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異次元緩和の出口を黙殺した黒田・前総裁の「私の履歴書」に失望

2023年11月30日 | 経済

 

日本経済の国際的地位の低下も無視

2023年12月1日

 黒田東彦・日銀前総裁が11月、日経新聞の人気コラム「私の履歴書」に登場し、驚かされました。「退任後、1年も経たないのに登場したのは異例すぎる」、「巨額の国債発行を日銀のファイナンス(大量購入)で助長したつけは大きい」、「円の通貨価値(ドル建て)が円安で下落し、日本経済の国際的な地位の低下を招いた」など、論点はたくさんありました。

 

 11月末に黒田氏(元財務官僚)の「私の履歴書」は終りました。私の感想は「失望」の一語に尽きます。ご自分の仕事ぶりを丹念に説明した「私の職歴書」という印象です。「都合の悪い問題には触れない。自分の誤りも認めない」という多くの官僚に共通するスタイルを守り切りました。

 

 1か月の連載の冒頭で、「誰かがデフレを止めなければならない。総裁指名を天命と思った」「総力を挙げた大幅な金融緩和で『デフレではない経済』は実現した。企業収益は倍増し、来年には2%の物価目標が持続的に達成されると期待している」と、書きました。

 

 終章の近いコラムでも「幸い経済成長は戻り、就業者も増加してデフレではない状況になった」と、念押ししています。まずまず合格点を取れたといいたいのでしょう。合格点でしょうか。

 

 歯止めがかからくなった国債発行、国内物価上昇の反面、円の対外価値(為替相場)が下落、身の回りの物品の値上がりが激しいのに2%の物価目標の安定的な達成に至っていないと言い張る。落第点が多すぎる。

 

 黒田氏は相当な自信家です。総裁に就任した13年3月、幹部を集めて「日本経済は15年も続くデフレに悩む。世界中でこんな国は1つもない。中央銀行の主な使命が物価の安定であるならば、98年の新日銀法の施行以来、日銀は使命を果たしてこなかったことになる」と、啖呵を切りました。

 

 これから共に働く人達を前にして、「あなた方は使命を果たしてこなかった」と、ぐさりと突き刺すような挨拶はなかなかできない。「ではあなたが総裁と務めた10年はどうだったのか」と、問いかけたくなる。あまりにも大きな負の遺産を残してしまったのです。

 

 黒田氏は、異次元緩和の出口(政策転換)について、在任中は一切ふれませんでした。「私の履歴書」で説明することを期待していました。一切なしでした。すでに長期金利の上限幅を拡大(1%超を許容)し、出口に向かっています。出口を出たらそこで終りではない。何年かかるか分からない長いトンネルです。出口のずっとずっと先に本当の出口がある。

 

 連載では、海外に多くの人脈を持つ国際派であることを強調しています。それなら黒田氏は、国際的視点に立って、自分の業績を評価していいはずです。それが欠落している。

 

「物価の安定」(デフレ脱却)のために、超低金利を10年以上も続ける一方で、「通貨価値の安定」が失われ、円安を招きました。「通貨価値の安定」には、国内的な価値(脱デフレ)と対外的な価値(為替相場)の両面からみる必要がある。国際派を自認したいのなら、なおさらです。その視点が全くありません。

 

 黒田氏が総裁に就任した13年の円の対ドル相場は95円(年間平均)、14年103円、15年123円と、円安が進み、退任した23年は132円です。150円台の瞬間もあった。「30年ぶりの円安」「実質実効為替レートは、これまでの最低だった70年8月を53年ぶりに下回った」と、騒がれた。

 

 拡張的財政政策に取り込まれた異次元緩和のアベノミクスが円安をもたらしたといっていい。その結果、世界で3位だったGDP(ドル建て)はドイツに抜かれ、インドにも近い将来、抜かれる。「海外の投資家にとって日本の国力の低下が明確になる」と言われます。

 

 経団連が日銀の金融政策に対する懸念の声をあげています。「円安は中小企業の苦境を招いている。円安は国際的な地位低下につながる」として、その是非を巡り、議論を始めるそうです。

 

 黒田氏自身は「私の履歴書」の中で「日本の物価も上がり始めた。エネルギー価格の高騰、内外金利差拡大による円安による」と認めています。「マネタリーベース(通貨供給量)を2倍、2年で消費者物価上昇率2%を達成する」という初期に示した金融政策ではなく、海外資源高、円安によっても物価上昇がもたらされた。黒田氏はどう考えているのか。

 

 つまり黒田日銀の想定とは全く違う展開で、物価が上がり始めた。貨幣数量説(マネタリズム)を念頭に置いていたらしい黒田緩和政策の敗北といっていい。連載の中で「2%達成の新たなハードルになったのが世界的な原油安だった。原油下落は消費者物価を押し下げる」といっています。原油下落は歓迎すべきことなのです。おかしなことを言うものだ。

 

 財務省内には、国内経済派(財政)と国際金融派の対立がしばしばあった。出口に向かう過程では、利払い費が急増していきます。すでに23年度の利払い費は8・4兆円、24年度は9・6兆円、さらに政府が想定している名目3%成長が可能だったら32年度は18・4兆円に達し、さらに増え続ける。国際金融派の黒田氏は、このことを気にかけていないようです。

 

 歳出を切るか、また国債発行による借金か。後者はもう限界です。少子高齢化対策費、社会保障費、安全保障の強化費、環境対策費など、増えるものばかりです。そこに「大震災が30年以内にくる確率は70%」が実際に起こったら、日本経済、社会は断末魔の苦しみに遭遇する。そこまでいかないと、日本の政治、行政、金融は目覚めないのかもしれない。

 

 黒田氏は最終回で「大きなショックに見舞われたら、内外の過去の例を学び、思い切った対策を素早く決断して実行する。リスクを恐れて優柔不断であることは、事態を悪化させる」と、書きました。

 

 財政膨張策の僕(しもべ)と化した異次元緩和の功罪に気づき、政策を検証し、3、4年程度で方向転換していれば、傷口はこれほど深くならずに済んだ。「素早く決断して実行する」は、黒田氏自身がくみ取るべき教訓であったように思います。

 

 

 


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