共 結 来 縁 ~ あるヴァイオリン&ヴィオラ講師の戯言 ~

山川異域、風月同天、寄諸仏子、共結来縁…山川の域異れど、風月は同天にあり、諸仏の縁に寄りたる者、来たれる縁を共に結ばむ

すっきり爽やか『レモンプチパルフェ』@横浜あざみ野《雫ノ香珈琲》

2024年07月31日 19時00分00秒 | カフェ
今日は猛暑日からは解放されたものの、それでも暑い日となりました。今日は音楽教室が定休日だったので出かける必要もなかったのですが、それでも美味しいコーヒーが飲みたくて横浜あざみ野の《雫ノ香珈琲》に行くことにしました。

先ずは美味しい水出しコーヒーをいただいてから



『レモンプチパルフェ』をオーダーすることにしました。ヨーグルトの上に砕いたクラッカーが散らされ、自家製のレモンシャーベットやレモンジュレがトッピングされた爽やかなデザートです。

美味しいコーヒーとデザートをいただいていたら、急に雨が強まってきました。あまり強くならないうちに、なるべく急いで帰宅しますε≡≡ヘ( ´Д`)ノ。

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特別展《神護寺》@上野・東京国立博物館

2024年07月30日 20時00分00秒 | アート
相変わらずの暑さの中、今日は思い切って上野の東京国立博物館に行きました。現在、こちらでは



特別展《神護寺》が開催されています。

京都北郊の紅葉の名所、高雄の神護寺は、和気清麻呂(わけのきよまろ)が建立した高雄山寺を起源とします。後に唐から帰国した空海が活動の拠点としたことから、このお寺が真言密教の出発点となりました。

この特別展は、824年に正式に密教寺院となった神護寺創建1200年と空海生誕1250年を記念して開催されています。平安初期彫刻の最高傑作である国宝『薬師如来立像』や、約230年ぶりの修復を終えた国宝『両界曼荼羅(高雄曼荼羅)』など空海ゆかりの宝物をはじめ、神護寺に受け継がれる貴重な文化財を紹介するものとなっています。

始めのコーナーには密教の法具などが展示されていたのですが、その中で人々の目を引いていたのが



『灌頂暦名』(かんじょうれきみょう・国宝)です。これは平安時代・弘仁3(812)年に書かれた空海の直筆の書です。

空海は書にも秀でていて、嵯峨天皇・橘逸勢(たちばなのはやなり)とともに三筆と称えられています。この灌頂暦名は灌頂会という法会の参加者名などを書き留めたメモのようなものですが、空海ともなればメモすら国宝になってしまうのですから驚きです。

この灌頂暦名に限らず、空海の遺した書状の中にはしばしば天台宗の祖である伝教大師最澄の名前が登場しています。灌頂暦名の右から三列目筆頭にも『釈最澄』と記されていますが、こうしたものを見ると空海と最澄という二大高僧が宗派を超えて交流をもっていたことが分かります。

そして、次に人々の目を引いていたのが



伝源頼朝像(鎌倉時代・13世紀、国宝)です。日本史の教科書で見たことのある絵だけあって特に大人たちが立ち止まって見ていたのですが、ほぼ等身大という思いの外の大きさに一様に驚いている様子でした。

第一会場の最後に登場したのは



江戸時代以来、およそ230年ぶりに修理された《両界曼荼羅》でした。紫の絹地に金泥と銀泥で描かれたこの曼荼羅は、高雄山神護寺に伝わったため『高雄曼荼羅』とも呼ばれていて、空海が在世時に制作されたことが確認できる現存最古の両界曼荼羅です。

金剛界と胎蔵界という、密教の二つの世界観を図示したのが両界曼荼羅です。今回は前期展示の胎蔵界のみの展示でしたが



4メートル四方もの大きさを誇る巨大なもので、その大きさと、描かれた夥しい数の仏たちの細密な表現に圧倒されます。

第二会場の目玉は、なんと言っても仏像彫刻です。

先ずは神護寺多宝塔に祀られている《五大虚空蔵菩薩坐像》(平安時代・9世紀、国宝)です。これは三筆のひとり嵯峨天皇の皇子である第54代仁明(にんみょう)天皇御願とされ、鎮護国家を願って制作されたといわれています。

空海の入定後に高野山をを継いだ真済(しんぜい)の代に安置された《五大虚空蔵菩薩坐像》は、日本で制作された作例のうち五体が揃う現存最古のものです。











品の良い顔立ちと均整の取れた造形は、当時最高の技術を持った工人によって制作されたものです。

寺外で五体揃って公開されるのは、今回が初めてのことだそうです。会場では五体の虚空蔵菩薩坐像が



法界虚空蔵を中心に円形の台座に安置されていて、360°あらゆる角度からじっくりと観賞することができるようになっています。

そして、今回の特別展最大の見所が



神護寺の御本尊《薬師如来立像》(平安時代・8〜9世紀、国宝)です。

この《薬師如来立像》は神護寺の前身寺院にまつられていた御本尊で、それを神護寺の御本尊として空海がお迎えした仏様です。つまり、この御像は空海自身も拝んだ尊像ということになります。

