古希からの田舎暮らし

古希近くなってから都市近郊に小さな家を建てて移り住む。田舎にとけこんでゆく日々の暮らしぶりをお伝えします。

散髪して〈遺影〉を撮るリハーサルをしました。

2022年06月16日 21時13分05秒 | 古希からの田舎暮らし
 散髪して一ヶ月ちょっと。今日は朝から散髪してもらい、帰って〈遺影〉を撮るリハーサルをしました。天気がよくなくて、光線がたりないようですが、いくつか〈遺影を撮る心得〉に気づきました。

〇 カメラのレンズを見るのでなく、少し「斜め上」を見る視線がいい。
〇 両肩の線が、カメラに正対するのでなく、少し斜めになるのがいい。顔はカメラに向く。
〇 意識して胸を張る。(前かがみの年寄りポーズにならないように)
〇 笑顔にしたいが、無理してもそれが写ってしまう。自然な感じになるまで〈自分撮り〉をくり返す。
〇 10秒のセルフタイマーでたくさん撮る。自分で、納得がいくまで撮るのがいい。

『満州国演義』は第七巻に入りました。ノモンハンがすみ、開拓移民がどんどん増え、大東亜戦争がはじまります。敗戦の第九巻を読みおわるまで、気合を入れないと挫折しそうです。

 
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「さ、焼き芋をするぞ」

2022年06月15日 17時58分56秒 | 古希からの田舎暮らし
 注文していたサツマイモ(べにはるか)が届きました。この前は〈鹿児島県産・5キロで20個〉の細長い芋でした。それなりにおいしく食べました。このたびは熊本県産のずんぐりした芋です。

 どっしり太めで5キロ13個。見るからに「焼き芋にしたらうまそうだ」と感じます。芋が大きいのでうちのダッチオーブンでは3個がちょうどいいかな。(フタに〈10〉とあるので10インチのナベか)。
 焼き芋はなんといっても『紅はるか』です。甘さ/美味しさ/が群を抜いてます。『サツマイモの女王』です。
 たのしみだなー。

 ウッドデッキ前の花畑です。野菜は前の畑でつくり、道子さんはここを花畑にしています。雨がパラつくのにかがんで仕事をしています。(写真中央)いろんな花の世話をするのが彼女の〈しあわせ〉。ごくろうさんです。
 さきほど裏山を歩いてみたら、「植えた樹が茂り過ぎてます」。剪定は2月ですが、8月でもいいそうです。今年の夏は剪定します。

『満州国演義』は今日で6巻目を読みおわります。ノモンハン事件(昭和14年。事件ではなくソ連との戦争で、日本はやられた)がおわったところです。これから、満蒙開拓団/満蒙開拓青少年義勇軍/が満州へ送り込まれていきます。読むのはつらい。最後まで読みます。
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苗立ての大豆が芽を出しました。

2022年06月13日 18時12分33秒 | 古希からの田舎暮らし

 6月7日にまいた大豆(サチユタカ)が芽を出しました。鳩が見たらよろこんでつつきそうな芽です。でもイチゴ・ネットハウスだから大丈夫です。2週間過ぎに植え替えます。大豆を植える畝のほうは、苦土石灰を入れて準備はできています。この畑になってから狭い畝なのに10キログラム(選別するまえ)ちかくとれています。サチユタカは木が小ぶりです。〈二条植え〉できるからだと思います。
 
 ぼくは軽トラであちこち走るのが好きです。県道20号線は幹線道路ですから交通量があり、のんびり運転できません。でもちょっと幹線道路から村のなかに入ると車も人もほとんどなし。〈田植えどき〉は農道に軽トラがよく止まっていましたが、もう田植えはおわりました。「どれどれ、この村も田植えはすんだかな」という気持ちで、田んぼの広がる口吉川町の村村を走る。
 口吉川町は北と南がなだらかな丘で、その間に田んぼがひろがっています。田んぼは水をはるから水平ですが、谷間なので田んぼに段差がある。だだっ広く田んぼがひろがってない。田んぼの間に家や木立ちが点在して「ああ、田舎だなあ」と感じながら走るのがうれしい。また、乗用車でなく軽トラで走ると村人の視線がやさしい。田舎に住むようになって、ゴミ・ステーションに行くとき/買い物帰り/にちょっと横にそれて、村村を走ります。
 細川町の谷を走るのも、またいい。口吉川町の県道20号線とちがい、幹線道路の交通量がぐっと少ない。ゆっくり走れます。後ろから車が来たら道端に寄って、追い越してもらう。原坂のほうに入ったり、御酒神社に寄ったり、コープの農園に寄ったり。田舎に住んでいるのに、「あー、田舎だなー」と他所の村を見るのがたのしい。
「こころゆたかに老後をすごせるのは、こんな景色のお陰だなー」と思います。
 この空気感。なんでもないけど、いい。
 
