共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

荒天に荒れた支援級

2024年06月28日 17時50分25秒 | 日記
今日は朝から雨の降り続く、いかにも梅雨らしい天候となりました。職場の小学校に向かう道すがらのお宅の玄関先に置かれた



甕の中の睡蓮も、雨に打たれて揺れていました。

今日は天候も荒れましたが、支援級も荒れました。以前にも書いた被害妄想の激しい女子は一人で勝手に盛り上がって勝手に号泣して暴れるし、豆腐メンタルの男子は午前中グッタリして一切授業ができませんでした。

その度に支援級の担任や支援員が振り回されてしまっていたのですが、私は極力授業に参加させるように仕向けていました。こんなことで『ゴネたら勉強しなくていい』などと、要らぬセオリーを構築されてはたまりません。

ふと気づけば、次に小学校に出勤する時には七月を迎えています。その先には夏休みが待ち構えているわけですが、何だか気ばかり焦ってくるのは気のせいでしょうか…。

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『木鼠』ど〜れだ?

2024年06月27日 17時58分25秒 | 音楽
今日は、勤務先とは別の小学校の放課後子ども教室がありました。そこで今回も《ゆりかごの歌》を歌ったのですが、その前に今回も子どもたちにクイズを出しました。

問:次の写真のうち、《ゆりかごの歌》の3番の歌詞に出てくる木鼠『じゃない』ものはどれでしょう?









さて、どれでしょうか…。

正解は…


























②でした。因みに木鼠とはリスのことで、


①はシマリス



③はエゾリス、②は



ニホンモモンガでした。

さすがに①と答えた子はいませんでしたが、②と③とで大きく分かれました。あえてリスと見分けにくい写真を選んだことで多少文句も言われました(笑)が、最後には全員で《ゆりかごの歌》を歌って終わりました。

帰り道に吹く風は、どことなく涼しげでした。明日は一日天気が悪いようですが、支援級の子どもたちの機嫌はどうなっているでしょうか。

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元々はピアノ曲のドヴォルザーク《ユーモレスク》

2024年06月26日 18時45分00秒 | 音楽
今日も小田原は蒸し暑くなりました。こういう日にプール授業のなかった支援級の子たちの中には始終ブーたれている子もいましたが、私は

「昨日入ったでしょ。」

と、にべもなく返していました。

今日は、いつも音楽教室の前に立ち寄る《雫ノ香珈琲》が連休のため開いていませんでした。なので、拙ブログ的にはネタに困るのですが、折角なので今大人の生徒さんが取り組んでいる《ユーモレスク》のことを書いてみようと思います。

言うまでもなく、《ユーモレスク》は



『ドヴォルザークのユーモレスク』として有名で、ヴァイオリンをはじめとして様々な楽器のバージョンが広く親しまれている作品です。しかし、本来はピアノのために書かれた8曲からなる『8つのユーモレスク作品101』の中の第7曲にあたります。

1894年、ドヴォルザークは家族と共にボヘミアで夏休みを過ごしますが、この時にこれまでに書き溜めたスケッチを元にピアノのための小品集として作曲に着手したのが、この『8つのユーモレスク』でした。曲集は8月には完成、出版されましたが、特に有名なこの第7曲は



高名なヴァイオリニストで作曲家のフリッツ・クライスラー(1875〜1962)によってヴァイオリンとピアノのバージョンに編曲され、一気に広まっていきました。

この曲、ドヴォルザークのピアノ原曲だと


変ト長調=♭6つという、なかなかエグい見た目の楽譜です。しかし、実際に弾いていると、ほぼほぼ黒鍵盤で演奏できるのです(『猫踏んじゃった』の要領…といえば分かっていただけるでしょうか)。

恐らく、初めてこの曲を聴いた人もすぐに口ずさんでいたのではないかと思います。そうした魅力が、このシンプルな小品には凝縮されています。

名曲というものは、例えばヴェルディのオペラ《リゴレット》が初演された時に、マントヴァ公が歌う《女心の歌》を男性客たちが歌いながら帰ったという逸話があるように、たちまち人の心の中にスッと入り込んでくるような不思議な力を持っているものです。そうした作品を生み出すことのできた作曲家たちが、今日でも一流といわれている人物たちです。

