ここ数日曇ってばかりいましたが、今日はようやく薄日がさす天候となりました。その分気温も20℃を超え、半袖でも十分にいられるような陽気でした。
ところで、今日4月7日はバッハの《ヨハネ受難曲》が初演された日です。《ヨハネ受難曲》は《マタイ受難曲》とともに
バッハの宗教作品の中でも抜きん出て重要な作品のひとつです。
《ヨハネ受難曲》BWV245は、新約聖書「ヨハネによる福音書」の18-19章のイエスの受難を題材にした受難曲のことで、バッハだけでなく多くの音楽家が作曲してきました。しかし、その中で圧倒的に有名な作品はバッハのものなので、単に《ヨハネ受難曲》と検索するとバッハのこの作品が筆頭に出てきます。
バッハの《ヨハネ受難曲》の初演は、バッハがライプツィヒのトーマス・カントルに着任して初めて迎える聖金曜日である1724年4月7日のことでした。その後、少なくとも1725年、1732年頃、1749年の3回、ヨハネを改訂しつつ再演していて、1739年に実施されなかった再演に備えた改訂稿も存在します。
現在の演奏は、もっぱら1749年稿で行われています。初演翌年の1725年稿が大改訂稿なのですが、1732年稿ではほぼ初稿に近い状態にリセットされていて、1739年稿はさらに初稿に近づき、1749年稿は大部分が初稿の丸写しというふうに、時代が新しくなるにつれて何故か原点回帰していくという不思議な改訂の経緯をたどっています。
《ヨハネ受難曲》の解説については他所のサイトに山のように存在しているので、今回はその中からテノールのアリア『熟慮せよ』をご紹介しようと思います。
このアリアは《ヨハネ受難曲》の第2部、イエスが鞭打たれる場面に登場するものです。むごたらしく痛々しいこの場面にあって、最初にバス、次にテノールがこの受難に隠された真実を告げ知らせようと歌います。
19. [バス・アリオーゾ]
Betrachte, meine Seel,
とくと見よ、わが魂よ、
mit ängstlichem Vergnügen,
不安気な満足と
Mit bittrer Lust und halb beklemmten Herzen
苦き悦楽、そして半ば締め付けられた心とともに
Dein höchstes Gut in Jesu Schmerzen,
お前の最良の宝はイエスの苦痛の中に
Wie dir auf Dornen, so ihn stechen, 彼を刺す茨の上にお前のための
Die Himmelsschlüsselblumen blühn! 天の鍵の花(桜草、プリムラ)が咲いている。
Du kannst viel süße Frucht
お前は数多の甘い果実を
von seiner Wermut brechen,
彼の苦よもぎから摘み取ることが出来るのだ。
Drum sieh ohn Unterlaß auf ihn!
それだから絶え間なく彼に目を向けておれ!
20. [テノール・アリア]
Erwäge, wie sein blutgefärbter Rücken
熟慮せよ、彼の血染めの背の
In allen Stücken
あらゆる部分に
Dem Himmel gleiche geht,
いかに天の姿が映っているのかを、
Daran, nachdem die Wasserwogen
そこに大波、
Von unsrer Sündflut sich verzogen, 即ち我らの罪の洪水より生じたものが去った後、
Der allerschönste Regenbogen
何ものよりも美しい虹が
Als Gottes Gnadenzeichen steht!
神の恵みのしるしとして現われることを!
そして、このアリオーゾとアリアで登場するのが
2挺のヴィオラ・ダモーレです。《ヨハネ受難曲》にはヴィオラ・ダ・ガンバやオーボエ・ダモーレ、オーボエ・ダ・カッチャといった特殊な楽器が登場しますが、その中にこのヴィオラ・ダモーレもあります。
2挺のヴィオラ・ダモーレによる美しい旋律が、鞭打たれて痛めつけられたイエスの皮膚をそっと愛撫するかのように流れていきます。それでも、強拍(拍の頭の音)を避ける音型が多用されていて、やり切れない理不尽な思いを隠しきれていません。
この楽器を2挺揃えるのが大変なのと、バッハ自身が後に改訂していることから、現在では弱音器をつけたヴァイオリンで演奏されることも少なくありません。しかし、この美しくも切々としたメロディは、やはりヴィオラ・ダモーレの音色が適しています。
そんなわけで、今日はバッハの《ヨハネ受難曲》からテノールのアリア『熟慮せよ』をお聴きいただきたいと思います。クリーヴランド・バロック・オーケストラの演奏で、鞭打たれたイエスを慰めるようなヴィオラ・ダモーレとテノールのアンサンブルをご堪能ください。