 
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やっぱり〈紅はるか〉を買おうかな。

2022年06月12日 18時25分25秒 | 古希からの田舎暮らし
〈たきぎ〉を持ってきてくださった方があり、たき火/焼き芋/をしたくなりました。しかし紅はるかはもうありません。道子さんが「ジャガイモを焼いてみたら?」というので、昼からたき火をしてダッチオーブンで焼いてみました。焼けたジャガイモはバターをつけて食べてみました。ぼくが子どもの頃は、ジャガイモを焼いて塩をつけて食べましたけど。
 味はどうだったか。ダメでした。ジャガイモはそれなりの味ですけど、紅はるかの焼き芋と〈しあわせ感〉が全然ちがいます。やっぱり〈紅はるか〉を注文します。今年の芋がとれる秋まで、これでおしまいにするつもりです。

 いま精力的に『満州国演義』を読んでいます。
 しかしなにかして、机に向かい、読みはじめる前に、グズグズすることがあります。読みはじめると「あの満州の時代にすっぽり入る」感じがします。書いてあるのは、日本民族の優越感・横暴/満族・漢族・朝鮮族へのひどい仕打ち/です。小説風に書いてありますが、現実にあったことでしょう。淡々と書いてあるだけに、現実の生々しさは伝わります。
 退職後数年間、読んだり聞き取りをしたりした「満蒙開拓青少年義勇軍」が、また立ち上がってせまってくる感じです。こちらの気力が弱くなり、あの現実のつらさを受け取る力がなえています。
 作家・船戸与一は昭和19年生れです。(ぼくより7歳若い)『満州国演義』は2007年から書きはじめ、肺がんとたたかいつつ、2015年に全9巻を書き上げ、2か月後に71歳で亡くなりました。あの『満州』はもう歴史になってしまいましたが、彼は膨大な資料をもとに渾身の力でこの小説を書きました。
 読むのがつらいときもありますが、最後までしっかり読もうと思っています。 
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80代になったら気をつけること

2022年06月11日 20時52分27秒 | 古希からの田舎暮らし
〇 メモをするときは〈日時〉と〈機械名〉を書きとめる。
 ちょっと本棚を整理していたら、こんなメモが出てきました。

 なにか機械の操作を、忘れてもいいように書いたメモです。えーと、どんな機械/器具/のことか。しばらく思いめぐらしましたが、なにも思い浮かびません。こういうとき、80代の老人は、考えても考えても何も出てこない。
「なるべくくわしくメモすること」と反省しました。
〇 道具やモノを何の意識もなく置いてしまう。
 外仕事をするときはいろんな道具をつかいます。三角鍬/ツルハシ/レーキ(さらえ)/じょれん/などの農機具類、大工道具。その道具をつかいおわると、パッと置きます。その置く場所を意識しません。無意識にパッと置いてしまう。
 使った道具をもう一度つかうとき、「えーと、いまつかったノコギリはどこに置いたかなー」と思案します。しかし思い出すことはありません。「さっき、つかった。きっとある(当然です)」と自分の動線をたどります。しかしすぐには見つからない。「おかしいな。いまつかったんだからきっとある」と確信してまた見なおします。その〈見なおし〉ですが、老人は見なおすのがはやい。さーっと見なおして「やっぱりない。おかしいな」となりやすいです。老人は視野狭窄になっています。ちょっとはずれたところにあると、見落としてしまいます。こんなとき、どうしたらいいか。「ゆっくり見なおす」。そう心がけようと思います。
〇 思い立ってもパッと動かない。
 なにか思い立つと「いままでの長い人生で思っているスピード感」で動作しようと思います。しかし、体はパッと動かない。いまの筋肉/体力/で動けるスピードと自分のスピード感にズレがあります。これはなかなかむずかしいです。ぼくは、「こけたら、骨がおれて、寝たきりになる」と思うことにしています。ズボンをはくのも、靴下をはくのも、イスに腰をおろしてから。よろめいて、こけて、腰の骨を折ったら生涯〈寝たきり〉になる。いつも思うことにしています。
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ボランティアしていい気持ち

