新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ

全国紙の元記者・中村仁がジャーナリストの経験を生かしたブログ
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南シナ海、ウクライナ、そしてタイ

2014年05月13日 | 国際

 軍事力がのさばる時代への備え

                    2014年5月15日

  ロシアがウクライナからクリミヤを奪い、次は中国がどうでてくるかと思っていましたら、尖閣諸島ではなく南シナ海で海洋権益を拡充する動きに、やはりでてきました。油断のならない時代になってきましたね。ロシア、中国が世界のかく乱要因になっているだけではありません。アジアのタイでは、外国の侵略ではなく、自壊作用で国が二つに分裂する騒ぎです。いくつかの共通項があるように見えます。

 

・軍事力が物をいうケースが増えてきた。

・国際社会でも、国内社会でも、法の支配が脅かされることが目だってきた。

・米国の世界秩序の維持能力が低下してきた。それを批判しても始まらない。

・即効性はなくても、経済的な相互依存関係の深化、重層的な同盟関係の構築しか手はない。

 

 このような感じではないでしょうか。一方、あちこちで混乱がおきると、「出口がみえない」という言葉を、最近よく聞かされます。朝日新聞の社説「タイの混迷 国民融和の道筋探れ」(5月9日)は「タイの政治危機に出口が見えない」が書き出しの一行目です。ウクライナでも「紛争解決の出口がみえない」と、多くのひとがいいます。ウクライナでも、南シナ海でも、尖閣諸島でも、ロシアや中国の長期戦略を考えると、「出口がみえない」領有権争いの時代にますます入り込んでいくのでしょうか。わたしは「出口がみえない」は当然だと考えます。「出口がみえない」どころか、紛争が各地で多発する時代の「入り口」に入ったばかりですから。

 

 新聞メディアは何を考えているのでしょうか。明らかにこれ、という解決策が見当たらないため、特に社説は書き方で苦労している姿がありありです。日経新聞は「一段と混迷深まるタイ政治」(5月8日)の締めくくりの文章は「与野党とも混迷の打開に努めてほしい」でした。当たり前すぎて、何の参考にもなりません。読売は「タイ首相失職 混乱を助長する憲法裁の判断」(5月9日)の締めは「一刻も早い政治の正常化が必要だ」です。分りきったことです。本末を転倒させ、逆に一行目に「一刻も早い政治の正常化が必要だ」と書いて、そのための具体策を説明するほうが文章としてよいのです。

 

 朝日は「ウクライナ 混迷を長引かせるな」(5月2日)で、「国際社会は対応を急がねばならない」が結論です。毎日では「タイ首相失職 非常事態の再来を招くな」(5月9日)で「国民の融和に向けて理性的な政治決着の歩みに踏み出すことを望む」という結論を読まされました。そうできないからまわりが困りはてているのです。メディアは目まぐるしい動きを追うのが精一杯で、なるほどを言わせる掘り下げた提言がなかなかできないのですね。こういうときに限って、紋切り方の社説の表現が乱発されます。

 

 まず、軍事力から考えましょう。ロシア社会論が専門の袴田茂樹氏がネットの論文で鋭い指摘をしているのが目にとまりました。「クリミヤの併合、ウクライナ東部、南部の危機で、あまり論じられていないことがある。ウクライナ軍がまったく無力だったということだ。10万人でも、優れた装備と訓練を受けたウクライナ軍が存在していたら、ロシアは国際法を破れなかった」という主旨です。「クリミヤの自警団なる武装組織、その中心にロシアの特殊部隊がいた」とも書いています。後段については、よく言及されます。前段の「無力なウクライナ軍」というところが重要です。そうか、軍事力の備えがあれば、ロシアの侵略を阻止できたのか。なるほど。

 

 袴田氏はロシア紙に載ったロシアの軍事専門家の「驚くほど率直な見解」を読んだといいます。「今日の世界においても、国際法でなく、軍事力こそ決定的な意味を持つ。軍事力の削減はウクライナのように、結果的に高くつく」と、書いているというのです。なぜ、わざわざそのような刺激的な主張をしたのだろうか、余計なことをいってくれるものだ、ですね。軍事力の行使宣言なのかもしれません。実際にそうなったのですから、不愉快に思ってばかりいられません。

