玄文社主人の書斎

玄文社主人日々の雑感もしくは読後ノート

ヘンリー・ジェイムズ『鳩の翼』(5)

2015年02月28日 | ゴシック論
『鳩の翼』を途中まで読んでいて気がついたことがある。この作品は夏目漱石の『明暗』に酷似しているのではないかということである。
 漱石の『明暗』については、かなり前に書いたことがある。登場人物の小林というのがドストエフスキーの作品の登場人物から影響を受けているはずだという確信があり、そのことについて書いた。
 確かにドストエフスキーの『罪と罰』の影響は疑うべくもない。お延につきまとう小林がスヴィドリガイロフにそっくりなのだ。また『明暗』も心理小説だし、『罪と罰』も心理小説である。私は『罪と罰』こそが文学史上世界最高の心理小説であると信じて疑わない。ラスコーリニコフとスヴィドリガイロフ、そしてラスコーリニコフとポルフィーリーとの凄まじい心理的戦闘こそはドストエフスキー以外の作家には書き得なかったものだ。
『鳩の翼』は『明暗』と同様“家族小説”でもある。登場人物を照合することも出来る。『明暗』の主人公津田は『鳩の翼』の副主人公マートン・デンシャー、津田の妻お延はマートンの恋人ケイト・クロイ、津田の初恋の女清子は『鳩の翼』の主人公ミリー・シールであり、ケイトの姉マリアン・コンドリップ夫人は津田の妹お秀に違いない。
 さらに小説全体を裏で操るモード・ラウダー夫人は『明暗』における吉川夫人を彷彿とさせる。何よりの証拠はデンシャーと津田の優柔不断、そしてラウダー夫人と吉川夫人の恋をめぐる陰謀にこそみなければならないと私は思う。
漱石は原語でヘンリー・ジェイムズを読んでいたから、『鳩の翼』を読んでいたことは想像に難くない。ちなみに漱石の蔵書の中にジェイムズの『黄金の盃』があり、そこに漱石は次のような書き込みを残している。
「此人ノ文ハ分カルコトヲ分リニクキ言論デカクノヲ目的ニスルナリ」
「カカル精細ナル女ノ記述ハ古人ノ夢想セザル所ナリ」
 おそらく日本で初めてのジェイムズ評であろうこの言葉は、『鳩の翼』についても当たっている。


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