大阪水曜ほっと集談会一世です。
秋が本気でやってきた。
四季の移ろいは、情緒と落ち込みを連れて来る。
何とか、最低限の超低空飛行の私です。
振りかえると、今年の夏は本当に厳しい夏であった。
特筆すべきは、通園バスに取り残された幼い命が熱中症で犠牲になった事件である。
神経質が足りない!
思わず私の心に浮かんだ切実な言葉である。
神経質者は取り越し苦労が多く、その大半は杞憂(きゆう)であることも多い。
どうしても心配しすぎとか、ネガティブに捉えられがちな気質である。
おそらく世の中の大半の人々は、確認行為など理解しがたいに違いない。
しかしながら世の中に起こることは、時に人間の小賢しい判断を超える。
人間のすることに絶対はないのだ。
確認行為による気休めの安心やその場限りの安全を求める自己中心的な行動は生活を停滞させ周りも苦しめるので慎まなければならない。
けれどこれがひとたび仕事や人間関係に活かされた時、危険を察知し、最悪の事態の防止に繋がる貴重な資質となる。
社会で大きな事件や事故が起こるたびに、責任者やリーダーに神経質の素質が少しでもあれば避けられたのではないかと思ってしまう私です。
かつて私達は、思い知らされたはずだ。
絶対に安全だといわれた原子力施設が自然の脅威や戦争のもとでは、悲しいくらい無力であった。
コントロールなど効かないのだ。
人類はもっと自らに謙虚であるべきだと思う。
かくいう私も少し森田療法を学んだくらいで人間のすべてがわかったような投稿は慎みたい。
やがて環境が変われば、落ち込みを繰り返すことは必然である。
以前私は、神経質が人類を救うと書いた。
冗談ではない。
神経質は、人類が生き残るための不可欠な資質であると本気で思っている一世です。
2022.10.22 一世