聴き馴染んだ音楽なだけに、生徒さんも喜んで取り組んでくれています。勿論教則本の曲も大切ですが、たまにはこうした小品に取り組むのもいいものです。

そんなわけで、今日はクライスラーが編曲した《ユーモレスク》をクライスラー自身が弾いている1938年の録音でお聴きいただきたいと思います。クライスラーの手でグッと大人っぽくなった、ドヴォルザークの愛らしい作品をお楽しみください。


因みに、ピアノ原曲の動画も載せておきます。チェコのピアニスト、イヴォ・カハーネクの演奏で、クライスラー編との印象の違いを是非お楽しみください。


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殴るんじゃないんだから…

2024年06月25日 17時20分45秒 | 音楽
今日も暑くなりました。

今日は支援級のプール授業があったのですが、私は水着を忘れたり、お家の人からプールに入るための健康観察がメールで送られてこなくてプールに入れない子たちの自習支援を室内でしていました。正直言って涼しい室内でできるこちらの方が、個人的にはありがたかったです(笑)。

その後で中学年の音楽の授業があり、そこで打楽器アンサンブルの時間がありました。クラベスやマラカスといったラテン系の楽器を使うのですが、その中に



ギロもありました。

このギロには持ち方があるのですが、子どもたちに持たせると



下の細くなっている部分を縦に握ってバットのように持ったり、胴に空いている穴に指を突っ込んで持ったりしてしまう子が殆どでした。そして、実は音楽担当の先生もあまりよくご存知ではなかったようで、ほぼ放ったらかし状態でした。

中学校吹奏楽部でパーカッションをしていた私としてはものすごく気になったので、端から持ち方を指南して周りました。ギロの持ち方は



穴の空いた方を下にして、胴を下からワシッと持って演奏します。

こうした持ち方の間違いで、一番多いのがタンバリンです。よく



枠に空いている穴に指を突っ込んで持つ人がいますが、これはヘンなぶつけ方をすると最悪親指を骨折してしまう危険な持ち方です。

この穴が何のためにあるかというと、



こうしたタンバリンスタンドに楽器を固定するためのものです。なので、手に持ってタンバリンを叩く時には、枠を持って叩きます。

こうしたことを教えるのも音楽教育には大切なことだと思うのですが、どうも学校の音楽の授業ではそうした点が蔑ろにされがちです。仮にも子どもたちにものを教えるのであれば、そうした点にも関心を以てもらいたいものです。

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いつの間にやら激戦区…

2024年06月24日 19時55分00秒 | グルメ
暑い…。

今日はまた、一段と暑くなりました。関東各地で今年の最高気温を記録し、厚木でも33℃に達しました。

そんな中、今日は銀行に行かなければならない用事があったので、本厚木駅前まで出かけました。そして、ついでにランチを済ませてしまうことにし、最近になって新しくできた《礎(いしづえ)》というラーメン店に入りました。

こちらでいただけるのが



『冷やし中華そば』です。これは冷たいスープの淡麗系中華そばで、酢の効いた冷やし中華とは全く違うものです。

透き通ったスープに滑らかな細麺が入っていて、チャーシューや鶏チャーシュー、長いメンマ、水菜や紫タマネギの微塵切りがトッピングされています。スープをより冷たく楽しむための出汁氷が入っていて、最後まで冷たさを損なわずに堪能することができます。

最近、厚木の街のあちこちにラーメン店が続々とオープンしています。今日入った《礎》の周りには



二郎系ラーメンの《ぶっ豚》や横浜家系ラーメンの《壱七家》、《礎》の2階には本格中華料理の《刀削麺酒楼》が固まっていて、更に道路を挟んだ真向かいには博多豚骨ラーメンの《だるまの目》もあるのです。

その他にも厚木一番街や駅の南口にも多くのラーメン店が並ぶようになってきて、厚木市は今やすっかりラーメン激戦区の様相を呈しています。この傾向、一体いつまで続くのでしょうか…。

