「アレホ・カルペンティエールは文体の作家である」と前々回に書いた。この作品の最後の文章を読めば、そのことについては理解してもらえるだろう。
「多くの雨、少なからぬ雪、そして随分前から放置されてきたせいですでに色褪せた小さな霊廟が、モンパルナス墓地のポルフィリオ・ディアスの墓からそれほど遠くないところ、ボードレールの墓とオーピック将軍の墓のすぐ近くで、二本のドーリス式円柱に支えられて立っている。金色の金属に嵌めこまれたガラス扉を守る黒い柵を通して中を覗く者は、簡素な祭壇の上に据えられた聖牧女像――ヌエバ・コルドバ至高聖堂に祀られているのと同じもの――を目にすることだろう。足元に飾られたバラとケルビムの神秘的花冠の下には、四頭のジャガーに支えられた大理石の箱があり、そこには聖なる祖国に土が少しばかり収められている」
このような墓の描写、一つの歴史の終焉(ここでは独裁者=第一執政官の死)を哀感を込めて描き出すことにかけては、カルペンティエールほどの作家はいないだろう。
この濃密で美しい文章は、読む者を陶然とさせるものがあって、読者は絢爛たる文章に酔いながら、カルペンティエールの術中にはまっていくのである。
この最後の文章には、なかなか読者には分からない固有名詞がいくつか出てくる。ポルフィリオ・ディアスはメキシコの独裁者であり、メキシコ革命によって追放になり、パリに住んで、死後はモンパルナス墓地に埋葬されている。
このディアスこそは『方法異説』のモデルであり、この作品で描かれている、太平洋と大西洋に海岸を持つ国というのはメキシコのことだと思うのだがいかがだろう。『方法異説』に国名は出てこないが、メキシコだと判断出来る確かな証拠がある。
オーピック将軍は詩人ボードレールの義父であり、ボードレールは義父との確執の中で詩人としての才能を開花させていったのであった。しかし、近くに埋葬されることをボードレールは喜ばなかったであろう。
ヌエバ・コルドバ至高聖堂というのは、スペイン、アンダルシア州コルドバにあるコルドバ大聖堂のことと思うが、正確には分からない。この他にもいろいろあるが、大体ネットで調べれば見当はつく。
ところで、このように調べなければ分からないような固有名詞を列挙した文章がこの小説に限らず、カルペンティエールの小説には少なからずある。最後の文章の伏線とも言える文章が第1章に出てくるので読んでみよう。
「ボードレールを崇拝する点は共通しているが――モンパルナス墓地で、悲しい碑文のもとに悲しく埋葬されている――、他にも、レオン・ディエルクス、アルベール・サマン、アンリ・ド・レニエ、モーリス・ロリナ、ルネ・ヴィヴィアンを読むべきだし、モレアス、とりわけジャン・モレアスを忘れてはいけない」
この文章は最後の文章に呼応すると同時に、小説全体の教養的背景示してもいる。この後議論はヴィクトル・ユーゴーについての不相応な評価に対する批判や、デカルト的精神についての評価に繋がっていく。つまり、この独裁者はまったく無教養ではない。ヨーロッパ的教養をきちんと身につけた人物なのであって、ハイチのアンリ・クリストフとは違うのである。
ところで、たいていの日本人は先の文章の中で、アンリ・ド・レニエくらいしか知らないし、名前も聞いたことのない人が多いだろう。こうした固有名詞の列挙は、ほとんどペダンティズムと紙一重で、いかにこれが作中人物のものとはいえ、カルペンティエールの文章に辟易する人もいるかも知れない。
しかし、これがカルペンティエールの文章なのであり、この文章に魅せられてしまい、やみつきになる読者もいる。他にも挙げておこう。カルペンティエールはキューバ音楽についての著書を書くほどの音楽通であったから、この小説でも音楽について多くのスペースを費やしている。これもまたカルペンティエールの文章の特質である。
「そして、まるで大きな鋼製の典礼用具に大きなハンマーが打ち付けられて最初の鐘が子供の鐘をたくさん生みでもしたように、パロマの礼拝堂でそれまで一度も鳴らされたことのなかった鐘が高い音で反応し、続いて上方、庇護火山の雪がかかる境目のあたりでサン・ビセンテ・デ・リオ・フリオのソプラノ、さらに、タルペス修道女会のバリトン、イエズス会寺院の鮮やかな鐘、サン・ディオニシオのコントラアルト、サン・ファン・デ・レトランの通奏低音、聖牧女の銀色のソルフェージュなどが次々と響き渡って、衝突と打撃、呼びかけや金属音、喚起と悦楽の祝祭が始まった」
この文章に見られるたぐいまれなレトリックと、ペダンティックな味わいを堪能して頂きたい。