おととい配信しました。2010年度最初の号です。
今年度は「一時期を除き毎号1本ずつ掲載しているコラムが150本目という節目を通過する」という号(次々号)がある年度です。そこで年度初めの今号のコラムで、これまでのすべてのコラムを貫く論旨である「不登校児やひきこもり青年の願いと思いを前提とした対応」について、その原理をあらためてまとめています。
すなわち、不登校児やひきこもり青年は、もともと学校や社会に復帰したくないと願っているのではなく、むしろ学校や社会に復帰したいと願っている、しかしその願いの先には「でも・・・」という「思い」が続いている、だから「願い」と「思い」の両方を認めて対応すべきである、と論じています。
「学校に行く」「社会に出る」と言いながら、なぜ家庭訪問を拒み、なぜ支援を利用しようとしないのか、なぜ学校/社会に復帰したのに楽にならない青少年がいるのか、・・・など、周囲の疑問を解くカギが、ここにあります。
お読みになって、本人への理解にお役立ていただければ幸いです。なお、次号のコラムでは、逆に「もうこのままでいい」などといった本人の発言の真意を考えます。
『ごかいの部屋』176号を読む
今年度は「一時期を除き毎号1本ずつ掲載しているコラムが150本目という節目を通過する」という号(次々号)がある年度です。そこで年度初めの今号のコラムで、これまでのすべてのコラムを貫く論旨である「不登校児やひきこもり青年の願いと思いを前提とした対応」について、その原理をあらためてまとめています。
すなわち、不登校児やひきこもり青年は、もともと学校や社会に復帰したくないと願っているのではなく、むしろ学校や社会に復帰したいと願っている、しかしその願いの先には「でも・・・」という「思い」が続いている、だから「願い」と「思い」の両方を認めて対応すべきである、と論じています。
「学校に行く」「社会に出る」と言いながら、なぜ家庭訪問を拒み、なぜ支援を利用しようとしないのか、なぜ学校/社会に復帰したのに楽にならない青少年がいるのか、・・・など、周囲の疑問を解くカギが、ここにあります。
お読みになって、本人への理解にお役立ていただければ幸いです。なお、次号のコラムでは、逆に「もうこのままでいい」などといった本人の発言の真意を考えます。
『ごかいの部屋』176号を読む