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今日は『禿山の一夜』〜クラウス・テンシュテット指揮による原典版

2024年06月23日 16時40分45秒 | 音楽
今日は朝から雨が降ったり止んだりする、ハッキリしない天候となりました。夏至前後らしい明るさを享受できたのは昨日だけで、なんともどんよりした日が多くなっています。

ところで、今日6月23日は『禿山の一夜』です。『禿山の一夜』とは

「聖ヨハネ祭の前夜に不思議な出来事が起こる」

というヨーロッパの言い伝えの一種で、これを基にして



ロシア五人組の一人で、ロシア史上屈指の天才作曲家モデスト・ムソルグスキー(1839〜1881)が作曲したのが交響詩《禿山の一夜》です。

交響詩《禿山の一夜》は

「聖ヨハネ祭前夜に禿山に地霊チェルノボーグが現れ、手下の魔物や幽霊、精霊達と大騒ぎするが、夜明けとともに消え去っていく」

というロシアの民話を元に作られています。聖ヨハネの前夜祭は夏至祭の前夜であることから、題材としてはシェイクスピアの『夏の夜の夢』と同様であるということもできます。

ムソルグスキーが最初にこの曲を構想したのは、まだ19歳の頃でした。1858年に、この伝説を扱ったニコライ・ゴーゴリ(1809〜1852)の短篇小説『イワン・クパーラの前夜』(イワン・クパーラは聖ヨハネ祭を意味する)を3幕のオペラにする案が、ムソルグスキーや、同じくロシア五人組の一人ミリイ・バラキレフ(1837〜1910)らの間で話し合われました。

結局このオペラ化の話は実現しませんでしたが、この構想が巡り巡って交響詩《禿山における聖ヨハネ祭前夜》として完成したのは1867年6月23日、まさにイヴァン・クパーラの夜のことでした。

「魔女たちがぺちゃくちゃしゃべっているところに魔王が現れると、魔女たちが魔王を讃え、大騒ぎが続く(最後まで夜は明けない!)」

というこの曲はあまりにも独創的過ぎたのか、尊敬する先輩作曲家バラキレフにきつくダメ出しされてしまい、結局お蔵入りになってしまいました。

しかしムソルグスキーはあきらめず、5人の作曲家が分担して作曲する予定だったオペラ=バレエ《ムラダ》(1872)の中に合唱を加えた《禿山の一夜》をはめ込もうとしたり、歌劇《ソローチンツィの定期市》(1880)の中で、主人公が見る夢の情景として使おうとしたりしました。しかしこれらはいずれも未完に終わり、結局《禿山の一夜》が作曲者の生前に日の目を見ることはありませんでした。

この曲が世に知られるようになったのはムソルグスキーの死後の1886年、



友人でロシア五人組の一人でもある作曲家リムスキー=コルサコフ(1844〜1908)が《ソローチンツィの定期市》の中にあった合唱付きバージョンを編曲して、交響詩として編曲したことでした。初版と違って最後に夜が明ける分かりやすいストーリーだったこと(これはムソルグスキー自身の変更)と、リムスキー=コルサコフの調和の取れたオーケストレーションも巧みだったことで、交響詩《禿山の一夜》は世界中で広く親しまれるようになりました。

以降、長らくリムスキー=コルサコフが編曲した版だけが普及していて、私が演奏したことがあるのもこのバージョンでした。しかし20世紀に入ってムソルグスキー自身の手による原典版が再発見されると、こちらもムソルグスキーの典型的作風を示すものとして広く知られるようになっていきました。

1933年に再発見された原典版の楽譜は、1968年に出版されました。クラウディオ・アバド(1933〜2014)指揮、ベルリン・フィルハーモニーによる1993年の録音で聴くことができますが、今回は20世紀の名指揮者クラウス・テンシュテット(1926〜1998)指揮、ベルリン・フィルハーモニー演奏による、1984年のライブ録音でお聴きいただきたいと思います。

洗練されたリムスキー=コルサコフ版に慣れた耳にはあまりにも強烈かも知れませんが、この粗野さがムソルグスキー自身が望んだ《禿山の一夜》です。晩年のテンシュテットによる、鬼気迫るライブ演奏でお楽しみください。


