水上陽平の独善雑記

水上陽平流の表現でいろいろな事を書いています。本館は http://iiki.desu.jp/ 「氣の空間」

「迷想中・迷走中・1498」

2025-02-09 21:20:03 | Weblog

ある気功師・1099


  「佐渡先生」


そうだ!そんなことより佐渡先生だ。
「まぁ、とりあえず、酒でも飲め」
悩んでアレコレ考える者にいうセリフだ。
(そうでなくても飲んでる・・・。
医薬品より優先して日本酒を積み込んでるし・・・)


悩みの原因を探り、解決する方法もあるが、
それは万人向きじゃない。
そんなので解決するのは、極一部だけだ。
「原因」をいじらない解決法。
私の療法と同じ方法だ。


全く別な世界を与える。
(佐渡先生は酒。私は「氣」)
悩みは「異」と出会うと消えやすい。
佐渡先生の自然体の治療に気づく人は少ない。




(本館は、HP「気の空間・気功療法院」検索
 ブログだけなら楽天「水上陽平の独善世界」検索が読みやすい)


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「迷想中・迷走中・1498」

2025-02-09 21:19:23 | Weblog

ある気功師・1099


  「佐渡先生」


そうだ!そんなことより佐渡先生だ。
「まぁ、とりあえず、酒でも飲め」
悩んでアレコレ考える者にいうセリフだ。
(そうでなくても飲んでる・・・。
医薬品より優先して日本酒を積み込んでるし・・・)


悩みの原因を探り、解決する方法もあるが、
それは万人向きじゃない。
そんなので解決するのは、極一部だけだ。
「原因」をいじらない解決法。
私の療法と同じ方法だ。


全く別な世界を与える。
(佐渡先生は酒。私は「氣」)
悩みは「異」と出会うと消えやすい。
佐渡先生の自然体の治療に気づく人は少ない。




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「迷想中・迷走中・1497」

2025-02-08 20:54:04 | Weblog

ある気功師・1098


  「佐渡先生」


SMも趣味の段階ならいい。勝手にしてくれ。
ところが心に直接影響する趣味は危険なんだ。
例えば偏った瞑想法。
瞑想法を追っかけると、迷走することが多い。
単純に「瞑想は素晴らしい」などと思わないでね。
本来は「冥想」の為の「瞑想法」なんだから。


SMは体を刺激しながら、心を変える趣味だ。
しかも刺激は奥に進みたがる傾向がある。
満足を求めているようで、不満足を掘り下げてしまう。
だから・・・最終的には「死」に至るのだ。


体の満足は「やわらぎ」から得られる事を知らないからだ。
心の満足は「やすらぎ」から得られる事を知らないからだ。
どんな趣味も迷惑じゃなければいいけど
・・・迷惑になりやすいからなぁ。
まぁ・・・いいか・・・
ある国の代表政治家などよりマシかぁ・・・はぁ・・・




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「迷想中・迷走中・1496」

2025-02-07 21:01:48 | Weblog

ある気功師・1097


  「佐渡先生」


そうかぁ・・・
題名の「サド先生」をSMの話と勘違いするわけね。
佐渡先生はサドでもマゾでもないぞ。
「明るい、いいかげん」タイプは平和志向だ。
時々怒るのは、生命を粗末にするからだ。
平和は「生命最優先主義」で保たれるのだ。


心の中は愉しさも寂しさも怒りも優しさもある。
ところが、充実感が少なくなり不安と不満が増える。
この状態で生命力が低下すると、M(マゾ)になる。
刺激で充実感を補おうとするからだ。


生命力が強いまま不満が続くと、S(サド)になる。
他への虐待で不満を紛らわせようとするからだ。
Mは最終的に自殺につながる。
Sは最終的に殺人につながる。
いずれにしても「生命の軽視」なんだ。




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「迷想中・迷走中・1495」

2025-02-06 20:51:47 | Weblog

ある気功師・1096


  「佐渡先生」


壁や殻(区別)がある。
必要な時は必要だ。
だが、邪魔な時は邪魔なのだ。
だから自由に活用すればいい。


いつでも自由というのは、
区別をしない事じゃなくて、
区別を適切に使える事だと思う。
普段は区別を意識しない事がコツだと思う。


常識の中に区別をいれるから苦しむ。
無区別を普段の状態にして、
必要時のみ、壁や殻を使えばいい。
今までの壁や殻の使い方は逆だと思う。


区別が無ければ、差別もない。
平和は壁が無い状態だ。




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「迷想中・迷走中・1494」

2025-02-05 20:45:55 | Weblog

ある気功師・1095


  「佐渡先生」


佐渡先生も御師匠様も節操が無いが、
実に自然体(秩序体)なのだ。
そして、結果も自然に沿っているのだ。
しかも、ずっと大きな自然になっている。
自然の大きさを改めて知る。
自分の小ささを改めて知る。


