が、昨日より“板東太郎”は目に見えて増水してたな。昨日見えていた赤いしましまの車止めが、今日は完全に水没。
明日はどんなだい、と今から大いに心配なんだが、堤防には見物人が車で乗り付けてきて賑わっておりました。
で、写メをみる限り、ここはどこだ、とちょっと考えてしまう景色になっていた。
もう、川との境目が全くないところも出てるぞ。
こんばんは、へちま細太郎です。
居候2号のけんちゃん先生が、このたびめでたく藤川先生の2ばんめのお姉さんの香華さんと婚約をしたので、ぼくのうちを出ていくことになった。
学校の近くに新築のマンションをみつけてきて、ふたりですむんだって。
「さびしくなるわあ」
おばあちゃんが、前の晩のご飯のときにがっかりした表情をしていた。そして、
「うちのバカ息子がけんちゃんの半分でもしっかりしてくれれば、と何度爪の垢を煎じて飲ませたことか…」
と、とんでもないことを言ってみんなをびっくりさせた。
「冗談でもそんな気持ち悪いことを言うな」
おとうさんが、かんかん。
冗談の通じない、くそおやじだな。
「あらあ、ほんとよお」
おばあちゃんは、くすくす笑いながらさらにからかい、
「そうだよなあ、切った爪を何回も渡したもんな」
けんちゃん先生も、冗談にのって盛り上げてくれた。
こういう、楽しいおとうさんだったらいいのに。
「でも、こうしてここにお世話になったから、結婚相手もみつかったし、このナンパ野郎とも仲良くなれたわけだから、俺にとっては幸運の家かな」
「うれしいこと言ってくれるな」
おじいちゃんもさびしいのか、声のトーンもさがり気味。
だけど、この藤川先生だけは、
「幸運なら、けんちゃんあんた、ついでに殿様になってくれよ~」
と、食い下がっていた。
「そんなことはのぶちゃんに頼め」
「てめえ、言っていいことと悪いことがあんだろうが~」
藤川先生、ご飯の最中だっていうのにすごんだ声を出した。でも、けんちゃん先生も負けてない。
「じゃあ、俺に殿様になれっていうのは言っていいことなのか」
「ああ、そうだね大おばあさまも、けんちゃんあんたならいいって、そう話された」
大おばあさま、と口にしたとたん、態度が改まるのは、やっぱり育ちが違うからなんだろうな、とあとでおばあちゃんが言ってた。
「大あばあさま…」
けんちゃん先生は、藤川先生の本宅の奥に今でも健在のやんごとないお方を思い浮かべたみたいで、
「はあ」
とため息をついた。
「俺、ほんと実家はパチンコ屋の裏でまったくの一般庶民なんだけどなあ、いいのか~、あの人のひ孫になっちゃって」
「いいんだってば、ついでに、細太郎もやしゃごになっていいんだぞ」
矛先に僕にむけられて、今度はおとうさんがあわてた。
「バカ野郎、だったら俺がおまえの養子になるぞ」
「けっ、ごめんだね」
どうでもいいけど、勝手に話しすすめないでくれる~?
で、結局最後の晩餐もこんな調子で、いつもと同じようにすごしてけんちゃん先生を送り出したんだ。
けんちゃん先生、おしあわせにね。
「悪夢といえば…」
と、けんちゃん先生が言った。
「おれは、親友といえども、あいつが兄貴になるのはがまんができない」
「同情するね」
おとうさんは、他人事。
「よかった…、ほかに悪夢を感じるやつがいて…」
藤川先生は、涙を流さんばかりにこぶしを握り締めている。
「ほ~、そんなに“兄貴”に悪夢をみせたいか~」
「あ、いえ、殿様になっていただければ、悪夢も…」
「このやろう~」
藤川先生、やっぱりけんちゃん先生が苦手なんだね。
天敵はやっぱり、天敵…。
へちま細太郎でした。
「ナイトメアって、どんな意味なんだ?」
「悪夢」
「悪夢?すげえ意味のバンドだな」
「ある意味、ペニシリンもすごいよな」
「青カビだっけ?」
「こうしてみると、バンドのネーミングのセンスってすごいね」
「おれは、バンドじゃなくても悪夢だな」
「何で?」
「だってよ、あのウドの大木野郎と昔天敵だったけんちゃんの二人が、兄貴になったんだ」
「あ、そりゃ、すごいわ」
「な、悪夢だろ」
「なんだ、おめえ、頭下げて姉貴と結婚してくれって頼んできたのを忘れたのか?」
「ついでに、婿養子になって、殿様も継いでくんない?」
「そりゃ、悪夢だ」
。
ノーコメント。
へちま細太郎でした。