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気怠い暑さにヴィラ=ロボス〜ベルリン・フィル・ピクニックコンサートによる《ブラジル風バッハ第5番》

2024年06月22日 17時17分35秒 | 音楽
今日は、日中また暑くなりました。本当に、この晴天を昨日見せてもらいたかったと思わずにいられません…。

それにしても、こう暑いとなんにもやる気になりません。普段、すぐにやる気を失くす支援級の子どもたちを叱り飛ばしておいてナンですが、私だって仕事でなければグダグダしていたいのです…。

そんな暑さのお供に最適な音楽が、ヴィラ=ロボスの《ブラジル風バッハ》です。《ブラジル風バッハ》(Bachianas Brasileiras)は、



ブラジルの作曲家エイトル・ヴィラ=ロボス(1887〜1959)の代表作です。楽器編成や演奏形態の異なる9つの楽曲を集成した曲集ないしは組曲で、個々の作品の成立年代も1930年から1945年までと様々です。

《ブラジル風バッハ》という日本語訳は、

「ブラジルの民俗音楽とバッハの作曲様式の融合」

というヴィラ=ロボスの意図をうまく捉えてはいますが、原題の「バッハ風・ブラジル風の音楽」という本来の意味を必ずしも反映してはいないため、現在では訳さずに《バシアーナス(あるいはバキアーナスまたはバッキャーナス)・ブラジレイラス》とも呼ばれています。

ヴィラ=ロボスはパリに遊学した際に新古典主義音楽の洗礼を受けており、その影響もあってか「トッカータ」「フーガ」といった題名の擬似バロック的な楽章が含まれる反面、「エンボラーダ」「カイピラの小さな汽車」のように民族的な題名をもつものも見受けられます。内容としては、8台のチェロのための第1番のように題名に比較的忠実なもの、小オーケストラのための第2番のようにジャズの影響が顕著なもの、ピアノの管弦楽のための第3番のように新古典主義の理想により忠実なもの、チェロアンサンブルとソプラノのための第5番のように国民楽派の傾向が鮮明なものなど、様々に分かれています。

それでも、民族的なリズムや旋法による旋律を多声的に処理するという姿勢においては第1番から第9番まで首尾一貫しています。それゆえに『現代版(またはブラジル版)のブランデンブルク協奏曲』と呼ばれることもある作品群です。

そんな中から、今回は最高傑作との呼び声高い《ブラジル風バッハ第5番》をご紹介しようと思います。






《ブラジル風バッハ第5番》は、1931年から1945年にかけて作曲されました。ソプラノと8台のチェロのためという独特な組み合わせが絶妙な効果を発揮し、ヴィラ=ロボスの作品の中では演奏される機会が最も多いものです。

全体はカンティレーナ(アリア)とダンサ(マルテロ/槌のひびき)の2つの楽章から成っていますが、この2曲は作詞者も作曲時期も違うもので、後でつなげられたものです。ヴォカリーズと短い歌詞のついた叙情に満ちた美しいカンティレーナと、一転して速いテンポの躍動感溢れるダンサの2つの曲趣の違いは歌い手に高度なテクニックと幅広い音楽性を要求していますが、ソプラノ歌手に言わせると、

「これほど魅了される曲は他にそう多くはない」

ともいいます。

歌詞の内容は


カンティレーナ(アリア)

(ヴォカリーズの後に)

夕暮れ 美しく夢見る空に
薔薇色の雲がゆったりと浮かぶ
柔らかい月が夕暮れを飾り
うっとりと化粧をする
優しい乙女のように
美しくなりたいと願い
空と大地に自然が叫ぶ!

