ピラネージ《幻想の牢獄》第2版 1図
マルグリット・ユルスナールによれば、"ピラネージの黒い脳髄"ということを言ったのは、ヴィクトル・ユーゴーであったという。この言葉はピラネージの膨大な作品のなかで、22歳の時に製作された《幻想の牢獄》にこそ当てはまるもので、ユルスナールは1961年に出された《幻想の牢獄》の復刻版のために書かれた文章にこのタイトルを付けたのであった。
ユルスナールは《幻想の牢獄》シリーズ14作品(第2版では16作品)を、ピラネージの作品の頂点にあるものと見ているが、本当にそうなのだろうか。銅版画家としてのピラネージの技量は他の作品、《ローマの景観》や《ローマの古代遺跡》にこそ遺憾なく発揮されているのだし、第一に22歳という若年で製作された作品が、最も優れたものだというようなことがあり得るのだろうか。
しかも、《幻想の牢獄》シリーズは、トマス・ド・クィンシーが『イギリス阿片吸引者の告白』(多田智満子訳では『阿片飲みの告白』、野島秀勝訳は『英吉利阿片服用者の告白』)で書いているところによれば、「この画家が熱病で錯乱状態にあったとき見た幻想を描いたもの」だという。
ヘンリー・ジェイムズの『デイジー・ミラー』を読むと、ローマの遺跡にはマラリア蚊がたくさん棲息していて、遺跡を訪れる者にとって大きな危険となっていた(デイジー・ミラーもまたそれによって死ぬのである)そうであるから、ローマの遺跡を描くことに生涯を賭けたピラネージもマラリアにやられたのであったかも知れない。
ユルスナールが《幻想の牢獄》をピラネージの最高傑作とするのは、それがローマの遺跡を描いた具象的リアリズムによってではなく、完全な夢想によって評価されるべきものであるからなのである。つまりそれは、ロマン主義的な考え方であって、ゴシック小説の創始者である、ホレース・ウォルポールもウィリアム・ベックフォードも、主にこの《幻想の牢獄》の影響を受けて彼らの小説を書いたのであった。
そのような評価が今日通用するのかどうか、私は問うてみたいのだが、そんなことを論じる力はないので、ユルスナールの評価に対する疑問だけを提出しておく。
もっと大事なことがある。なぜユーゴーが"ピラネージの黒い脳髄"という言葉を使ったのかということにそれは関連している。ユルスナールはまったくそのことを書いていないが、ピラネージの《幻想の牢獄》だけが廃墟の"内観"を描いているということである。
ピラネージの主要作品《ローマの景観》や《ローマの古代遺跡》などのほとんどは、廃墟の"外観"を描いているのに対して、《幻想の牢獄》だけが"内観"を描いているという事実はもっと注目されてよい。必ずしも幻想=内観、現実=外観という等式が成立するわけではない。ピラネージの《ローマの古代遺跡》に彼の幻想的資質を見ないですますことは許されないことだろう。
しかし決定的な違いは幻想的であるか、リアリスティックであるかというところにあるのではない。内観を描いているか外観を描いているかという、形式的な違いにこそ本質的な相違がある。そして、内観によって捉えられるものが、人間にとって(個としての人間にとって)第一に"脳髄"でることは、疑うべくもない事実ではないか。
そのことをトマス・ド・クインシーは、詩人コウルリッジからの伝聞だけで書いたのであったが、そのユルスナールも認めている《幻想の牢獄》についての「最も美しい英語のテクスト」を書いたド・クインシーの天才的な感性については、いくら強調してもしすぎることはない。
その文章を野島秀勝のいささか古風な訳文によって紹介しておくことにしよう。
「ずっと以前、ピラネージの『羅馬古蹟集』(『ローマの古代遺跡』のこと)を見ていると、傍に坐っていたコウルリッジ氏が、同じ画家の『夢』と題された一連の銅版画の話をしてくれた。それは画家自らが熱病の譫妄状態で見た幻の光景を記録したものだという。その連作の中には(私はコウルリッジ氏の話の記憶から書いているだけなのだが)、広大なゴシック様式の館が描かれ、その床の上にはありとあらゆる種類の機械や装置、車輪、綱索、滑車、梃子、投石具等々が
置かれていて、いずれも途方もない力が発揮され、それに耐え遂には潰え去った抵抗の名残りを如実に物語っていた。壁づたいに這っていくと、一筋の階段があるのに気づく。その階段を手探りしながら登ってゆくのは、ピラネージその人だ。さらにもう少し階段を登ってゆくと、突然ぷっつりと切れていて、手摺りもない。この突端まで昇りつめたピラネージにはもう進める一歩の階段もない。進むとすれば、眼下の深淵に真っ逆さまの憂き目に遭うよりほかはない。哀れなピラネージはどうなるのか。いずれにしても彼の労苦はどうやらここで終わりを告げることになるに違いない。いや、いや、目を上げてもっと高い所にある第二の階段を見てみ給え。そこにはまたもやピラネージがいる、この度はそれこそ深淵の直ぐ縁に立っているではないか。さらに眼を高く上げてみ給え。またまた空中高く一筋の階段が懸かっている。そして、またもや哀れなピラネージが上へ上へと憧れ登ろうと懸命になっているのだ。上へ上へ、終には未完成の階段とピラネージは、諸共に館の天井の暗闇に呑まれてしまう。――これと同じ果てしない成長と自己増殖の力を帯びて、私の夢の建築は進んだ。私は雲の中でもなければ、覚めている眼には断じて見えないような壮麗な都市や宮殿を見た。」
マルグリット・ユルスナール『ピラネージの黒い脳髄』(1985、白水社、アートコレクション)多田智満子訳
トマス・ド・クインシー『英吉利阿片服用者の告白』(1995、国書刊行会、「トマス・ド・クィンシー著作集Ⅰ」所収)野島秀勝訳
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