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クリス・ボルディック選『ゴシック短編小説集』(4)

2016年01月14日 | ゴシック論

 クリス・ボルディックはこの「序論」の中で、何度も女性のゴシック作家に言及している。古くはアン・ラドクリフ、そしてシャーロットとエミリーのブロンテ姉妹、新しいところではイサク・デーィネセン(男性名であるが、デンマークの女性作家カレン・ブリクセンのペンネーム)、さらにはアンジェラ・カーターまで、女性のゴシック作家の系譜を辿ることもできるのである。
「女性がゴシック小説をこのように忍耐強く書き続けるのは、なぜか。その理由が、ポスト専制体制の権利として男どもが享受した経済的、法的、個人的安寧を、現代社会が女性に対しては、相対的に見れば確保できていないことに関係している確率は、かなり高い」
 以上のようにボルディックは書いている。「このように忍耐強く書き続ける」という言葉は、アン・ラドクリフに始まりアンジェラ・カーターに至るまで、ヨーロッパにおいては男性のゴシック作家の系譜より、女性のそれの方が途絶えることなく続いているということを意味しているのだろう。
 確かに本国イギリスにおいて男性のゴシック作家の系譜は、すでに途絶えているし、ゴシックの伝統は南北アメリカの作家達に受け継がれて久しいのである。
 ボルディックの言うように、女性の方が男性よりも経済的にも法的にも個人的安寧を確保することがむずかしいのは、過去においてもそうであったし、現代においてもそうした傾向は続いているだろう。つまり、女性の方が社会から抑圧的規範を押し付けられることが多いのである。だからこそヨーロッパにおいては、専制体制が終わった後でも、女性のゴシック作家の系譜が途絶えることがなかったのである。
 このことはゴシックというものが、抑圧的規範に対する抵抗としての意味を持っていることを意味している。以上のような議論をボルディックは次のようにまとめている。
「ゴシックの実存的恐怖は、腐敗してゆく自分の肉体から我々が逃れられないことに関わるかもしれない一方で、その歴史的恐怖は、過去の専制から本当に逃れられたと我々が自分自身では最終的に確認できない無力から来ている」
 しかし、ボルディックのこの結論は、私にはいささか穏当にすぎるように思われる。まずボルディックが「歴史的恐怖」に関して、「過去の専制」としか受け止めていないことを指摘しなければならない。抑圧的規範はすでに過ぎ去った時代にのみ属しているのではない。そのことは南米の作家達の作品がその背景としている、歴史を参照すれば容易に分かることではないか。
 彼がイギリスの市民社会だけを問題としているのであったとしても、それはあまりも社会というものを表面でだけ捉えたものと言わざるを得ないだろう。「自分自身では最終的に確認できない無力」などという言葉は、ゴシックを論じる時にほとんど無力である。
 また「実存的恐怖」に関して、「腐敗してゆく自分の肉体から逃れられない」という言葉は不正確である。むしろ「腐敗してゆく自分の精神から逃れられない」と言うべきである。ゴシックの精神が肉体という閉鎖空間から逃れられないという恐怖に起因しているとしても、その肉体はその時点で十分に内面化されているはずだからである。
 むしろ閉鎖空間を形成するのは、肉体ではなく精神でなければならない。"肉体という牢獄"を形づくるのは肉体そのものではあり得ない。精神こそが"肉体という牢獄"を必然的なものにするのだからである。ボルディックはそのような状態を「パラノイア」と言うが、パラノイアは言うまでもなく、精神の病いであって、肉体の病いではない。
 私ならそれを"オブセッション"と呼ぶだろう。社会から抑圧的規範を押し付けられる者がすべてゴシック作家となるわけではない。ルポルタージュを書くこともできるし、政治小説を書くこともできる。しかし、ゴシックの精神はそのことを可能とはしない。
 それは抑圧的規範を象徴する閉鎖空間が、彼らにおいては過剰に内面化されてしまうからである。閉鎖空間がそのようにして精神的なものに転化されなければ、ゴシック小説は書かれ得ない。それを私はオブセッションと呼ばざるを得ない。
 閉鎖空間はそのようにして精神的なものとなる。ゴシック作家達がその初期において中世の古城やカトリックの修道院、地下牢、異端審問所などをいつでも想起したのは、それらがオブセッションとして彼らに取り憑いてしまったからなのである。
 アメリカにおけるそうしたオブセッションの系譜を、まず第一にエドガー・アラン・ポオに見ることが出来る。「アッシャー家の崩壊」や「メッツェンガーシュタイン」などの代表作におけるオブセッションとしての閉鎖空間は、ヨーロッパにおけるそれとほとんど地続きである。
 しかし、ポオ以降の作家達は、新たなるオブセッションを内心に育んでいくことになるだろう。そのような文学史的な視野を広げてくれることを、ボルディック選の『ゴシック短編小説集』に期待したいと思う。

 

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