2022年06月10日 21時03分03秒 | 古希からの田舎暮らし
 公民館の花壇を世話していた老人会が、役員になる人がなくて、去年休会になってしまいました。そこで我が家が、村の親しい方を誘ったりして〈ささやかなお世話〉をしています。7月には選挙があるようだし、花壇の植え替えが必要です。今日は公民館まわりの〈草刈り〉と〈植え替え〉をしました。

 いま植え替えておくと、選挙の頃にはよく咲いてくれるでしょう。
 ぼくは公民館まわりの草を刈りました。テニスコートより少し大きめのゲートボール場が公民館の裏にあります。そこの草刈りは、老人会でやっていました。老人会のみなさんも農作業が忙しいので、ぼく一人で全部刈った年もあります。もう老人会で刈らなくなったので、ぼく一人で刈るようなことはしません。今日は道端だけ刈りました。
 かつてのゲートボール練習場は50センチ超に伸びた草原になっています。その植相が変わってきました。いまは「ヒメジョオン」という草が全盛です。

 花が一面に咲いています。ウィキペディアで調べてみました。
「ヒメジョオン」の花はかわいくて、いい感じの草原になります。「ま、この花なら多少増えてもいいじゃないか」と思います。でもその繁殖力を見て、びっくりしました。 
 一株(一個体)から47000個の種子ができます。その種子は35年の寿命があり、いつでも発芽します。種子が散らばる前に草を刈って燃やしたほうがいいかなー。
 一部分には「ツバナ」(ぼくらは方言で「ツンバナ」と呼んでいました)が茂っています。

 白い穂のような部分は、少しわかいときなら食べられます。子どもの頃食べた記憶があります。敗戦後の飢餓の時代でしたが、食べて「うまい」と思ったことはありません。いま見ても「食べてみるか」とは絶対に思いません。
 今日刈った草は、日に干して明日燃やします。

 
 
 
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毎日、雀がたのしみです。

2022年06月09日 23時26分06秒 | 古希からの田舎暮らし

 窓ガラスの数センチ先で、雀が粟粒をついばみます。マジックミラーのお陰で、カメラをかまえても飛び立ちません。粟粒をまくと、すぐに20羽超の雀が地面や屋根に群がります。そして粟を食べつくしてしまいます。
 今日は朝5時50分と午後4時5分に粟粒をまきました。雀たちは〈早起き〉だし、〈早食い〉です。二人とも雀を見るのをたのしみにしています。雀たちは、ほんとに落ち着きがありません。じーっと〈もの思い〉にふけるポーズは皆無です。それがまたかわいい。

 これは一昨年、裏山の小さな畑のそばにつくった小屋です。そこに、垂直に置くと止まってしまう時計を置きました。平面に置くか斜めに置くか。道子さんが「畑のそばに時計があってもいいよ」というので杭を打って、斜めに時計をつけました。
 どうでもいい仕事ですが、こういうことをするのがうれしい。

『満州国演義』は第五巻の第五章を読んでます。やっと昭和12年7月の日中戦争まできました。ここまで関東軍の暴走/陰謀/仕掛け/がてんこ盛りです。軍部の暴走は実にひどい。これからまだ、南京事件とかノモンハンとかつづくのか。
 最後まで読みますが、ときどき本から離れる時間をとります。一気に読むことはできません。
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苗立てする、大豆/黒豆/を播きました。

2022年06月07日 23時50分27秒 | 古希からの田舎暮らし
 6月7日。雨のあと。いい日和です。大豆/黒豆/を播きました。

 2年前は「真砂土だから大丈夫だろう」と土をかぶせました。ところが水をやると土が固まって、芽の出ない豆がありました。畑の土はよくなっていますが、土をかぶせるのはちょっと心配です。
 まずバーミキュライトをうすくかけました。そのうえに燻炭をかけました。それから水をやさしく。去年はこのやり方でいい苗になりました。今年もそれでいきます。
 大豆は『サチユタカ』です。大豆は270粒、黒豆は80粒播きました。植え替えは2週間後にします。

