himadawaが作ったキャンピングカーで美しい星空を求めて

暇つぶしと老後の楽しみにと、DIYで製作するキャンピングカーの過程と運用、天体写真撮影のblogです。

インドへ行ったこと。③

2017年07月18日 | 日記
ムンバイ到着後、2社目を訪問し12時頃には打合せ、プレゼンを終えて今回のインド出張の目的は完了です。
帰りは22時頃ののフライトでしたので、それまでの半日を観光させて頂きました。
 
まずは昼食です。ムンバイ市内の高級そうなレストランでシーフードカレー、蟹のカレー等、頂きました。インドは禁酒なのですがこのレストランではビールなども提供されていました。
 
ムンバイの観光ではインド門と呼ばれる、GATEWAY OF INDIA イギリス領インド帝国時代に、イギリスからインド洋をへてインドへ上陸地点だったそうです。すぐそばにはインドを代表する高級ホテル、タージマハル・ホテルがあります。イギリス帝国の「権力と威厳」の象徴のようです。
 
 
タージマハル・ホテルです。
 
 
 
 その後車で10分ほどのところにある鉄道のムンバイ駅へ向かいました。起点のこの駅には大変多くの人で混み合っていますが、駅舎はこれも歴史のある石造りで歴史を感じさせます。
道路も交通量が多く、2階建てのロンドンバスが走っています。
 
 
 
 
これが駅舎です。
 
 短い観光の時間が終わり夕方にムンバイの空港に向かいましたが、これが又すごい車のラッシュ、おまけに緊急車両の消防車が車をかき分けて何とか通過していったのですが、通過後のスキマへ車が、バスが突っ込み合いをして制御不能な状態です。
 
 
15分後くらい後に警官がやってきたのですが絡み合った車で動けません。車の知恵の輪状態です。知恵の輪を解く為に、警官がバスを通過させようと空けた場所には直ぐに他の車が進入して本当に身動きの取れない状態になってしまいました。
我々はフライトの時間があるので急いでいるのですが、この交差点を通過できたのは1時間後でした。
 
なんとかムンバイ空港へたどり着いたのですが、インドでは空港の警備が非常に厳しくて、航空券をもっていないと空港の建物の中には入れません。入口で機関銃を持った軍人に航空券、パスポートを見せなければ入れません。
ちなみにお迎え方は建物の外です。
 
我々が訪れた時期は、HAPPY DIWALE と呼ばれる、インドヒンドゥー教新年のお祝いだそうです。だから町には人が多かったのでしょうか。
 
 
実はまだおみやげが全く買っていないので、短い時間ですが空港内のshopを物色。インドの通貨ルピーは持ち出せないので全てドルで支払いです。と言っても今回は全く両替せず家にあったドルを少し持ってきただけです。
 
そんなこんなで、なんとか帰りのタイ バンコク行きの飛行機に搭乗出来ました。
 
バンコクに到着したのは、午前4時ころ。ここで同行して頂いた商社の方はミャンマーへ向かうとのことでここでお別れです。何から何までありがとうございました。成田行きのフライトまで約4時間待ちですが、ビジネスはラウンジが使えます。有り難いことです。ちなみにミャンマーのフライトにはビジネスの設定がないのでラウンジは使えません。
 
バンコク → 成田のフライトを非常に楽しみにしていました。
タイ航空の機材は、エアバスA380、B747より大きい世界一大きな旅客機で総2階です。
それもビジネスに搭乗とは、この機会しか無いと思います。
 
 
早速搭乗すると、ビジネスは2階の最前部、広々とした座席とウエルカムドリンク、最高のおもてゆっくりとくつろげます。
離陸して直ぐに気づいたことは、静かです。大きな機体とエンジンから離れた場所なのかエンジン音が気になりません。
B737、B747の2階にも搭乗したことがありますが、静かさが全く違います。これは快適です。
 
 
 
機内では軽食に天ぷらうどんが、うどんは数本の麺です。これこそ軽食です。
 
 
 
