本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

松原通を堀川通りから烏丸通へ

2022-06-20 20:01:10 | 住職の活動日記

現在の松原通が旧五条通で

祇園神社の南限が松原通りで

伏見稲荷の北限が同じく

この松原通です

伏見お稲荷さんもこんな所

まで縄張り(勢力圏)氏子

を持っていたのです

 

 

堀川通と松原通の角に

「北来地蔵」ほくらいじぞう

さんの祠があります

とても立派です

日蓮宗の大本山本圀寺の

北門前町

また近くに来迎堂があって

町名も来迎堂町

その二つの町名の頭文字

をとって「北来」と命名され

 

 

北門前町のお地蔵さまは

立像で

来迎堂町のお地蔵さまは

坐像ということです

 

 

歩きながら目にとまったのは

この石碑です

「親鸞聖人御入滅之地」

とあります

親鸞は関東から帰洛され

この地、五条西洞院に

(現・松原西洞院)住まわれ

たということです

 

 

ここは九条兼実の別宅で

親鸞が流罪になる前の

住居で

寺伝では

この地で亡くなられ

その後善法院に移された

とあります

 

 

それから「五条天神」という

御社です

天神とあるから

菅原道真を祀るのかと

思いきや

 

 

そうではなく

大己貴命オオムナチノミコト

少彦名命スクナヒコナノミコト

天照大神の三神を

お祀りしてあります

歴史は古く

平安遷都の延暦13年

大和の宇陀郡から

天神アマツカミを勧請した

のが始まりということです

当初は「天使の宮」天使社と

呼ばれていたのですが

後鳥羽天皇の時代に

「五条天神宮」となったと

いうことです

 

 

亀山稲荷神社という

細い路地に鎮座されて

います

 

 

 

間口はわずか2歩で

通り過ぎてしまうほどの

狭き入り口です

 

 

入口の石碑には

白瀧大明神・花月大明神と

あります

 

 

鳥居を抜けて

 

 

ここの祭神は二神あって

江戸時代からの亀山藩の

鎮守神・白瀧大明神と

明治維新のとき

親鸞ゆかりの大泉寺花月亭の

鎮守神・花月大明神です

 

もとは、江戸前期は

間口11間、奥行30間の

広島藩の京屋敷で

その後丹波亀山藩となり

京都監視の重責を担ってきた

という歴史があるようです

 

近くを少し歩いただけでも

こういう歴史を感じるのは

楽しいことです。

 

 

 

 

 

 

 

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