:雪切・刀也
どことなく思考がふらつく。
心地のいい日差しの差す自宅の居間で、雪切・刀也は果てしなくごろついていた。
というのも、先程からもやもやとした感覚が胸の内を占めているからだ。空は晴れていたが気持ちは無関係である。
倦怠感じみた感覚を弄びつつ、ぼぅっと天井に目を向ける。
「う~ん、暖かくなってきたからか・・・? 毎年、春の当たりは眠くなって困るが」
どうでもいい思案を片手に上半身を起こしつつ、刀也は欠伸をしようとして・・・噴き出した。
:ミリート・アーティア
「お兄ちゃん! 何やってるのさ!?
まだ寒いんだし、こんなとこで寝てると風邪引いちゃうよ」
突然、目の前に少女が飛び込んできた。土の色にも似た髪に、特徴的なポニーテールがふわりと踊る。古い幼馴染の少女、ミリート・アーティアだ。
だが、問題はそこではない。えと、今何を言った? 聞き間違いじゃなければ・・・。
「・・・なぁミリート、お兄ちゃんて、何?」
「だう? 何言ってるの? お兄ちゃんはお兄ちゃんでしょ?」
「はい?」
違和感いっぱい風呂いっぱい。無論、彼女とは兄弟でも何でもなく、序に恋人でもない。ただの幼馴染ってだけだ。
反射的に二の句を継ごうとするも、それは更なる言葉でつぶされた。
「だって私のお兄ちゃんでしょ? 変なトウヤお兄ちゃん」
「チョットマテ、誰が”私の”だ。誰が。いつからそんな風になったんだよ」
「そんなのずっと前からだよ。第一・・・他人ってわけじゃないんだしね」
「ッ!? 誤解されるような発言するな!!」
顔を赤らめてみせるミリートに、すかさずそんなツッコミが入る。ふざけているのかどうなのか。理由はどうあれ、性質が悪い。
もし、これで刀也に妹スキーの傾向があったら話も違うのだろうが、残念ながらそれはない。
寧ろ、好きなものと言えば動物である。特にわんこ。その根は深く、普段のクールぶった刀也とは真逆、思わず僕っこになってしまう程だ。
見たら漏れなく引くであろう。
妙な思考に振り回されつつ、盛大に息を吐く。気づくと先程までの気ダルさはバイバイである。
それはありがたいにしても、この状況は困る。どうしたもんだろと脳内会議を進めていると、そこに新たな来訪者が現れた。
薄い茶色の髪を短く揃えた、給仕姿の女の子。愛らしい少女だが、全く見慣れない・・・。
「えと・・・どなた様ですか・・・?」
「主さま、酷いです!? ボクです、涼ですよ! 何時も可愛がってもらってる~!!」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・はい?」
「やだなぁ、お兄ちゃん。涼ちゃんだって。良く抱っことかしてるでしょ?」
微妙に不満気に感じるのは気のせいだろうか? いや、それよりもなんて言った?
「・・・・待った。待った待った待った~~~~~~!!!???
涼って、愛犬の涼かっ!? なんでまたこんな姿に」
「素敵な精霊様が願いを聞き届けてくれたんです!」
・・・豪州で契約したお姫様が浮かぶが、まぁいい。
そんなことよりも、今の変な状況の打開の方が大事である。
てか、この事態を受け入れていいものか、まずそれが怪しい。
「でも、どうして・・・」
「それは、恩返しがしたくて。主様にはお世話になりっぱなしです。せめて、少しでもお返し出来れば、と」
「はぁ・・・。とはいっても・・・これといって現状に不満は・・・うわっ!?」
「ご飯や洗濯等の家事全般にその他もろもろ、夜のお相手も大丈夫です! だからそんなこと言わないでください!!」
「ッ!!? だああっ!? ちょちょちょちょっと落ち着け!?
というか、夜のお相手とか本気で笑えんて!!!!??」
「大事な人の前に、種族なんて全然関係ありません!!」
いや、あるだろ!!
内心で的確なツッコミを入れながらも、突然抱きついてきたそれに思わず焦る。色々と置いてけぼりを食っていたため、思いっきり油断していた。
ああ、横で唸っている娘のヤスリチックな釣り目が痛い。
「お兄ちゃん!! 何デレデレしてんのさ、みっともない!!」
「してないしてない! てか、どう見りゃそうなる!?」
しっちゃかめっちゃかである。
・・・あ~もう、全く。疲れたように肩を軽く下ろすと、刀也はぽふぽふと頭部を撫で回した。
「涼は涼のままでいいんだよ、変に無理とかしないで。いいね?」
「~~~~~~~~~~~やっぱり主様は大好きです!!」
「へっ? あ、やっ、頬を舐めるなってば!?」
OK,まずは情景を浮かべてみよう。
腐っても今は人間の女の子な訳で・・・そしてされているのは男の子。羞恥と混乱、こそばゆさにされるまま、ふと、視線が外を向く。
その時―――――ピシリ――――と空気が凍った。
それは畏怖だった。怯えというにはただ易く、脅威というには程足りない。
異界の魔王ですら平伏せざるを得ないほど熱気に満ち溢れた生き物が、無骨な鈍器を振りかぶってそこにいた。
「・・・・・・・・・・・少し、頭冷やそうか・・・?」
「ああああの、ミリート・・・さん? その、棒きれはなんですか!?」
「見たまんまだよ! お兄ちゃんの浮気者――――っ!!!」
そもそも浮気じゃねぇえええぇぇぇ!!!!!
そんな切なる叫びを吐き出す前に、自らの意識が深々と遠のいていくのを実感する刀也くんであった。
―――――ちゅんちゅん―――――
「だああっ!!?? ・・・・・・・夢、か?
えぇい、とびきりの悪夢だ。くそ、何の因果でまた・・・」
掛け布団を飛ばして跳ね起きる。昂る身体を無視して息を吐くや、ついで軽く頭を掻く。
運動直後の様な落ち付かないそれにも似た感覚。しかしそれは、有るモノの所為で急激に醒めさせられてしまった。
「ふぁぁ~・・・だう? トウヤくん、どうかしたの・・・?」
「わふん?」
汗がべったりな素敵なお目覚めに声二つ。
その横に、ちょこんとしている小悪魔一匹。そして布団の側にはワンコが一匹。
うん、あれだ。あれだよ。涼は別にいいとして、問題は・・・・。
「・・・なぁミリート。なんで俺の布団で寝てるんだ? しかもしっかりと抱きついて!」
「ああ、それ? だってほら、一緒に寝た方があったかくて好きなんだもん。
それに、兄妹みたいなものだし。ね、トウヤお兄ちゃん♪」
「わんわん!」
「・・・・・・・・寝ても覚めても・・・振り回されっぱなしだな、ホント・・・」
日向の眩しさにも似た、にこやかな笑顔で答える彼女。そこには微塵の邪気もない。
爽やかな朝を愛犬が小気味良く彩る中、刀也は凍った背筋を抱えながら、諦めにも似た息をそれはもう深く吐くのだった。
はい、どうも。
あったま悪いお馬鹿な話をやってみたくてこんなんなりました。
誰かに振り回されるのは刀也くんのデフォルト~。逆に振り回していることは想像できません。
お気楽な依頼がめっきり無いし、こういうのがあってもいいよね!!(ぁ)
いやホント。真面目な依頼よりもお馬鹿な方が好きなんですよ。でも、現状はなぁ・・・orz