 

 ウクライナとの連想でいうと、フィリピンもそうなのだ、となります。中国が尖閣ばかりでなく、南シナ海で傍若無人の振る舞いを続けています。注目されるのは、米国とフィリピンが新しい軍事協定に署名し、アジア復帰の方針を示しました。米軍はフィリピンをかつて軍事的拠点にしていました。冷戦終了後、米軍は駐留延期を拒否され、反米基地感情もあって、1992年までに撤収しました。「力の空白」をついたのが、海洋権益の拡大を狙う中国でした。新聞記事によると、「フィリピンは潜水艦も戦闘機も保有していない。中国に対抗手段をとれない」といいます。そこまで無防備になっているとは知りませんでした。鳩山元首相が1年で退陣してくれてよかったですね。「米軍基地を県外に、できれば海外に」と公約した単純、素朴な平和理念を思い起こします。

 

 南シナ海では、中国が石油掘削をはじめ、ベトナムが反撃にでています。今は、双方の船が放水銃で放水したり、船同士が体当たりしあったりしています。水鉄砲、海の騎馬戦の段階ですね。中国は挑発を続け、ベトナムに先に軍事力を行使させ、それを口実に軍事的反撃にでる機会をうかがっているのかもしれません。軍事的対立に突入すれば、ベトナム側に勝機はないでしょうね。

 

 ここでちょっと気になるメディアの表現に触れておきます。「中国は実効支配を強める構えだ。フィリピンのジョンソン南礁で土砂を搬入し、埋め立てをしている」とし、その写真が新聞に載っていました。ひどいことをしますね。これなどは「実効支配」ではなく、せめて「一方的占拠」と書くべきでしょう。やたらと「実効支配」という言葉を使うのは、いかかでしょうか。国際法上は、島などの領有権は「実効支配」している側に認めることになっています。古くから「実効支配」をしているならともかく、にわかに強力な軍事力をちらつかせて、「支配」を強行する行為は「暴力的支配」ですよね。メディアに再考してもらいたいですね。

 

 タイでは、インラック首相が失職しました。権力を乱用して、親族を警察庁長官に登用したことに、憲法裁判所が憲法違反の判決を下したためです。違憲判決でタクシン派の首相の首が飛んだのは3人目です。06年の軍事クーデターでタクシン政権が倒れ、妙な憲法が制定され、法の秩序、法の支配が吹っ飛び、政治的に悪用されるようになり、内政は大混乱に陥っています。タクシン一族も不正蓄財、選挙を有利にするために財政を犠牲にした農村懐柔策を繰り出すなど、ひどさは目にあまります。それにしても、軍の存在が奇妙な憲法の後ろ盾になっているのでしょうね。経済成長や民主主義の成熟という点で、東南アジアで期待されてきたタイがこんな状態ですから、中国は中国モデルに自信を深めているかもしれません。

 

 世界は新たな混乱に時代に入りました。なにかと「米国が世界秩序の安定のために、消極的だからこういうことになる」といった主張が目立ちます。そんな不満を口にしても始まりません。日本では、集団的自衛権の憲法解釈をめぐり、必要最低限の変更さえ、なかなか進まない情勢です。ウクライナやフィリピンが防衛力、自衛力の空白をつかれたことを教材にすべきでしょう。

 

 だからといって、欧米や日本が軍事力の増強の時代に逆戻りすることは、それぞれの国内世論が許さないし、そんなことをしたら経済が犠牲になるでしょう。それでも、紛争を仕掛けてくる相手国に躊躇させる抑止力としての軍事力は備えておかねばなりません。もうひとつは、即効性はなくとも、経済的な相互依存関係の輪を広げていき、軍事的な対立は、双方のためにならないという抑止力にすべきでしょうね。

 



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