その悲しい訴えに鳥たちは静寂を作り
海はすべての富をさらけ出す
甘美な月の光は胸に迫り
郷愁を掻き立てる
薔薇色の雲がゆったりと浮かぶ

(ハミングによるヴォカリーズ)


マルテロ(ダンス)

イレレ、カリリの山里の小鳥よ
私の恋人マリアはどこに?
ああ、愛を歌ったギターはもうない
イレレ、お前の笛が悲しみを運んでくる

お前の歌がそよ風のように
森の奥から聞こえてくる
イレレ、お前の歌を放て
もっと歌え
カリリの里を連れてきて

歌えカンバシラ
歌えジュリチ
歌えイレレ
歌え痛みを

マリアよ目を覚ましておくれ
夜は開けたんだ
森の小鳥たちよ一斉に歌うのだ!
ベンチヴィよ、サビアよ!

ラリアリアリア〜
森の歌い手サビア
森の哀しいサビア
お前の歌がそよ風のように
森の奥から聞こえてくる

イレレ、カリリの山里の小鳥よ
私の恋人マリアはどこに?
愛を歌っていたギターはもうない
ああ、愛を歌ったギターはもうない
イレレ、お前の笛が悲しみを運んでくる

お前の歌がそよ風のように
森の奥から聞こえてくる
イレレ、お前の歌を放て
もっと歌え
カリリの里を連れてきて

ああ!!


というものです。因みに、カリリとはブラジル北東部にある地方の名前で、イレレ・カンバシラ・ジュリリ・ベンチヴィ・サビアはブラジルに棲む鳥の名前です。

そんなわけで、今日はヴィラ=ロボス作曲の《ブラジル風バッハ第5番》をお聴きいただきたいと思います。2008年にヴァルトビューネで開催されたベルリン・フィルのピクニックコンサートから、アナ・マリア・マルティネスのソプラノ、グスターヴォ・ドゥダメルの指揮による、ベルリン・フィルのチェロアンサンブルによる演奏でお楽しみください。



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夏至夕空とツバメの子

2024年06月21日 18時40分20秒 | 日記
今日は二十四節気のひとつ『夏至』です。今日は一年のうちで一番日の出ている時間が長く、暑くなる日です。

そんな暑さの下で今日は支援級プール授業…となるはずだったのですが、未明から降り出した雨のために中止となってしまいました。そうなると一部の子たちが盛大にゴネだすのですが、こちらとしてはそうなることも想定内なので、私は

「できないものはできません。」

の一点張りで通しました。

なので今日は雨天メニューでの授業となったのですが、プールがなくなったことで一気にテンションがダダ下がりしてしまった子どもたちは、そうそうやる気になりません。特に中学年の子たちは強敵で大人が何を言ってもグダグダしていたのですが、何故が私が受け持った授業では比較的シャッキリしていて、どうにか形にすることができました。

これはあくまでも個人的な感想なのですが、どうも最近私は、いわゆる『対応の大変な子たち』のサポートに回されている気がします。勿論、与えられた仕事はきちんとやり遂げることがモットーですから不満はありませんが、終わるとやはりドッと疲れがでます…。

今日もどうにかこうにか全ての授業を終えて、厚木まで戻ってきました。その頃になっていきなり晴れてきたのですが、この晴れ空をもう8時間ばかり早くもらいたかったと思ってしまいます…。

そんなことを思いながら、いつもとちょっと違う道を辿って帰宅していたのですが、歩いていると鳥の鳴き声が聞こえてきました。どこからかな…と思いながら声のする方に向かってみると



道沿いのお宅の門灯の上にツバメの巣がありました。

最近は汚れのつきにくい光触媒外壁が使われたりする影響で、泥を主原料とするツバメの巣が民家の軒下にかけにくくなってしまっています。そんな中にあって、ここのお宅はツバメが巣を営むことができたようです。

