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波紋よぶ健診の新基準値

2014年04月30日 | 社会

  びっくりする大幅緩和の謎

                  2014年4月30日

 

 「勝手に自分で判断して、薬を飲むのをやめたりしないでくださいよ」。毎月、通っている地元の循環器内科の医師の忠告です。血圧、コレステロール、中性脂肪など、健康診断の判断基準に使われる数値が大幅に緩和されそうですね。そのことを書いた新聞記事を切り抜いて持っていき、「わたしはこの薬をもう飲まなくていいのですね」と、質問した時のことです。「待ってました」といわんばかりに、分厚い学会の資料をぱらっとめくり、「あなたはこの記事に該当する人ではありませんから」というのです。

 

 わたしくらいの年齢の人たちの集まりでは、日本人間ドック学会と健康保険組合連合会が4月上旬に発表した新しい緩和基準案がよく話題になります。「緩和といっても、大幅だね。最高血圧はこれまでの上限が129だったのが147まで許容される。最低血圧は84が94まで許容される。中性脂肪は上限149が198(男性)までなら問題なし。LDLコレステロールは上限119が178(男性)までオーケーなどなど」、「なんだね、これは」、「これまで相当、いい加減だったのではないのか」。確かに数値の多少の是正ならともかく、びっくりするほど大幅な変更です。

 

 「これまでの基準をまともに信じて、薬を飲み続けていたのがアホらしかった」、「新基準では、健康な人が一気に増える。慢性の高血圧患者はぐっと減ることになる。妙な話だ」。薬の過剰投与、薬づけが社会的問題になっているだけに、みんなの怒りは収まりません。「健康管理の強化に名をかりて、製薬会社が薬をわれわれに売りつけ、製薬会社は儲けの一部を研究費などの名目で大学の医学部に寄付する」。「そうだ、そうだ。自分の健康が気になって、医師のところに行くから、病院や医院ももうかる。健康な人まで患者扱いにしようとする陰謀ではないのか」。このような会話が延々と続きます。

 

 この話の第一報としては、ごく簡単な記事しか載せなかった新聞が多かったと思います。反響があまりにも大きいのに驚いて、比較的、詳しい解説記事を最近は見かけます。驚いたのは、新基準を発表した人間ドック学会と健保連かもしれません。かれらは正しいことをしたと思います。反響が大きかったばかりか、恐らく顔にドロを塗られた専門学会(分野ごとに専門学会が正常値を設定)、売り上げが落ちるかもしれない医薬品メーカーの抗議も受け、「どうしようか」と考えたに違いありません。連名で、これまた妙なコメントをその後、発表しているからです。

 

 「今回の基準は、中間報告として、厚労省に提出しました。健診の現場で使える判定基準をこれから作成します。今後、さらにデータを追跡調査し、結論を出していきます。今すぐ専門学会の判定基準を変更するものではありません」。なんだこれは、言い訳がましい、と思う人は多いでしょうね。こっぴどく批判された挙句のコメントとしか考えられません。

 

 わたしは医院の処方箋を持って、調剤薬局に寄りました。そこでもわたしは新聞記事を示し、「この薬はもういらないのではないの」と質問しました。「お医者さんはなんといっていましたか」、「わたしが聞いているのは、薬剤師として、この問題をどう思うかですよ」、「分りません」、「分らないとおっしゃるけれど、あなたがたは、調剤技術料とか薬学管理料を請求しているでしょう。これは患者に対する相談料でしょう」、むっとして「・・・・・」、という具合でした。

 

 今回の健診基準は「健康な人」の検査値の上限,下限です。腎臓とか心臓とかに疾患、持病、慢性病がある人の許容数値はかなり変わるそうです。全国共通の基準はなく、施設、病院によっても数値のズレがあるようですね。人間ドック学会の基準とは別に、扱う体内の部門ごとに専門学会も数値を発表していると、聞きました。ですから、今回の改定値が唯一絶対に正しいということではないのでしょう。しかも健康な人を対象にした判定値ですから、わたしのように慢性の疾患、要注意の持病がある人に対しては、医師が判断して、投薬の種類、量を決めるのです。なるほど、そうかそうか。

 

 「そうか。分った」とはいきません。改定値はあまりにも大きな変更で、微調整どころではなく、なんらかの背景があるに違いありません。医療行政、財政上の意図が働いていると、わたしは推測します。わたしの想像でいくつか列挙しましょう。

 

・日本の医療費は膨張を続け、年間40兆円にも達し、年金とともに社会保障費は毎年1兆円増え、このままでは財政が破綻する。年金とともに、医療費の抑制が急務である。

 

・医薬品の過剰投与は医療費膨張の原因のひとつである。厳しい健診基準に従って、薬品が処方され、製薬メーカーは儲かる。医療用医薬品は年間、8兆円、うち降圧剤は9000億円、コレステロール抑制剤は3000億円に達する。メーカーは大学医学部などに、臨床研究の名目で寄付金をだす。メーカーに有利な研究結果をだすこともある。

 

・大学全体に研究費が不足しており、医薬品メーカーのほとんどが医学部に寄付をしている。製薬会社と大学の癒着が生まれ、臨床データの捏造など不正研究が少なくない。最近でも、事件ネタになる不正研究の事例が次々と発覚しており、放置できなくなった。

 

・高齢者ほど医療費を使うので、医療保険制度がいずれ立ち行かなくなる。高齢者医療制度向けに補助が必要になり、現役が加入している健保組合による補填が急増している。保険料率があがる一方で、現役世代の不満が高まっている。薬剤の使用を減らそうではないか。

 

 などなどです。誤解のないようにいっておきますと、健診基準が全面的にまったくおかしいというのではありません。個人が勝手に解釈して、薬を飲むことをやめようというのでもありません。医師によく相談して、それぞれの症状に応じて、薬の種類、量を決める必要があります。ただし、そのような正論だけではすまされない問題が潜んでいるということを強調したかったのです。

 

 

 

 



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