おじゃまします、細太郎の担任で、親戚のお兄ちゃんの佐良田広之です
きのう、細太郎の思わぬ爆弾発言で、しばし硬直状態の細太郎一家でしたが、細太郎の興奮が納まるまで保護者一同は一言も話せませんでした。
細太郎の父こーちゃんはしょげ返り
、おばさんはため息ばかり
、おじさんは…お、おじさん?あ~、隣の部屋で茶飲んでます
。。。
相変わらずのんきなオヤジだ
。
犬ぐらいでしょうかね、細太郎の涙をなめ、ほおを摺り寄せて慰めているのは。
細太郎、実はなあ…、リカちゃんというのは…。
こーちゃんが何も言わないのであれば、ぼくからは何も言えません。
今は、細太郎、おとうさんを気持ち悪いって思っても、理解する日がくるだろう。それまでの辛抱だ。。。
…確かに、あんまり想像したくはないが…
。
細太郎は、泣きつかれて眠ってしまった。
おばさんが、犬を抱きかかえ、
「どうれ、リカちゃん、きれいきれいしましょうねえ」
と、こちらがギョッとするような言葉をはいて、チラッとこ~ちゃんを見た。
「光一
バカかおまえはっ
」
こ~ちゃんは顔をあげた。
「いつまで細太郎をこのままにしておくつもりか
おまえがやらずに誰がやるんだっ
」
と、いつものように怒鳴りつけると、さっさと風呂へ行ってしまった。
こ~ちゃんはのそのそと立ち上がると、床にうつ伏せで眠っている細太郎を無言で抱き上げた。
と、おじさんが顔を出して、
「寿司とっておいたぞ
。広之、嫁を呼べ。剛も帰ってくるから、みんなでメシを食おう」
と、こ~ちゃんに早く細太郎を連れて2階に行けと促し、ぼくはおじさんののんきさをうらやましく思いながら、携帯を取り出した。
しばらくして、
「はいはい、リカちゃん、きれいになりましたよ~。お寿司食べようねえ」
おばさんが犬を拭きながら出てきた。
「おばさあん、リカちゃんはまずいでしょ、リカちゃんは
」
と、ぼくは犬の頭をなでる。
「いいじゃない別に。世の中、同じ名前の人間は大勢いるんだから」
「犬ですよ~」
「じゃあ、ハチでもいいのか
この子はイヤだと言ったよ、ねえ?」
と、犬に同意を求めた。犬も、
「わん」
と一声吠えると、尻尾を激しく振る。
「まぢ?」
ぼくは、犬の鼻をつんと押し、
「リ~カ」
と呼びかけた。
犬は嬉しそうに尻尾を振り、やがて2階から降りてきたこ~ちゃんの足下にじゃれついた。
こ~ちゃんは、犬を抱き上げて、
「リカ」
と一言つぶやき、犬を抱きしめて泣き出した
。
「リカ、リカ」
まだ、忘れてないのか…こ~ちゃん。
「バ~カ」
おばさんはそうつぶやくなり、部屋を出ていこうとしたが、
「光一、お寿司代、払っときなさいよ」
と、泣いている息子に無慈悲な言葉を投げていってしまった。
なんて、血も涙もない女なんだ…
。
さて、ぼくの妻の慶子と久しぶりに帰ってきたこのうちの次男の剛を交えて、ぼくらは特上寿司にビールにと、舌鼓を打った。犬のリカもおすそ分けをもらい、大満足だ。
うまい物やアルコール
に、湿っぽい話は似合わない。
すべてはうそのように、ぼくらは団欒を楽しんだ。
でも、ぼくらは忘れていたのだ、大切な人物を…。
「ぼくの分は?」
寝ぼけたような声が聞こえてきて、ぼくらは一斉に声のした方を振り返った。
「ぼくのおすしは?」
細太郎がもう一度たずねた時、凍りついたぼくらは、再びテーブルの上をみた。
そこには、空になったお寿司の入れ物が残っているだけであった。。。
「ぼくのおすしはあ~
」
わんわん(おいしかったよ・・・犬がいった・・・
)