とても快適なA380ですが一つだけ難点が、それは2階席なので、外が見える窓が斜め上です。空がしか見えません。海も見えません。着陸態勢で機体が傾いたときに少し地上が見えるだけです。残念です。
 
快適な6時間のフライトも終わり、成田着です。ここから国内線でセントレアまで帰りました。
 
富士山が帰国を見守ってくれました。
 
 
 
めったに行くことの出来ないインドの旅、ビジネスクラス、A380の搭乗など良い旅が出来ました。
 
ありがとうございました。
 
でもこの1か月後、大変なことが会社で・・・・・
 

インドへ行ったこと。②

2017年07月17日 | 日記
ムンバイへでインドに入国したのは深夜10時すぎでしたので、ムンバイ市内のマリオットホテルで宿泊しました。
 
翌朝、インドの西側にある目的地のヴァドーダラーへは国内線に搭乗です。空港の保安検査でペットボトルの持込はOKでした。
暑い国なので飲料水は欠かせないのでしょう。 
ヴァドーダラーまでは1時間のフライトで到着です。仕事の関係先を訪問し夕方にヴァドーダラー市内のホテルに到着です。
 
 
由緒正しいインドのホテルで、ドアボーイはターバンを巻いたインドの正装のようでした。ロビーではインド音楽の生演奏。
 
 
 
 
 
 
ホテルの中庭にはプールもあります。ここは外の人があふれている雑踏とは別世界です。時間があればここでのんびりと過ごしたいものです。
 
 
翌日は早朝6時にホテルを出て空港に向かいました。朝食はホテルで食べる時間が無かったのですが、特別にサンドイッチとフルーツが沢山はいった朝食のお弁当を作って頂きました。
 
 
 ヴァドーダラーの空港は軍と共用しているようで、写真には写っていませんが空軍の機体が遠くに見えました。
 
 
 
 
 

インドへ行ったこと。➀

2017年07月14日 | 日記
約2年前、2015年11月に仕事でインドに行ったときのお話しです。
 
当時、会社で営業部を統括していたhimadawaは、商社の方とインドの石油精製関連の会社へ製品の紹介の為に出張しました。
 
11月8日(日)日曜日 朝、羽田からフライトですので前日は横浜で前泊しました。
横浜からは商社の方とリムジンバスで空港へ向かいました。今回のチケットは商社の方に手配して頂いたのですが、何とビジネスクラスです。航空会社はサービスが良いと評判のタイ航空です。
 
空港でチェックインを済ませ、ラウンジでくつろげます。
フライトは、羽田 → タイ バンコク 
バンコク → ムンバイ
 
ムンバイは聞き慣れないのですが、1995年英語での公式名称がボンベイ (bombay) から、現地語(マラーティー語)での名称にもとづくムンバイ(munbai)へと変更されたらしいです。
 
フライト時間は約5時間ですが、個室の様なシートは疲れません。食事も美味しくいただきました。
バンコクでは3時間のトランジットですが、大きな空港ですので免税店が多く、迷子になりそうでしたが帰りのおみやげを物色していました。ここでもラウンジが使えます。タイ航空本拠のラウンジですので食べ物、設備も最高でした。
 
 
途中、機内からは奄美大島の南側がよく見えました。特徴的な形ですね。
 
 
 
タイのバンコク着陸前です。
海老の養殖池が広がっています。
 
 
所々に大きな家がありましたが、海老御殿だそうです。
 
 
夕方、ムンバイ行きの飛行機に搭乗しましたが、こちらの機材は少し古い機体でビジネスですが個室の様なシートではありませんでした。
CAさんもインド人の方がほとんどで、食事もカレー味のインド料理の様な感じの物でした。
 
22時頃に到着し入国審査です。
実はインドは世界一入国の厳しい国だそうです。約1週間の滞在ですがビジネス VISAが必要です。VISAの申請はもちろん事前に日本で行いましたが、訪問先の召喚状、親の名前、出身地などを記載した書類、顔写真なども撮影条件が色々とあります。そしてvisaの申請は大使館、領事館で行うのですが、一日の申請件数に制限が有り専門の仲介者に依頼してvisaを取得しました。
 
