最近届いた『ペシャワール会報』に、中村哲医師の昔の文章が掲載されていて、それを読んでしばらく考えさせられました。「チームワークに難儀するのはどこも同じである」で始まるこの一文は、アフガニスタンの無医地区でチームを束ねてゆくことの難しさを語っています。少し長くなりますが引用します。
えてして人間は自分の行為で治ったと信じがちである。これは世界中、変わらない。告白すれば、実は医者の世界でもそうで、はたして薬が効いたのか、放置しても治ったのか分からないことが案外少なくない。(中略)ただ、正しい診断さえあれば見通が予測でき、患者の不安を鎮めることができるのみである。臨床経験が豊富な医師なら、分かるはずである。
だが、医師の少ない現地では、これまた極端。一人ひとりが自分の経験に自信をもつ。その自信が日本人の一般常識からみて尋常ではないのだ。一匹狼の集合だと考えて差し支えない。私は神経が専門だが、赴任の初期、部下の看護師が神経の解剖と機能をたっぷりと講義してくれた。「釈迦に説法、それくらいは知っている」と言いたかったが、診療意欲をそがぬよう黙って聞いた。これにはかなりの忍耐が要る。
この一匹狼の群れを束ねるのは容易ではない。一番の解決法は、ことを起こすときに指導者たる本人が先頭に立ち、実績で語ることである。いわば遊牧民的な気風で、マニュアル式の組織的な集団は現地向きではない。
中村医師の強靭な精神力が、現地でこうやって培われたのかと思うと同時に、その精神の柔軟さというか、ゆったりとしたユーモアの精神が基調に流れているのを感じます。
人は、おのがじし持っている信念や自負といったものに支えられてようやく生きています。そして、それが自己満足や排他主義に陥っていくことも経験的に知っています。しかしながら、その隘路から人も自分も解き放つ術について、明確に語りうる人は少ないと思います。
頑なになりがちな自らの精神を解きほぐすと同時に、人の精神をも解き放って、ひとつのチームにまとめあげることを、中村医師は日常的にやっていたのでした。
この文章は次のように結ばれていて、中村医師が何を遠ざけようとし、何を愛そうとしていたかが分かります。
グローバリゼーションという名の、世界を支配する人為と欲望の巨大な組織化に比べれば、現地の人間の「過剰な自信」と「チームワークのなさ」が、何やらかわいらしく思えて仕方なかった。(中村哲医師アーカイブ2004年『ペシャワール会報No.162』2024.12.4)
力や数を頼みに、主義主張を無理やりに通そうとすることを憎み、その一方で、いざとなったら強力なチームになりうる一匹狼たちを、中村医師は愛していたのだと思います。