 バードフィーダーの下に雀たちが20羽超やってきます。マジックミラー越しに撮りました。今年は雀たちがずっと飛来してくれるのでしょうか。いましばらく、粟粒をまきます。これだけの雀が粟をついばむのですから、すぐになくなる。でも日に二度も三度もというのはどうかな。

『満州国演義』は5巻目の半分まで読みました。もうすぐ日中戦争(支那事変 1037年=昭和12年7月)がはじまります。「五族協和」と唱えながら、日本の軍隊(関東軍/支那派遣軍)は陰謀をめぐらし、憲兵は脅す。気が重くなります。
 のつのつ、つかえますが、読みます。


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〈田植え〉がすすんでいます。

2022年06月06日 17時42分43秒 | 古希からの田舎暮らし
 明日・火曜日が「燃えるゴミの日」ですけど、うちの村は前日に出す家がよくあります。我が家も前日に。ゴミステーションから「大将軍神社」の森を撮りました。手前の田んぼは田植えがおわっています。昨日からの雨で水が多すぎますけど。

 80代ともなるとゴミステーションには二人で行きます。とにかく車で出かけるときは二人です。道子さんは、行くたびにゴミステーションの〈大日如来〉さまに花をお供えします。
 そのあと「どれくらい田植えができたか」と、〈マイ・トレーニング・ロード〉1200メートルを走り、県道20号線に出て、高篠から蓮華寺/馬場/東/保木/殿畑/桾原(くぬぎはら)とまわってきました。土曜日/日曜日/でかなりすすんでいます。
 
 いま我が家のまわりはいろんな花が咲いています。道子さんが世話するのは相当に手間がかかります。

 野草や家のまわりの花を摘んで、ちょっと活けてみる。〈道子さんのしあわせ〉が見えるようです。
 下の立派な御盆。実は、ぼくが退職したときに、名谷の大丸で「退職記念にちょっといい〈御盆〉にしよう」と買いました。買ってはみたけど、つかうときがない。しまっておくのも芸がない。テレビの前に置いて〈今日の新聞置き〉にしていましたが、そんなことにつかうのは、お盆に申し訳ない。でもこの御盆をつかうようなお客さんはない。まー、御盆をブログで披露しようか。という次第です。

 もう一つ、道子さんのしあわせ。それはバードフィーダーの雀です。
 シロハラ/アオジ/が去ったあと、去年は雀も来なくなりましたが、今年は20羽超の雀がやってきます。バードフィーダーと地面に粟をまくだけでなく、窓辺のトタン波板にもまきます。雀はガラス窓の50センチ先で粟粒をついばみます。マジックミラー・シートでこちらに気づきません。子雀がねだり、親雀が子雀に〈口うつし〉で粟をやっています。
 道子さんはスマホで動画を撮り、友だちに送ってたのしんでいます。ぼくは粟粒を毎朝まきます。「いいおじいさんが来たよ」と声を掛けますが、雀は飛び立ってしまいます。
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畑の「水やり」のために

2022年06月05日 20時32分32秒 | 古希からの田舎暮らし
 一昨年は8月1日から31日まで雨が降りませんでした。前の畑で、毎日〈水やり〉をしました。水やりをするには、水道のホースを道を横切って引き出します。ねじれにくいので、ステンレス・ホースで水をやります。
 しかし自動車がたまに通るので、ステンレス・ホースがつぶれてきました。ビニールホースだったら、車が通って水がとまってもすぐに復元します。いままで、水やりのたびに道を横切ってホースを伸ばしていましたが、疲れました。できればホースは道を横切って「出したまま」にしたい。
 そこで今日、ホースを買って、写真のようにしました。

 右の〈外水栓〉から畑にホースを出したままにします。数日水やりの必要がないときは、はずして道の左側に片づけます。

 昨日芝生を刈りました。芝生は〈肥料食い〉です。でもしばらく肥料をやってない。雨のまえに肥料をまいておきたい。〈JA鶏糞〉一袋をまきました。

 なにもない芝生のスペースがあると「なんとなくいい」。なぜいいのかわからないけど「いい」。大事にします。

 いま読んでいる『満州国演義』は4巻目を読みおわりました。最後の章は『2・26事件』(1931年=昭和11年)でした。
 第5巻に入ります。1937年。ぼくが生れた年です。日中戦争(支那事変)がはじまります。満蒙開拓の移民が本格化します。