親鳥がやってくると



雛鳥たちが一斉にエサをねだります。久しく見ていなかった光景に、思わずホッコリしました。

今日、関東地方がようやく梅雨入りしました。例年より2週間以上遅い梅雨入りとなりましたが、水不足になどならなければいいのですが…。

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枇杷は琵琶から

2024年06月20日 18時00分00秒 | 音楽
今日も、日中は暑くなりました。そんな中、今日は勤務先とは別の小学校の放課後子ども教室に出勤しました。

今日も帰る前に《ゆりかごの歌》を歌ったのですが、その前にひとつ話をしました。それが2番の歌詞の

〽ゆりかごのうえに、びわの実がゆれるよ

に出てくる



枇杷についてです。

元々枇杷は中国が原産で、かなり早い段階で日本に持ち込まれて広まった植物です。『びわ』の名前の由来は、果実の形が



楽器の琵琶に似ていることから付けられたそうで、これはいろいろなページで検索してもほぼ同じ答えが出てきました。

琵琶は、ササン朝ペルシアが起源と言われている撥弦楽器です。それがインドを経由して中国や日本に渡り、



今日見られるような琵琶となりました。

因みに、この楽器がペルシアより西に渡ると



中近東圏で最もポピュラーな撥弦楽器のウードとなり、更にヨーロッパに渡ると



ルネサンス期からバロック期にかけて人気を博したリュートになります。

弦の数や撥弦方法は違いますが、これらの楽器はボディがティアドロップ型をしていることと、ネックの先がほぼ90°に折れ曲がっていることが共通点です。ただ、琵琶に関しては


例えばこれは明代の琵琶ですが、ネックの先がストレートのものも存在しています。

このストレート型の琵琶の作例として最も有名なのが



奈良東大寺・正倉院に伝わる『螺鈿紫檀五絃琵琶(らでんしたんのごげんびわ)』です。ただしこの五絃の琵琶は、その起源といわれるインドにも実在せず、この正倉院宝物が世界で唯一の作例となっています。

因みに、リュート属にはこのストレート型のネックの楽器も存在しています。それが



テオルボやキタローネと呼ばれている大型楽器で、主に通奏低音楽器として使われています。

子どもたちは不思議そうな顔をして私の話を聞いてくれていましたが、概ね関心を持ってくれていたようでした。勿論、最後には全員で《ゆりかごの歌》を歌って教室を終えました。

明日も暑くなりそうです。明日は支援級の子たちのプール授業があるのですが、今から一悶着あるような気がしてなりません…。

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目に見える子どもの変化と『ブルーベリーワッフル』@横浜あざみ野《雫ノ香珈琲》

2024年06月19日 18時20分10秒 | カフェ
昨日の豪雨が嘘のように、今日はまた強烈な日差しが降り注ぎました。今日は中学年の子たちがプール授業でしたが、この暑さの下で存分に楽しんでいたようでした。

ところで、最近支援級でちょっとした変化が見られるようになりました。現在私が担当している支援級に、先生方でもかなり手を焼いている男子が一人いるのですが、その子の態度がここ最近、私に対してだけですが徐々に軟化してきているのです。

その子は低学年の頃から知っているのですが、あの頃は挨拶はしないわ、返事はしないわ、態度は悪いわ、すぐに不貞腐れるわで、どうにもならない子でした。それでも、学校が推奨する『寄り添う学習支援』の名の下で他の個別学習支援員たちがなだめてすかして鎮静化を図っていた中にあって私は一人で、その子が勝手なことをしたり先生に失礼な態度をとったりした時に遠慮会釈なしに叱り飛ばしていました。

あの時、この子は

『…は?』

みたいな顔をして私を睨みつけてきていましたが、私はそんなものお構いなしにお説教をしていました。昨年度は低学年のクラスになったことで一度疎遠になっていたのですが、今年度再びまみえてしばらくしてから、低学年の時とは目に見えて態度が変わってきたのです。

先ず、登下校時に挨拶をするようになり、私から物を借りたりした時に

「ありがとうございます」

と御礼を言ってくるようにもなりました。特に水曜日は私が音楽教室に行かなければならないため授業が終わったら早々に準備をして教室を出るのですが、その様子を見かけたその子がわざわざ私のところまでやってきて

「先生、さようなら」

と挨拶しにくるようにまでなっているのです。

2年前には考えられなかったような態度の軟化に、支援級担任だけでなく主任まで驚いています。主任などは

「なにがあったんですか?」

などと呑気なことを聞いてくる始末ですが、私としては彼と『本音でぶつかり合ったこと』が、時を経て形になってきているのではないかと思っています。

そう思うと、学校側が言うところの『寄り添う学習支援』とは何ぞや…と言いたくなってしまいます。まぁ、それも方針なのですから仕方ないのでしょうが。

そんなことを思いながら小学校を退勤して、横浜あざみ野の音楽教室に向かいました。そして、いつものように《雫ノ香珈琲》に立ち寄りました。

今日はとにかく



今月限定メニューの『ブルーベリーワッフル』が食べたくてオーダーしました。クロワッサン生地のワッフルに自家製のブルーベリーコンフェチュールやサワークリームがあしらわれていて、爽やかな風味が絶妙です。