そんなことでパスポート、visa、書類を用意して入国審査に並びました。我々のグループは3名でしたが、最初に商社の慣れた方が審査を受けてもらいました。後の者はそれに続き何とかそんなに質問も無く審査が終了し、インドへ入国できました。
 
 

植木等と昭和の時代

2017年02月18日 | 日記
himadawaが師と仰ぐ人物の一人が植木等さんです。
 
子供の頃TV番組を見て、こんな大人になれたならと思っていました。
 
三重県に縁のある植木等(呼び捨てですいません)ですので、三重県総合博物館で「植木等と昭和の時代]展がが開催されましたので早速に拝観してきました。
 
 
 
なんと言ってもスーダラです。
 
 
植木等氏は名古屋生まれ、三重県育ち。
今年は没後10年になるそうです。
松阪の方のお寺で、お父さんは住職だったそうです。でも今はそのお寺は無いようです。
 
植木等氏といえばクレージーキャッツのメンバーですが、ザ ピーナッツ、青島幸夫などと出演していた、TV番組の”シャボン玉ホリデー”これを毎週日曜日楽しみにしていました。
今思うと、これだけの番組を生で毎週良くやっていましたね~。心と体の休まる時間が無いと思います。
 
 
 
展示や色々な逸話や、番組の録画、など懐かしい一日でした。
 
でも、himadawaが師と仰ぐ人物は他にもいます。
 
所ジョージさんと、高田純次さんです。
 
こんな心情のhimadawaですが、何か変ですかね?
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

霜柱

2016年11月05日 | 日記
11月4日 仕事を終えてから何時もの開田高原へ直行しました。
 
それで天体写真は・・・・ダメでした。
天気、月齢共に良かったのですが、昼間の湿度が高かったのか、機材、レンズに露ならず、霜が着く状態でとても長時間の露出が出来ませんでした。気温は-3℃位くらいまで下がっていたようです。
 
翌朝、開田高原の紅葉を楽しんできました。
 
 
紅葉の中にたたずむhimadawa号
 
 
日が昇ると山頂にうっすらと雪をまとった御嶽山を望む事が出来ました。
いつの時期でもこの場所は最高です。
 
 
廻りを散策していると、こんなものを見つけました。
 
 
大きな霜柱です。
 
子供の頃は、友達と競って霜柱を踏み付けながら登校したものです。
 
 
 
ヘリコプターの音が聞こえ、だんだんと大きくなり、そして近くに着陸したようです。
この開田高原には100台以上車が止められる駐車場があり、そこへ着陸した模様です。
 
 
ドクターヘリが飛来していました。そして救急車も。
 
 
遠目ではカメラを持った登山者のような方が救急車からヘリに移されました。
 
機体のチェックを行い、数分後には青空へ飛び立って行きました。
 
 
 
たいしたことが無いように祈っています。
 
そして帰りには、いつもの”二本木の湯”で炭酸温泉に入り体を温めて帰路につきました。
 
 
 
 
 
 
 
 
 

新東名 接続

2016年02月24日 | 日記

2月13日に新東名高速道路の浜松いなさ←→豊田東間が開通しました。

これにより伊勢湾岸から関東方面に出かける場合、岡崎周辺の渋滞が無くなり大変便利になると思いまので、さっそく開通区間の走行をしてきました。

浜松いなさから豊田方面に出来た、長篠設楽原PA(ナガシノシタラガハラ)と読みづらい名前のPAです。

このPAに接する小山には織田信長戦地本陣跡の大きな看板があり行く事が出来るようです。

そこまで足を延ばしてみると、

多分、ここにPAが出来なかったら地元の人しか訪れない所だと思います。

 

