思えば遠くまで来たものです。モン・サン・ミッシェル島内の路地。
今回の旅行はホテルと飛行機は日本から予約して来たものの、すべて現地についてからその日の計画を立てました。
というのも、ローカル線のバスに乗って自力でたどりつかなくてはならないので、バス停に行ってみて初めてドラマが始まります。
野宿もせず、なんとか戻ってこれたのは、旅先でたくさんの方のお世話になったからに他なりません。
到着すると、あとは観光したり食べたりすればいいのですが、今回の地方の旅で一番のクライマックスは、「移動」にあったようにも思えます。
どうやって行ったか。無理やりたどり着くためには、どうしても誰かに聞かなくてはならない。
けれども、どんなローカル線のバス停にも、たいていは日本人が不安な顔で数名待ってるからおもしろいですね。
「ねね、次どうする?」日本人ばかりが路頭に迷っているわけではありません。フランスの方たちも。
いつでもワンコ連れ。会議中。
目的地に到着すると、どんなときでも、ここの人は「何食べてんの?」「何がおいしいの?」
モン・サン・ミッシェルといえば、オムレツは「プラ-ルおばさんの宿」が大変有名です。
巡礼者の宿として開業した宿が、20世紀には多くの著名人が足を運ぶ名物ホテルとなったとのことです。
店内の調理室は昔のままの姿で、通りから見学する事ができます。
ブルターニュ・ノルマンディー地方は美味しいお酒もたくさん。(これはホテル近くのスーパーで撮影)
パリのホテルのフロントのおじさんが、「シードル、パスティス、アルマニャック」美味しい旅だったでしょう?私のマザーはノルマンディー出身だよ!と食の自慢話を聞かせてくれた。
パスティスは、翌日に行く三ツ星レストラン「ラ・メゾン・ド・プリクール」でも出てきたが、
はっきり行って、なんでこれがおしいのか、何でも飲む私的には、未だに謎い飲み物です。
島からホテルへは、今度こそバスに乗車する事ができましたが、
島のバス停で「だれかれに聞きまくっている男の子がいる!?」
はは~ん。すでに移動で苦労しているとみえる日本人の男子大学生でした。(神奈川県海老名市出身)
でも、彼のお陰で、翌日モン・サン・ミッシェルからサンマロというところへ行く、行き方を何通りも教えてもらってて、ほんとに助かったんでした。
翌日、サンマロ行きのバスを待つバス停にて、またもや事件が起きました。つづく・・・
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