(National Geographic July 29, 2010)
エネルギー開発か、それとも環境保護か。アメリカのアラスカ国家石油開発保留地(NPR-A)を巡って長らく続いてきたこの議論に、今年7月一定の決着がついた。アメリカ内務省の土地管理局(BLM)は2010年8月11日をもって、NPR-Aの北東部およそ73万ヘクタールの区域における石油・天然ガス開発を解禁する。ただし、アメリカ最北端のテシェクプク湖の南側に設けられた緩衝地帯のうち、絶滅の危機にある野生生物が多く生息する約7万ヘクタールは開発対象区域から除外されることになった。
この知らせを聞いた野生生物保護協会(WCS)のスティーブ・ザック氏は、「われわれの願いが叶った」と喜びを隠せない。テシェクプク湖の南側はここ数十年に渡ってエネルギー開発の対象区域と目されてきたからだ。
930万ヘクタールにおよぶNPR-Aは1923年、当時の大統領ウォレン・ハーディングによりアメリカ海軍の緊急用石油備蓄基地として設けられた。その一方で、テシェクプク湖やその周辺に生息する多様な生物種の保護を求める声も長年に渡り絶えることがなかった。そして1976年、アメリカ連邦議会はエネルギー開発と環境保護を両立すべく、その政策立案をBLMに委ねることを決定する。BLMはこれを受けてテシェクプク湖を「特別保護区域」に指定、エネルギー開発が解禁された1999年以降も対象区域から除外されていた。
だがジョージ・W・ブッシュ政権下の2006年、BLMは湖とその周辺を含む区域での石油・天然ガス開発を解禁する。湖底と湖に浮かぶ島はその対象から除外されたものの、ザック氏をはじめ環境保護活動家や渡り鳥研究者の危機感が駆り立てられることになった。
アラスカ州の町バローの東に位置するNPR-Aの北東区域は、世界中から飛来する渡り鳥の重要な繁殖営巣地である。テシェクプク湖周辺には、永久凍土が融解してできた湖やツンドラ湿地など渡り鳥にとって格好の生息環境が多く存在する。ザック氏は、「世界的にも重要な生育地だ」と話す。
また、この地域には、毎年何万羽というクロネズミガンやカナダガン、マガンが換羽(羽の生え変り)のために飛来する。この一帯はエサが豊富で、飛べない換羽期の鳥が深い開放湖(河川の流出入がある湖)で外敵から身を守ることもできる。1985年にBLMがまとめた生息環境調査報告書によれば、北極海沿岸平野では唯一の環境だという。
さらにテシェクプク湖周辺は7万頭にも上るカリブー(トナカイ)の繁殖地であり、現地の先住民イヌピアトが代々受け継いできた猟場でもある。もちろんカリブー狩りは娯楽ではなく、重要な食料源として利用している。特にこの一帯で捕獲されるカリブーは年間捕獲量の95%を占めている。
ザック氏はこう話す。「BLMはNPR-Aの資源を調整、管理する権限を与えられている。だが、石油だけが“資源”ではないはずだ」。
2006年に決定されたエネルギー開発の解禁は、環境への影響分析が不十分だとする環境保護グループの提訴により一時中止された。その後、裁判所が命じた追加調査の結果を受け、BLMはブッシュ政権最後の年に環境保護を強化する方針を打ち出し、テシェクプク湖の北側から東側に広がる約17万ヘクタールのエネルギー開発を向こう10年間凍結すると表明した。そして結論が先送りされていたテシェクプク湖の南側についても、2010年7月9日になってようやく開発対象区域から除外する決定が下された。ただし、この決定は今回のNPR-Aの開発に限定されている。今後の動向にも注目が集まりそうだ。
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20100729001&expand&source=gnews
エネルギー開発か、それとも環境保護か。アメリカのアラスカ国家石油開発保留地(NPR-A)を巡って長らく続いてきたこの議論に、今年7月一定の決着がついた。アメリカ内務省の土地管理局(BLM)は2010年8月11日をもって、NPR-Aの北東部およそ73万ヘクタールの区域における石油・天然ガス開発を解禁する。ただし、アメリカ最北端のテシェクプク湖の南側に設けられた緩衝地帯のうち、絶滅の危機にある野生生物が多く生息する約7万ヘクタールは開発対象区域から除外されることになった。
この知らせを聞いた野生生物保護協会(WCS)のスティーブ・ザック氏は、「われわれの願いが叶った」と喜びを隠せない。テシェクプク湖の南側はここ数十年に渡ってエネルギー開発の対象区域と目されてきたからだ。
930万ヘクタールにおよぶNPR-Aは1923年、当時の大統領ウォレン・ハーディングによりアメリカ海軍の緊急用石油備蓄基地として設けられた。その一方で、テシェクプク湖やその周辺に生息する多様な生物種の保護を求める声も長年に渡り絶えることがなかった。そして1976年、アメリカ連邦議会はエネルギー開発と環境保護を両立すべく、その政策立案をBLMに委ねることを決定する。BLMはこれを受けてテシェクプク湖を「特別保護区域」に指定、エネルギー開発が解禁された1999年以降も対象区域から除外されていた。
だがジョージ・W・ブッシュ政権下の2006年、BLMは湖とその周辺を含む区域での石油・天然ガス開発を解禁する。湖底と湖に浮かぶ島はその対象から除外されたものの、ザック氏をはじめ環境保護活動家や渡り鳥研究者の危機感が駆り立てられることになった。
アラスカ州の町バローの東に位置するNPR-Aの北東区域は、世界中から飛来する渡り鳥の重要な繁殖営巣地である。テシェクプク湖周辺には、永久凍土が融解してできた湖やツンドラ湿地など渡り鳥にとって格好の生息環境が多く存在する。ザック氏は、「世界的にも重要な生育地だ」と話す。
また、この地域には、毎年何万羽というクロネズミガンやカナダガン、マガンが換羽(羽の生え変り)のために飛来する。この一帯はエサが豊富で、飛べない換羽期の鳥が深い開放湖(河川の流出入がある湖)で外敵から身を守ることもできる。1985年にBLMがまとめた生息環境調査報告書によれば、北極海沿岸平野では唯一の環境だという。
さらにテシェクプク湖周辺は7万頭にも上るカリブー(トナカイ)の繁殖地であり、現地の先住民イヌピアトが代々受け継いできた猟場でもある。もちろんカリブー狩りは娯楽ではなく、重要な食料源として利用している。特にこの一帯で捕獲されるカリブーは年間捕獲量の95%を占めている。
ザック氏はこう話す。「BLMはNPR-Aの資源を調整、管理する権限を与えられている。だが、石油だけが“資源”ではないはずだ」。
2006年に決定されたエネルギー開発の解禁は、環境への影響分析が不十分だとする環境保護グループの提訴により一時中止された。その後、裁判所が命じた追加調査の結果を受け、BLMはブッシュ政権最後の年に環境保護を強化する方針を打ち出し、テシェクプク湖の北側から東側に広がる約17万ヘクタールのエネルギー開発を向こう10年間凍結すると表明した。そして結論が先送りされていたテシェクプク湖の南側についても、2010年7月9日になってようやく開発対象区域から除外する決定が下された。ただし、この決定は今回のNPR-Aの開発に限定されている。今後の動向にも注目が集まりそうだ。
http://www.nationalgeographic.co.jp/news/news_article.php?file_id=20100729001&expand&source=gnews