続いて、岡崎SAです。上りと下りが一緒になった建物1戸のSAです。

訪れる人が方向を間違えないように、上りと下り側から観た建物の外観が変えてあります。

上り(東京)方面の入口です。

下り(名古屋)方面の入口は、

トイレ、レストラン、売店などの内部は上り、下り共通で入口の外観が異なるだけです。

これは良い考えかと思いました。

丁度、お昼でしたので八丁みそラーメンなる物を頂きました。

味噌ラーメンは一般的ですが、赤みそのラーメンは今までに聞いた事がありません。

食べてみると、うぅーん。みそ汁にラーメンを入れた様な感じでスープがラーメンらしくありません。

SAは平日にもかかわらずOpen直後で大変混雑していました。

日テレのクルーも取材に来ていました。

 周回走行ができそうです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


えんしゅう

2014年09月03日 | 日記

近くの港に海上自衛隊の多用途支援艦 ”えんしゅう”が入港したので見学してきました。

全長65m、排水量980トンで自衛艦としては小さな船です。

 

後部甲板には、小型艇とクレーン、5.9ton吊りです。

 

 岸壁には陸上自衛隊の車輌が展示されていました。

陸、海のツーショット

 装甲通信指揮車 KR130W

国道を自走でここまで来たそうです。

 車輪は全輪共に大きなボールジョイントで支えられています。

 

このボールジョイントの内部にドライブシャフトが組み込まれているのでしょうか?


暑中お見舞い申し上げます

2014年08月19日 | 日記

今年の夏は前線が停滞し日本のあちらこちらで集中豪雨による被害が出ているようです。 先週もhimadawaの暮らす県、全域に避難勧告が出されました。 この様な天気が続いているので、日照は少なく稲の生育が遅れているようですが、蒸し暑くてたまりません。 そこで先月、熊野へ行った時の滝を見て少しでも涼んで下さい。

滝は三段構造になってます。

熊野の布引の滝です。

もう一つ、桑ノ木の滝

飛沫を浴びて涼んで下さい。

 


4泊5日 西日本 B級グルメ

2014年08月04日 | 日記
7月28日夕方から西日本各地に仕事で出かけていました。

7月28日19時出航のフェリーで大分県別府へ出発。


20時30分頃に、明石大橋下通過。
ライトアップが綺麗です。


7月29日 朝7時に別府港着。
ここは別府です。時間があったので地獄巡り。
海地獄


坊主地獄


仕事の合間に関サバで有名な、佐賀関の道の駅まで。


関サバコロッケです。

普通のコロッケの方が美味しいと思いました。

7月29日は、北九州 小倉泊
夕食は、小倉のパリパリ餃子、小粒の餃子で皮がパリパリ、とっても美味しく、お土産を買ってしまいました。


7月30日昼食は、山口県の名物”瓦そば”を頂きました。
茶そばを、熱した瓦の上で焼きそばのように焼いて頂きます。
つゆは甘めで、ラー油が入った甘辛いつけ麺でした。


山口県柳井市から四国の松山までフェリーで渡りました。


フェリーの名前は”しらきさん”どこかの誰かのような船名です。


17時50分出港で、約2時間15分の旅です。
夕暮れの中の航海


松山港の手前にある無人島”ダッシュ島”から数キロの所を通過。
テレビ番組の鉄腕ダッシュで放送される島です。20時頃、月明かりもなく、ほぼ真っ暗の中でカメラのISO感度を3200にあげて撮影しました。
何とか島のシルエットは写ったかと思います。テレビと同じです。

島の名前は、正式には”由利島”と言うそうです。

松山では坊ちゃんの湯、”道後温泉本館”体を休め後半戦の鋭気を養いました。


7月31日 昼食は今治 B級グルメ”焼豚玉子飯”を頂きました。ご飯の上に焼豚、目玉焼きを乗っけて焼豚のタレがかけてあります。非常にシンプルで簡単で早く出てきます。
でも、ハイカロリー、ハイリターンです。


鳴門大橋、明石大橋を渡り本州へ再突入。


大阪 堺で泊まり、翌日8月1日夕方には帰任でした。

走行距離は、別府でフェリーを下りてから約1300Km、4泊5日の仕事でした。