健全な批判勢力になれ
2014年5月6日
5月3日の憲法記念日の朝日新聞を見て、驚きました。朝日新聞の本質が見事に貫かれていると同時に、国際情勢が流動化し、日本の安全保障のあり方を考えなおさなければならない時代に、これが読者に読んでもらえる新聞なのだろうか、と思ったからです。
朝日新聞に期待するのは、健全な批判勢力になってほしいということです。毎日新聞は経営の悪化とともに紙面が粗雑になり、産経新聞は特定の保守層に受けることを最優先する紙面で売っています。読売新聞は与党よりというより、最近は安倍政権そのものとの距離が近すぎるのが気になります。朝日は生真面目に勉強し、政権や政策に対するいい批判論調をしばしば掲げます。それが安全保障、憲法など「国のかたち」の基本にかかわるテーマになるほど、国際情勢の認識、時代感覚がすっかり失われ、時計の針が半世紀も前に戻った印象を受けるのです。朝日新聞よ、時代錯誤から目覚め、しっかりしてくださいよ。
連休中、東京を離れて地方に滞在していました。憲法記念日に新聞を買いに行くと、朝日が1面トップの6段見出しの「改憲に執念 首相の源流 憲法を考える」というのが、目につき買い求めました。各ページをめくっていくと、2面は「首相が突き進む理由」、3面は憲法、政治学者の対談で「解釈改憲 法の支配の危機」といった具合に、ほぼ全ページを安倍批判にあてたページざっと数えて7ページ、憲法関係の雑報を組み込んだのが3ページでした。滞在中の山梨県版も紙面の6割が、戦争と原発問題を絡ませた記事で、元牧師のひとは「平和を守り続けることが戦争体験者の責務だ」と語り、今にも日本が戦争に突入していくかのような印象を与えようとしています。
新聞の中央は見開き2ページ、「戦争のできる国への準備がすすんでいます」で始まる意見広告です。「集団的自衛権は戦争の口実です」とも述べ、賛同者は8,327人が賛同者とありますから、平均1000-2000円程度の寄金をしたのでしょう。「軍拡より原発被災者の生存権保障を」と、やはり戦争に原発問題を結びつけ、国民の恐怖心を高めようとしているようです。意見広告はもう1ページあり、国会が違憲状態にあり、その下で選出された議員は「国政の無資格者」というどぎつい見出しが躍っています。朝日新聞広告局も、やってくれますねえ。この日は40ページの構成でしたから、通常の広告を除いた編集ページは改憲、集団的自衛権、戦争、原発ばかりです。
まるで戦争前夜を思わせるこの日の社説はどうでしょう。安倍政権は憲法解釈を変えることで、集団的自衛権を使えるようにするとしており、「その結果どうなるか。憲法の平和主義は形としては残っても、その魂が奪われる」と、主張します。日本単独では日本の平和を守るのに限界があり、自衛権の行使を限定し、厳しい条件をつけた上で、東アジアなどで紛争がおきた場合、米国などの同盟国の軍事行動を防護、支援できるように安倍政権はしようとしています。目的はあくまで日本の平和を守ることでしょう。それを「平和主義の要を壊すな」(見出し)とはね。社説の締めくくりは「憲法を国民から取り上げることだ」です。よくいいますね。
どうしてもというなら、衆参両院の3分の2以上の賛成をまずとれと、朝日はいいます。毎日新聞も「集団的自衛権、改憲せずに行使できぬ」と、似たようなことを主張しています。解釈改憲でなく、憲法改憲をやってみよと、ハードルをあげているのです。両紙とも集団的自衛権の行使には、反対しながら、「憲法を改正できるならそれを認める」と、いうのですか。どうせ主張するなら、集団的自衛権の行使にも、憲法改正にも反対だ、というべきでしょう。
朝日に戻りますと、改憲派の桜井よしこ氏の談話を載せ、「現行憲法は憲法を知らないGHQの素人集団が短期間でつくったもので、専門家によるチェックもなかった」との意見を紹介しています。幼稚で極端な意見と知りながら載せて、改憲派の底の浅さを印象づけるのが目的でしょう。朝日出身の石川真澄氏の「戦後政治史」(岩波新書)には、「米側の戦後憲法の準備研究は、日本の戦前の憲法論の調査にまで及ぶ周到なものだった」という記述があります。問題は憲法制定時の状況を掘り起こして、「そのときからの平和主義を守れ」とか、逆に「米国による押し付けだから改正する」ではなく、あの当時、想定していなかった国際情勢が生まれた今の状況の中で、日本をどう守っていくか、憲法との関係をどう考えるかにあります。
北岡伸一氏は「安全保障の問題では、何かをすることのリスクばかりが語られ、しないことのリスクは語られない。一方だけを取り上げ、・・・する恐れがある、という言い方は避けるべきだ」と指摘しています。米国の力も相対的に低下し、同盟国の協力強化が求められ、それがなければ、米国内の世論の支持も得られません。日本自身には、単独で自国を防衛する力はありません。一方で中国は強大な軍事国家をめざし、北朝鮮はなにをしでかすか分らない軍事国家です。この世界に日本しか存在しないなら、朝日の愛する「一国平和主義」もいいでしょう。
オピニオン欄に作家の小林信彦氏が「ずっと戦争の中にいた 少年がみた敗戦と戦後」という長文の主張をしています。「戦後、もっとも暗いゴールデン・ウイークだと感じている」といいます。「安倍首相は列強国になりたいとあせっている。特定秘密保護法を作り、他国の軍隊と協力して、海外でも戦争できるようにする。原発関連ででるプルトニウム保有で、核武装に備える」などなど。この作家の想像力はどんどんと膨らみ、安倍首相は驚いているでしょうし、作家は安全保障のことを語るのに向いていないと、わたしなどは思ってしまいます。朝日が罪つくりなのは、政治漫画です。「やく みつる」さんが、安倍首相をソバ屋の出前に仕立て上げ、「集団的自衛軒です。お待ちどおー」といって、出前箱から戦闘機、戦車、兵隊が飛びだし、海外のどこかを襲撃している様子を描いています。
集団的自衛権を相手国に戦争を仕掛けさせない抑止力とする、軍事紛争が発生したら同盟国が協力して撃退する、というのが今回の議論の本質でしょう。それを、日本がいよいよ海外で戦争をはじめる準備に入ったいうと、信じてしまうひともいるかもしれません。メディアの責任は重いのです。主要国では、どこでも真剣にやっている安全保障の議論が、日本では「戦争準備」にすり変わるのですね。
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