8月7日 三重県伊賀へ行ってきました。生徒指導ネットワーク関係の研修会の基調講演をしてきました。
約130名の方々(保護者 教員 地区の関係者)に「子どもの意欲を引き出すコミュニケーション」ということでお話をしてきました。
講演スタッフをされていた先生方や教育員会の方々との雑談の中で、
いろいろNLP的な視点、コーチング的な視点をお話していたのですが、
その中で「現場の中でやっていたことが、その視点で話を聞くとそういうことだったのかとわかりました」と、行ってくださいました。
たとえば、ペーシングがラポールを形成するのにとても有効であることは、教育心理学やカウンセリングを学んだ方なら、よく御存じなのですが、なぜ、それが有効なのかということを、ちゃんと説明されていないのです。
しかし、そのことが、原始の時代につくられた脳の基本的なプログラムに近いことがわかると、どこでどう応用することができるかわかります。
会の事務局の方で、送迎をしてくださった先生は体育の先生だとおっしゃっていましたが、「その原理を聴くと、体育のラジオ体操とカマスゲームとか、どうして意味があるのかわかります。時代に逆行しているのかとおもっていましたが、自信を持ってやれますね。
以前、荒れた学校にいたときに、なぜかマスゲームをやって、みんながすごくノッて喜んで取り組んだ。一体感があったのですね。」
学校現場で取り組まれている様々なことで、ずっと受け継がれているものには、意味があります。それを、どうして効果的なのかということがわかれば、どこでどのように使うかということが的確にできるのです。
それを説明するのに、NLPの概念は非常によく人間の仕組みを分析してある心理学であると思います。
NLPのセラピーの中には、非常に強力なものが多いです。
しかし、教育現場には、セラピーとしてのNLPは必要ありません。
教育現場で必要なのは、教育だからです。
しかし、人が変化していく仕組みをしること、人の仕組みそのものをしることは、子どもたちをより深く理解し、効果的な教育をするために必要です。人はどのような仕組みを使って理解するのか。
人は、どのようにして、意欲を持つのか。
人の行動に大きな影響をもたらす思考傾向や行動パターンはどのように形成されるのか。人の可能性というものはどういうものか・・・・・。
そして、なによりも、人を尊重してかかわるということはどういうことなのか?
どんな手法も、光と影があり、100%のものなんてありえません。
今行われている教育だって、すべてが100%安心ですという太鼓判が押されたものなんてありません。
でも、その中で教師は、長い教育という歴史のかで、取捨選択し、ある時は別々のものを統合させて、新しいものを、現場に即したものを作ってきました。
何もしないで、ただ、そこにあるものを使っているだけの教師は少ないのではないでしょうか?
つねに、目の前の子どもたちに即した 「何か」を生み出しているのが教育現場です。
NLPがすごいのではなく、自分が学んだものをどのように融合させ、一番良い形で、自分の現場に落していくか。
それが、人間が万物の霊長たる可能性の一つです。
「2学期からさっそく、いろいろな場で実践してみます」ある校長先生が、そうおっしゃってくださいました。
「あなたの人生があってNLPがある。
NLPがあってあなたの人生があるのではない。
学び続けてください。NLPだけではなく、さまざまなことを。
人間は変化し続けることができるのです。」 山崎啓支