来週水曜日はお店が臨時休業ということもあって、美味しく堪能しました。そろそろ7月を迎えますが、次はどんなメニューが登場するのか楽しみです。

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凄まじい大雨に…

2024年06月18日 17時17分17秒 | 日記
昨日の予報通り、夜明け前から降り出した雨は時間を追う毎に強くなっていきました。昼休みの頃にはかなりの降り方になってきて、外の様子を窺う子どもたちが一様に不安そうでした。

今日は放課後子ども教室のある日でしたが、さすがの天候不良にちょっと早目に切り上げることにしました。子どもたちを下校させてから軽くミーティングをして解散し、雨の降りしきる中を小田原駅へ向かいました。

ズボンがビシャビシャになるほどの雨の中をどうにかこうにか歩いて小田原駅にたどり着くと、東西自由通路が何やらざわついていました。なんだろうと思って



JRの改札へ向かってみると、



東海道本線が大雨の影響で小田原〜熱海間で運転を見合わせていたのです。

どうやら東海道新幹線も小田原〜三島間で運転見合わせだったようで、今回の豪雨が如何に凄まじいかを伺うことができます。個人的には小田急線が通常通りに動いていてくれて、本当に助かりました(汗)。

この雨は今夜半には上がり、明日はまた強烈な日差しが降り注ぐようです。まだ梅雨入りすらしていない関東地方ですが、これからどうなるのでしょうか…。

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愛らしいネジバナ

2024年06月17日 17時25分10秒 | 
今日は、朝から蒸し暑い一日となりました。明日はようやく梅雨前線が東日本に到来するようですが、まるでそれを予兆するかのような湿気でした。 

夕方から雲行きが怪しくなるということで、早めに買い物を済ませることにしました。すると、道すがらのお宅のプランターに



ネジバナが咲いていました。

このネジバナは普通に道端で見かけることもできる野草ですが、それをこちらのお宅では、どうやらわざわざプランターで育てている様子でした。まるでネジのように螺旋状に小さな花の咲くこの愛らしい花を見ていると、育てたくなる気持ちも分かるような気がします。

ひとつひとつは5ミリにも満たない小さな花ですが、これでもれっきとした蘭の仲間です。よく見ると、ひとつひとつの花がカトレアのような形をしているのがお分かりいただけるでしょうか。

ネジバナは、東日本では梅雨の前後によく見られます。ネジバナが咲いて、明日雨が降るということは、東日本もようやく梅雨入りとなるのでしょうか。

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日本は爆速プレイがお約束!《アルヴァマー序曲》

2024年06月16日 17時00分17秒 | 音楽
朝方の雨は未明には止み、昼前からは強烈な日差しが降り注ぐようになりました。雨上がりでジメジメするかと思いきや、照りつける強烈な日差しで一気に乾いてしまったようで、カラッとした暑さとなりました。

ところで、最近目覚ましに使っている音楽があります。それが、吹奏楽の名曲のひとつ《アルヴァマー序曲》です。

《アルヴァマー序曲》は



アメリカの作曲家ジェイムズ・バーンズ(1949〜)作曲の吹奏楽作品です。バーンズは現在も存命で、御年74です。

《アルヴァマー序曲》は1981年にカンザス州ウィチタで開催された音楽祭で、ウィチタ地区の公立中学校による選抜吹奏楽団と指揮者ロバート・ホロウェルのために作曲されました。タイトルの『アルヴァマー』は作曲者が住むカンザス州ローレンスにあり、作曲者がよく週末にプレーすると語るゴルフ場の名前から取られたものです。

