
風のように自然体で生きれたらいいと、と思いはじめたのは、一体いつ頃からだっただろうか。
生きることは、思うに任せることのなんと多いことだろう。虚しいことの続く毎日の中で、生、病、老、死、どれをとっても思い通りいかぬことばかり・・・。
いのちの脆さ儚さは、いつも紙一重の位置で決められることのなんと多いことか。
そんな中で、繰り返し生きねばならぬ私達には、『尉籍する文芸』川柳がある。
人間は人間による言葉によって癒され、言葉が鼓舞するものに触発されるように思う。
それが優しさだったり、思いやりだったり、そんなことの繰り返しによって癒されながら生きている。
ならば、川柳の何によって癒されるのか。
私が係わってきた川柳の20年間の生活は、決して平穏ではなく、むしろ後半は激しく揺れ動いた苛酷ともいえる歳月だった。
心を無にして川柳と対峙し、苦しみも悲しみも全身に纏うて生まれる川柳は、あまりの無残さに発表することさえ躊躇される赤裸々なものだった。苦しみによって放たれる言葉たちの偽りのない真実にこそ、読者は共感をもつのではなかろうか。
去年と今年も降る梅雨は同じかも知れぬが、
生きているわたしにとっては異なった今の感興がある筈だ。 (椙元紋太)
全神経を傾注して吐露した川柳、こんな川柳とかかわってきたからこそ、私は精神の均衡を保って、生きてこられたのだ、と、しみじみ思う。
生きれ、生きれ、不意に大声を出したくなった夏の日同じ時間に、空っぽの乳母車を曳いて、ゆるい坂道をゆっくり歩く年配の女性がいた。
雨の日は合羽を着て、風の日は風の身繕いをして、ただひたすら歩く。ときおり立ち止まって腰を伸ばす。
晴れた日に、私は玄関を掃きながら声をかける。
「お元気ですね・・・がんばって!!」
その声に、にっこり笑顔で応える仕草が、なんとも愛おしい。八十歳位だろうか。
美しい女性だった。
雨の日、同じ光景を台所の窓から捉え、心の中でエールを送っていた。名前も、年齢も、住居も知らぬ人に、なぜ、これ程まで心惹かれるのだろうか。
やがて、夏の日盛りも過ぎ、秋が訪れようとしても、ぷつりと唐突にその姿が消えた。
季節は容赦なく移ろう・・・。冬がきて、春が過ぎた。
栄枯盛衰のことばが、頭の中を駆けめぐる。
生者が語る、死者が語る。声にならない声を嗅ぎ分ける。私は、空っぽの乳母車を曳く、あの風景からイメージを広げながら、真昼の影と語る。
時間の速度をゆるめながら、言葉の中から立ち上がるものを静かに待つ。
深い沈黙の中でひらめくものを、ひたすら待つ・・・・。
呼吸を整えて、感覚の切れっぱしを拾い集めながら、言葉探しの旅。すり減った靴底のあやうさもいい。
苦しみ悲しみを乳母車いっぱいにして、青い空と語る虚無が匂いたつたたせるのもいい。
私は、ひとりでいる沈黙の中で、ひらめくものを静かに待とう。熱いコーヒーに噎せながら・・・。
ときおり感動を想定したり、亜流の感動めくものの中で、自らを、劇中劇のど真ん中に据えてひとり芝居にもどこかピエロめく。
そして虚構の感動の中をさまよう。
今日はバレンタインデー、殉教した聖バレンタインの祭日、女から男に求愛できる日ともいう。
商魂に踊らされた女たちは、美しくラッピングされた包みを吟味しながら、行きつ戻りつする。愛する者を目蓋にひそませて・・・・。
生きるって、こんな小さな幸せでいいんだ。
病気であれ、悲しみの現象であれ、なんでも甘んじて受けよう。それが神様からのプレゼントだとしたら、それは、豊かに生きることの証左にもなろう。