新聞記者OBが書くニュース物語 中村仁のブログ

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ゴーン被告の独演会見は無実を示す新事実なし

2020年01月09日 | 社会

 

意気軒高ぶりには目を見張る

2020年1月9日  

 ゴーン被告が役者であることは間違いありません。レバノン・ベイルートの会見場には、被告の裁判や逃亡劇が国際的な注目を集め、12か国、60社、100人もの取材陣が押し掛けました。英語、仏語、アラビア語を操り、身振り手振りも交えた独演会となり、「無実だ」と訴えました。実際には、それを証明する新事実は持ち出さず、記者団は拍子抜けしたことでしょう。


 独演会は、自分の無実と日本の司法批判を中心に、言いたい放題でした。特に前半の1時間は冗長でした。要点をよく整理し、日本の司法の弱点を突いてくるのかと思っていましたら、何度も聞かされたことの繰り返しでした。


 最も期待していたのが、事前に示唆していた「クーデターによる追放の陰謀」でした。日本政府も荷担したとかいっていました。新事実がでてきたら国際問題に発展します。と思っていましたら「西川前社長、豊田正和社外取締役(経産相出身)ら5人」の名前をあげただけでした。「関与した政府関係者」とは誰ことなのかも触れませんでした。


  クーデター説は逮捕当時からすでに流布されていましたから、「誰がどのような段取りで、いつ密謀し、政府側はどうかかわったか」を明らかにしないと、真実味がありません。クーデターだったとしたら、「ルーノーと日産の経営統合の阻止」「ゴーン被告の会社法違反(背任)、独裁による日産の私物化の断罪」「その両方」の、どれが目的だったかです。何も言及しませんでした。


多くの論点があるゴーン事件


 この事件には多くの論点、視点が存在します。そのどれを取り出し、報道、発言、論評、解説するのかによって、事件の評価が変わってきます。それが整理されないまま、多くの論者が思い思い発言の発言を続けているのがゴーン事件です。


 まず「日産の再建に多大な功績があった前半の10年、絶対的な権限を持った独裁的かつ強欲的な経営の公判の10年。そのどちらに重点を置くか」です。前半に多大な功績があったからといって、会社法違反などを免責にしていいということにはならない。「恩を仇で返すのか」の指摘は浪花節的です。


 次に「起訴対象であるゴーン被告の会社法違反、役員報酬の虚偽申告がクロなのか、シロなのか」が事件の核心部分です。「オマーン、サウジへの送金は、現地関係者の証言がとれていないのでは」「長期拘束という強引な捜査方法にも問題がある」ことを重視すると、「かなり無理な起訴」との指摘が絶えません。それこそ裁判を通じて明らかにされて欲しかった。


日本の司法に問題があれば無罪なのか


 「日本の司法制度に問題がある」ことをメディアも一様に批判し、改善すべきだとしています。では「司法制度に問題があったからゴーン被告は無罪」なのか、「司法制度に問題があったとしても、有罪は有罪」なのか。争ってほしい論点でした。


 ゴーン被告は「自分は無罪」と叫んでいます。では、被告は米証券取引委員会(SEC)に100万㌦の制裁金(役員報酬の虚偽記載)を支払うと、合意しています。つまり「クロ」を認めているとの解釈もできます。また、仏政府はオランダ法人での不正資金支出でゴーン被告を取り調べることにしています。被告の違法性を問題視しているのは、日本だけではない。これをどう考えるかです。


 日産の経営状態は悪化しています。「ゴーン会長の後半、無理に経営目標を達成しようとして、特に米国市場で安売りを続け、それが今も尾を引いている」「目先のことばかりにこだわり始め、新車開発も遅れをとってしまっている」との指摘があります。


 会長の自由になる「CEOリザーブ」という資金は適正に使われたのか。欲の深い独裁的経営者が私物化したのではないか。「会社の予算に計上してある」「担当役員の決裁印がある」とか、ゴーン被告は説明していましたか。どうなのでしょうか。絶対的権力者の意に背けない、忖度せざるえない。どこの世界でも同じだと思います。日産の担当者だけを責めるのは酷です。


 最後にどうしても触れたいのは、「無罪請負人」の異名を持つ弘中淳一郎弁護士です。「絶対に逃亡できないような保釈条件をつけたから、ぜひ保釈を」とのことでした。実際には逃亡の道を開くことになりました。どう釈明し、謝罪するのか。


 

 




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