全体は三部形式で、先ずは金管のファンファーレに導かれるかたちで木管楽器が流れるようなテーマを演奏します。中間部は変ホ長調の優しく包み込むような柔らかなメロディで、そこから冒頭のテーマが回帰し、最後はそこに中間部のメロディも重なって華やかに締めくくります。

そんなわけで、今日は我が家の目覚まし音楽にもなっている《アルヴァマー序曲》をお聴きいただきたいと思います。シエナ・ウインド・オーケストラを作曲者バーンズ自身が指揮した演奏です。



この曲は華やかで聴き映えすることから、吹奏楽コンクールの自由曲に選ばれることがよくあります。ただし、上のバーンズのテンポだとコンクールの規定演奏時間内に演奏しきれないので大変なのです。

そのため日本では、



この曲を初めて国内録音した汐澤安彦氏が指揮する東京佼成ウインドオーケストラが楽譜の指定より1.2倍速いテンポで演奏していて、そのテンポでの演奏も広く行われています。ただ、作曲者バーンズはあまりお気に召していないようです(汗)。

それでも、特に昭和時代に吹奏楽で《アルヴァマー序曲》を演奏したことのあるかつての部員たちは、絶対にこちらのテンポの方がしっくりきます。むしろ、バーンズのテンポを聴いた時には

『遅っ!』

と思ってしまうこともしばしばです(笑)。

それに、バーンズ本人には甚だ失礼な話ですが、この『汐澤テンポ』が無かったら、日本でここまで《アルヴァマー序曲》がヒットしたか分かりません。作曲者には申し訳ありませんが、そのくらい汐澤安彦氏の演奏は日本の吹奏楽界に影響をもたらしたのです。

そんなわけで、今回はその『汐澤テンポ』の《アルヴァマー序曲》も載せてみました。上のバーンズ自身の指揮と聴き比べて、どちらがお好みか判断してみてください。


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紫陽花いろいろ…

2024年06月15日 19時00分58秒 | 
今日も、日中は暑くなりました。今日で6月も半分終わるというのに、梅雨入りする気配は全く感じられません。

それでも、植物の世界は順調に梅雨入り(?)したようで、あちこちで紫陽花が見頃を迎えています。ただ、よく見てみると











こうした紫色っぽい紫陽花が多く見られるようか気がしています。

紫陽花といえば『土壌のリトマス試験紙』と言われるように、土壌のpH値によって酸性なら青色、アルカリ性ならピンク色の花になると相場が決まっていました。しかし、最近はそうした常識の呪縛から解き放たれた紫陽花も、少なからず存在しているようです。

夕方からポツポツと雨が降ってきましたが、この雨も未明には上がるようです。一体、いつになったら梅雨らしくなるのでしょうか…。

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次の人のためにも…

2024年06月14日 18時45分10秒 | 日記
今日の小田原は、かなり暑くなりました。関東地方はまだ梅雨入りもしていないというのに、こんなに暑くてはたまりません。

そんな暑さにやられたのか、支援級の子どもたちはいろいろな反応を示しました。中でも普段から自分勝手の過ぎる女子がいるのですが、今日もガッツリと叱っておきました。

さて、そんな中で今日はほぼ全ての休み時間を使って



教室で使っているホワイトボードのクリーニングをしていました。このホワイトボードはかつて違う支援級クラスで使用していたものなのですが、その時に時間割表として使うために縦横にビニールテープを貼り付けてしまったらしく、そのテープの糊が残って真っ黒な線になってしまっていたのです。

裏面は辛うじて無傷状態でしたが、両面使えることがホワイトボードの取り柄だということで、支援級の担任からクリーニングの依頼を受けたわけです。年単位でこびりついてしまったテープ痕は一筋縄ではいかないので、シール剥がしなどという生半可なものではなく



除光液を使います。

気合を入れて磨き上げたこともあって、下校時刻になった頃にはテープ痕も殆ど分からないくらいに綺麗になりました。ただ、私は除光液の揮発のニオイでやられ気味でした…。

公共物というものは、自分が使った後に違う人が使うものです。その認識をきちんと持って学校の備品を使ってもらいたいと、強く思ったのでした。

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