ふうせんのホームページ

合唱とパソコンを趣味として、つれづれなるままに、書き連ねます。

ベースアップは焼け石に水

2016-03-14 17:48:59 | ニュース

日本のサラリーマンの給料は安い。

なので、ベースアップを望みたくなる気持ちは、わかる。

けれども、ベースアップがあっても、物価はまた上がる。

物価があがれば、財布のひもを固くして、消費をおさえようとする。

 

悪循環ではないかと、いつも思う。

 

わずかなベースアップより、時短とか、通勤時間の緩和策とか有給休暇の消化とか、働くものの労働条件の改善に向けたらいいのにと、思う。

 

年間の労働時間は一時期に200時間に減ったのに、その後不景気になり、人あまりになって、職場の環境は悪化してしまった。

 

こういう時はよとりのある就労を求めていくのが良いようと自分は思っている。


祝儀の慣習

2016-03-14 17:34:43 | ニュース

巨人 公式戦で勝った際“祝儀”の慣習

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20160314/k10010442641000.html

 

こういう風習は、もともとは意義があったはず。

元々は、感謝とか、ねぎらいとかの心があったはず。

 

時がたつにつれ、空洞化していく。

どうでもいいような空気が一杯になってしまうこともある。

 

周りの慣習は。

時に見直しする方がいい。


「姻族関係終了届」

2016-03-14 12:58:07 | 日記

「姻族関係終了届」というのを知りました。

今は亡き配偶者が亡くなった時、自身の親戚、配偶者の親戚にも、一切連絡しませんでした。

唯一、連絡したのは配偶者と懇意だったご友人だけでした。

 

しばらく、配偶者の親戚からお歳暮が届きました。

年明けて、墓のない我が家は、自然葬にしました。

自然葬が済んだ5月。

 

ようやく、配偶者の親戚で、暑中見舞いや歳暮を贈ってくれていた、親戚に、配偶者が亡くなったこと。

秋田の山奥に埋葬したこと。

心配りは不要なことを、まとめた封書を送りました。

 

その後は、はがき一つ、連絡はありません。

親戚との縁は切れたと思っています。

 

今回、配偶者が亡くなったら、「姻族関係」が終わった届を出すなんてことを初めてしりました。

 

今は結婚というのは個人と個人の婚姻といわれながら、結婚式では「〇〇家」「××家」のという言われ方をします。

結婚したら女が名字が変えるのが普通。

男が変えると、養子縁組とみなされる。

 

そういう風潮の中では婚姻は親戚との付き合いが始まる。

離婚したり、亡くなったりしても、続いているかのように錯覚する者もまだ、多いのだなと再認識した。