常識と常識外。
節操は常識内にこだわる生き方だ。
節操が無いのはデタラメではなく、
常識内と常識外を自由に行き来できることだ。
そして、それはホンモノの自然(秩序)でもある。


垣根、壁、殻。
それらは必要な時だけあればいい。
いつでも、取り払えるし、消せる。
自分を囲うモノではない。
自分を縛るモノでもない。




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「迷想中・迷走中・1493」

2025-02-04 20:57:43 | Weblog

ある気功師・1094


  「佐渡先生」


死んだ人も生きてる人も同じだ。
私はそう思った。
違和感は無かった。
みんな・・・結構・・・大変なのね・・・


同じだから、いろいろなのがいる。
陽気なのもいる。
鼻歌を歌いながら、踊るのが好きなのもいる。
若い女性が年配男性の野太い声を出す事もある。
少し違和感がある・・・


御師匠様を観ていて気づく事がある。
デタラメの部分が無かった。
「いいかげん」と「デタラメ」の違いだ。
「自由」と「無秩序」の違いだ。
自然(秩序)の大きさを広げるのが「いいかげん」
自然(秩序)が理解できないのが「デタラメ」だ。




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「迷想中・迷走中・1492」

2025-02-03 20:35:48 | Weblog

ある気功師・1093


  「佐渡先生」


御師匠様の生き様をみていて思った。
なんて「いいかげん」だろう。
なんて魅力的だろう。
私もこういう節操の無い人になりたい。
それは、桁外れの「優しさ」だと思った。


霊に対して、脅さない。
といって、丁寧でもない。
全く普通に話している。
自称霊能者は、他の人にはわからない声を聞く。
(だからホンモノとインチキの判断ができない。
この事に関しては、いずれ書こうと思う。
大部分はインチキと勘違いだ。)


御師匠様はそんな曖昧な事はしない。
霊は肉体の声を使って話すのだ。
私等も普通にそのやり取りを聞いていた。
カルチャーショックを受ける人もいたろう。
私は祖母の関係で驚くことはなかったが。




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「迷想中・迷走中・1491」

2025-02-02 20:46:04 | Weblog

ある気功師・1092


  「佐渡先生」


故御師匠様は親しみを込めて
「オバケさん」と呼んでいた・・・。
(ある時「オバケはないだろう!」と抗議され、
今は「ヤドカリさん」に変わっている)
嘗て肉体が有ったが、今は無い存在達だ。


有体に言えば・・・死んだ人達。
故御師匠様は、この人達も差別しなかった。
生きている人も死んだ存在も同じだ。
苦しんでいるなら、手を出す。
同じ「氣」で包む。


霊を忌み嫌う人達もいる。
それは、それで勝手にしていい。
私だって政治家タイプは嫌いだ。
理屈でウジャウジャ言うタイプもウットウシイ。
嘘つきは面白いと思うが、卑怯者は大嫌いだ。
(嘘を自分の利益の道具にするのが卑怯者。
愉しむ、楽しませるための嘘は、サービス)




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「迷想中・迷走中・1490」

2025-02-01 20:47:14 | Weblog

ある気功師・1092


  「佐渡先生」


佐渡先生と故御師匠様の共通点。
差別しないのは人間同士だけじゃかった。
差別しないというより、区別しないのだ。
そんな事はどうでもいいのだ。


佐渡先生は、敵と見方の区別がつかない。
猫やロボットと人間の区別がつかない。
御師匠様も似ていた。
目の前で苦しんでいるなら同じだ。
差別も区別も関係ない。
手を差し出すだけだ。


私が初めて出会った94年5月。
故御師匠様の氣功の時間が一日4回あった。
始まると150人ほどいた受講生の中から、
ヘンなモノが出現する人達が幾人もいた。
姿は見えないが、声をだすし、話もする。
本人の意識はあるが、口が勝手に話す。
意識はあるが、勝手に踊りだす人もいる。




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