本蔵院 律良日記

熊本県にあるお寺“真言宗 本蔵院 律良のブログ”日々感じるままに活動のご報告や独り言などを書いた日記を公開しています。

方便智をもって荘厳するという

2022-06-23 20:58:00 | 十地経

この講義は、

色々なことを駆使して

語られていますが

その中心課題は

「象徴と荘厳」ということ

なんです

 

やはり独特の解釈なんです

「荘厳」といえば

飾るという意味ですけど

そこに精神的な意味を

見出してこられたのです

 

昨夜不思議な夢を見たんです

古い友人の夢

彼は権力ということに

興味があったせいか

その方に進んで行ったんです

修行時代は

仲良くやっていたのですが

やはり、肩書がつきだすと

比べ合う心が出てきて

段々と方向が違ってきます

 

彼は望み通り

権力を手にしたのですが

いのちの方がもたなくて

亡くなってしまったんです

方向が違ってから

話すこともなく

かえって恨みがましくも

思っていたのですが

 

不思議にも

昨夜夢に出てきたのです

何かしら明るい顔をして

座って、

「うん、

そうだった、そうだった」

と、しきりに頷いている

何かしら話が通じたのです。

 

というのは

ちょうど読んでいた講義の

ところからだったのかも

しれません

講義はこうです

 

「深い宗教心というような

ものの根底から、

精神の展開をみるとやね、

宗教心に目覚めてみると

それまでは

まあ失敗もあったり、

ひどい目に合ったり、

ちょっと早く

一服したがったり、

なんかいろいろある。

 

だけどそれらが

全部意味を持ってくるんです

失敗も皆よかったと、

こういうような

意味をもってくるんですよ。

成功だけが

意味があるんじゃない。

 

これを取ってしまうと

なんか成功したというのも

夢のようだし

失敗したというのも

夢のようだし、

差し引きゼロだと、

何も無意味に終わった

ということになってしまう

ですよ。」

 

というようにあるんです

そして、

 

「方便智をもって荘厳する

という。

それは根本智に外から

持ってきて

加えたもんじゃないんだ、

飾るといってもですね。

ものを飾るといっても

ものに色を塗ったり

することじゃないんであって

その根本智の中に

それを見出してくるんです。

 

根本智の反省なんです。

無分別智を分別で反省する。

そこに無分別という空の中に

無尽蔵の意義を見出してくる

反省してね。

そのことが

その空を荘厳する

ということなんだ。」

 

とあります

無分別智という空を求めて

修行するんですが

その智慧、根本智を得ても

七地沈空の難

といいますか

得たのに沈んでしまう

という難があって

 

それを破っていくのは

経典では

「諸仏の激励」とありますが

ここでは、

かえって世間智という

世間一般の智慧がそれを

破っていく、

現実的には

会社にしても理念があって

それに進んで行くのですが

行き詰まった時

その行き詰まりを破るのは

現場の声です

それによって

理念というものが

息を吹き返し

更に新たな理念として

成長していくということが

あると思います。

 

安田先生もよく

現場の声というものを

大切にされたように

思います。

何かしらそういうところに

荘厳という意味も

あるように思うのです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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