 
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全仏オープン女子決勝戦を見るために。

2022年06月04日 18時53分21秒 | 古希からの田舎暮らし
 日が長くなったので、夕食は7時過ぎに食べるようになっています。でも今日は早く食べました。

 まだ6時になっていません。「外が明るいからウッドデッキで食べよう」ということに。おかずとごはんとお茶をお盆にのせて持ち出しました。よく噛んで、時間をかけて、食べました。
 年をとると食が小さくなります。あとひと箸/もうひと口/というところで箸がとまってしまいます。無理をしない。ちょっと頑張るとあとがしんどい。80歳代になるとそれがよくわかるようになりました。
 ぼくらの世代は、敗戦後の飢餓の世代です。栄養失調/栄養不良/という言葉を身近に感じる世代でした。「もう腹いっぱい」というところまで食べる世代でした。それでも80歳を過ぎると、ごはんやおかずを残すことがときどきあります。

 さて、どうして夕食を早くしたか。全仏オープン・テニスの女子シングルの決勝戦を見るためです。試合は午後10からです。ぼくの睡眠ゴールデンタイムです。これが夜中の2時頃だとパッチリ起きているのですがね。
 7時には寝て、10時に起きて、試合を見ます。大阪なおみの試合ではありません。ガウフとシフィオンテクの決勝戦です。若手の、これから女子テニスの中心になる選手の試合です。今後の参考に、この試合は見ておきたい。
 では、おやすみなさい。まだ6時52分だなー。

 夜の10時過ぎに起き出して、WOWOWで試合を見ました。「ガウフが善戦するか」と思っていましたが、相手になりませんでした。シフィオンテクを崩せるのは「強いときの大阪なおみ」しかない。そう感じました。
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大豆は「苗立て」をしてから移植します。

2022年06月02日 21時11分37秒 | 古希からの田舎暮らし
 大豆/黒豆/を播くのは6月10日前後です。うちは、大豆・黒豆を苗立てしてから植え替えます。そろそろ種播き用の畝を作らねばなりません。豆を播いて、芽を出したら、双葉を鳩やヒヨドリがつつきます。だからイチゴ・ネットハウスの中に播きます。
 まずイチゴを全部抜きました。去年の秋〈宝交早生〉の苗を60株買って、植えました。苗たちは道子さんの世話で、イチゴを実らせてくれました。イチゴの根はビッシリ伸びています。

「一粒の麦が根をはるとシベリヤ鉄道の長さになる」と手紙に書いてくれた人がありました。このブログで、まえに「胡麻の根も負けてない」と紹介しました。イチゴの根だって負けてません。植物の生きる力を感じます。
 竹の根は困ったものですが、裏山をみるとほかの植物が竹の根に立ち向かって、緑の森になっています。

 2018年に真砂土を入れてもらった畑の土が、4年目で〈いい畑の土〉になってます。地中のイチゴの根をとりのぞいて、畝をととのえました。

 6月10日ごろに大豆と黒豆を播きます。ここなら鳥害フリーです。
 
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裏山は〈マイ・しあわせ・スポット〉です。

2022年06月01日 18時20分09秒 | 古希からの田舎暮らし
 このブログに、よく「裏山」「裏山」と書きます。しかし「山」といっても斜面ではありません。家の後ろは平らな地面です。十数メートル平らなところを歩くと、裏山の斜面にかかり、階段をつけています。その階段を55段上ると頂上です。ですから裏山の高さは十数メートルでしょう。20メートルはないと思います。
 たったそれだけの裏山なのに、キウイの棚があり、奥のほうには2015年につくった「花見デッキ」があり、ひょうたん型の池(ビオトープのつもり)があり、テント・ハウスがあり、バード・フィーダーがあり、シイタケ原木置き場があり、たき火場があり、いろんな植木があり、道子さんがつくったバラ園があり、芝生広場があり、花壇があり、頂上には孫たちがつくった祠があります。
 そんな裏山に、パラソルをさしてみました。

 テントハウスから撮りました。なんでもないけど「しあわせだな」と思う眺めです。布のイスにすわって〈みどりのやま〉を眺めながら、「〈しあわせ〉ってこれくらいのものだろうな」と思いました。

『満州演義』は4巻目に入りました。まだ昭和9年です。関東軍が満州国を立ち上げて3年目です。これから満蒙開拓団や満蒙開拓青少年義勇軍をつぎつぎと送り込むことになります。その予感につらくなりますが、でもこの本は読みとおします。 
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