hiroの花便り

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『尚食〜美味なる恋は紫禁城で〜』

2025-02-22 | 中国ドラマ

明朝第3代皇帝・永楽帝の時代を舞台に、
宮廷の料理人となることを夢見るヒロインの成長と、
未来の皇帝との身分違いの恋模様を描く。 

2024年12月3日~ 2025年1月30日  (月~木)3:00PM(1H00M)
J:COMテレビ(全40話/字幕)録画視聴

あらすじ(公式サイトより)

朝貢貿易が栄えた15世紀の明朝・永楽帝の時代。
王宮では連々と訪れる使節団をもてなすため、
食文化にも重きを置いていた。
そんな宮中の食事を司る尚食局の新人女官・姚子衿は、
幼い頃に一目惚れした皇太孫・朱瞻基の書斎に
膳を届けに行く役目を任される。彼女の料理の腕前と
賢明かつ天真爛漫な姿に心惹かれていく朱瞻基。
しかし、ある思いを胸に宮廷に入った姚子衿と朱瞻基の恋は
一筋縄ではいかず…!?

相関図

【キャスト】

<尚食局>

姚子衿 (ヨウ・シジン役/吳謹言(ウー・ジンイエン)

若くして宮廷料理人を志し、尚食局でその才能を発揮する。
朱瞻基に愛され、後に皇后にまで昇りつめる。

 

蘇月華役(ソ・ゲツカ)役/王楚然(ワン・チューラン)

姚子衿とは同期でライバル。
料理の技術と地位を巡って競い合う。
名門厨師の家の出で、各地の料理や食材に精通している。
元の名前は蘇懷瑜(そかいゆ)で実母は孟尚食。

 

殷紫萍(イン・シヘイ)役/何瑞賢(ホー・ルイシエン)

姚子衿と同期。
初めは姚子衿を敵対視していたが、
後に苦手な勉強を教わりながら親交を深めていく。

 

 

<明皇室>

宣徳帝 朱瞻基(せんとくてい シュ・センキ)役/許凱(シュー・カイ)

明代の第五代皇帝(在位期間1425年 - 1435年)。26歳で即位
幼い頃から英明だったため、祖父である永楽帝から大変期待されていた。
また、芸術の面でも優れていて、
文人画などの作品を残していることでも有名。

 

胡善祥(コ・ゼンショウ)役/張楠(ジャン・ナン)

永楽帝に召されて皇太孫朱瞻基(後の宣徳帝)の妃(正室)となる。
貴妃孫氏(姚子衿)が男子の朱祁鎮(後の英宗)を産み、
胡善祥は病の上に男子がないという理由で廃され、清寧宮に移された。
そして、皇后の礼で遇されたが、道士にさせられた。法号は「静慈仙師」。
代わって貴妃孫氏が皇后に立てられた。
姑の張太后は胡氏を憐れんで、清寧宮の自身の居所へいつも招いた。
(Wikipediaより抜粋)
最終回、ドラマでは、医師として生きる為、王宮を去る。

 

遊一帆 (ユウ・イツハン)役/王一哲(ワン・イージョー)

錦衣衛(警察機関)に所属。
実は漢王・朱高煦の庶子で、本名は朱瞻礼(しゅせんれい)。
姚子衿に恋心を抱いてぃる。
 

 

永楽帝 朱棣(えいらくてい シュ・テイ)役/于栄光(ユー・ロングァン)

明代の第三代皇帝(在位期間1402年 - 1424年)
大規模な事業を行い、宮廷の基盤を築いた。

 

洪熙帝 朱高熾(こうきてい  シュ・コウシ)役/洪剑涛(ホン・ジエンタオ)

明代の第四代皇帝(在位期間1424年 - 1425年)。
朱棣の嫡長子。美食家で肥っている。
短期間(1年間)の在位であったが、政治改革を行った。

 

張太子妃役/劉敏(リウ・ミン)

洪熙帝・太子妃。朱瞻基、朱瞻墡の生母

 

感想の前に少し歴史の復習を!

明王朝 1368年 - 1644年 
貧農民がモンゴル人による「元」を倒し(紅巾の乱)建国
建国者:朱元璋(洪武帝)

「元」はモンゴル民族により支配されていたが、
経済の混乱から危機に瀕し、農民の反乱が各地で勃発した。
それを制したのが、「洪武帝」でした。。
洪武帝は、1368年、南京を都として、「明」を建国すると、
元の皇帝一族をモンゴル高原へと追いやり、
再び漢民族の王朝が中国を支配することになりました。
洪武帝は皇帝による独裁体制を強めていきますが、
治世の間、家臣を殺し続け、その数は数万人にのぼったそうです。

明朝の頃、日本では室町時代。
「金閣寺」が利義満によって建てられた頃ですが、
その金閣寺は明からの使者をもてなすための目的もあったと
言われているとのこと。

【感想】

史実に基づいたドラマということだったので調べてみると
違いは姚子衿と朱瞻基の出会いと、
宮廷料理人を志し、尚食局で働いていたこと。
他は殆ど史実通りのドラマでした。

史実の姚子衿(孝恭章皇后)は10代の頃、洪熙帝(朱瞻基の父)の
宮廷に入り、皇太子の妃候補として教育を受けていた。
頭がよくとても美人だったため、朱瞻基に見初められ
お互い、惹かれ合ったが、祖父の永楽帝の決断で
朱瞻基は胡善祥と結婚することになり、姚子衿は側室となった。
ところが宣徳帝は正室をあまり寵愛せず、
男子を産まなかった皇后を廃位させ、宣徳帝の寵愛を受けた姚子衿は、
孫皇后として正室になり、
その後、宣徳帝との間に生まれた男の子が次の皇帝になった。

ドラマ制作にあたり、監督他スタッフが数カ月にわたり
時代考証を行い、セットから衣装までリアルさを追求したとのこと。
明王朝が一番輝き活気があった時代なので、
絢爛豪華な衣装や装飾品、極上の美食など等、ドラマそのものより圧倒された。

尚食・オスト


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