたことが食糧とどう繋がっているのか考えることがあるだろう。それは自分がどれほどの役割をもち、どれほどの価値を持つか悩むことだろう。
 毎日同じことの繰り返しを行う仕事にどんな喜びがあり、それが食糧とどう関係しているのだろうかとふと思う。この不可解さは精神の奥深いところに何か影響を及ぼしていることだろう。

 ホテルでAIロボットが応対してくれることと食糧はどう関係しているのだろう。
 70億人が生きていける食糧を作り出す能力を今の人類世界は持っているにちがいない。ホモ・サピエンスは農業という苛酷な道を選んだときに、今日の世界を予測していたわけではない。
 たいへんな遠回りをしてやっとアマゾン支流奥地のピダハンのように暴力を嫌い、子供も大人も対等で、よく笑い、明日のことを心配しない社会を結局は得ようとする理念を描いている。ピダハンはすで一万年前から実現していると思うと、人間が生きる環境は宿命的である。