薬師如来というと穏やかで柔和な表情をされているイメージですが、神護寺の御本尊は





量感あふれる造形と威厳あふれる表情で独特の迫力を生み出し、厳しさすら感じさせます。平安初期の仏像彫刻の最高傑作といえるもので、今回は



脇侍の日光・月光両菩薩立像とともにお出ましになり、360°展示ではないにせよ、普段は絶対に拝見できないお背中も観ることができるようになっています。

今回は御本尊の台座の修繕に伴う出開帳で、神護寺史上初の機会とのことです。暑さをおして上野まで来た甲斐がありました。

その他にも



楼門に安置されている持国天と増長天、明治16年に小松宮彰仁親王が揮毫された『高雄山』の扁額が展示されていました。こちらでは撮影OKということで、観客たちが盛んにシャッター音を響かせていました。

厚木に戻ってきたら、どうやら私が都内に行っている間に雨が降ったようで、体感温度がだいぶ下がっていました。これくらいの気温がずっと続いてくれたら…と思うのですが、残念ながら明日も日中は暑いようです…。

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いつの間にか始まっていたパリ五輪〜モーツァルト《交響曲第31番ニ長調『パリ』》

2024年07月29日 17時25分55秒 | 音楽
連日暑い日が続いていますが、厚木市は今日も午後から猛暑日となりました。こんな日が続くと、何だか頭が一日中ぼ〜…っとしてきます。

ところで、気づけば知らない間にパリオリンピックが開幕していて、日本人選手の活躍が知らされるようになってきました。ちゃんと観たい気もするのですが、何しろ夜明け方に開催されているオリンピックをリアルタイムで視聴するほどの気力と体力がありません…。

個人的に印象深いのは、



男子柔道の阿部一二三の五輪二連覇です。準々決勝で鼻血を出してしまって

『あわや、相手の棄権勝ちか?』
(国際柔道連盟の規定では、試合中の出血を伴う同じ部位の負傷は医師による手当てを2回まで受けることができる。同じ部位の3回目の出血の時点で、主審は選手の安全のために試合を終了し、相手に「Kiken-gathi(棄権勝ち)」を与える場合がある。)

と思われましたが、しっかりと一本勝ちを決めた姿は素晴らしいものでした。

そして、



フェンシング個人エペ出場の加納虹輝が決勝で地元フランスのヤニック・ボレルを破ってフェンシング個人種目では日本勢史上初となる金メダルを獲得しました。フェンシングにはエペ・フルーレ・サーブルの3種目があり、フルーレとサーブルは胴体のみへの攻撃が有効なのに対して、エペは唯一、足を含めた全身への突きが有効となるので、距離をとったところから攻撃を繰り出せる身体の大きな選手や腕のリーチの長い選手が有利とされています。

決勝の相手は地元フランスの『英雄』といわれているヤニック・ボレル選手、試合会場であるグラン・パレにフランス国歌の大合唱が響く完全アウェーの中でした。身長197cmという巨体と長い腕のリーチを誇るボレルに対して加納虹輝がスピードを活かした冷静な試合展開を見せて得点を重ね、先に15点を奪って勝利しました。



普段から熱を込めてオリンピックを観戦しているわけではありませんが、こうした日本人選手の活躍ぶりを見せてもらえることは嬉しいものです。これからまだいろいろな競技が開催されますが、過度に期待をかけないように楽しめればと思っています。

さて、そんなパリオリンピックに因んで何かないのか…と思ったのですが、ここはやはりモーツァルトの《交響曲第31番ニ長調》を聴いてみようではないか、ということに、個人的に落ち着きました(何ぢゃそら…)。

この曲は1778年にパリの演奏団体コンセール・スピリチュエルの支配人ジャン・ル・グロからの依頼によって作曲されたため、『パリ』の愛称で呼ばれることがあります。交響曲としては、1774年に作曲された第28番ハ長調 K. 200(189k) 以来、3年半ぶりの作品となりました。

この曲には、かつてモーツァルトが学んだマンハイム楽派の影響や、パリの聴衆の好みに合わせたフランス趣味が盛り込まれた点が特色です。また楽器編成の上では、普段はオペラ以外では一本しか使わないフルートが二本あったり、初めてクラリネットを含んだりする完全な二管編成をとっているのですが、これもかつてマンハイムの優れたオーケストラでクラリネットという楽器を十分に知り、パリでもそれを活用できたことによるものです。

この作品はモーツァルトとしては異例なほど推敲を重ねた上、依頼主であるル・グロの注文によって第2楽章を書き直すという過程を経て完成しました。そして、1778年6月18日のコンセール・スピリチュエルの演奏会で初演され、大成功を収めたと言われています。

この曲の自筆譜スコアが残っているのですが



現在のスコアとちょっと書き方が違っています。現在では上の段から木管楽器・金管楽器・ティンパニ・弦楽器となるのですが、このスコアでは一番上にヴァイオリンとヴィオラ、その下にフルート・オーボエ・クラリネット、更にその下にホルン・トランペット・ティンパニときて、その下にバソン(ファゴット)・チェロ&コントラバスとなっています。

そんな自筆譜スコアを基にした演奏動画があったので、転載してみました。クリストファー・ホグウッド指揮、アカデミー・オブ・エンシェント・ミュージックの演奏で、かつてパリを沸かせたモーツァルトの交響曲をお楽しみください。


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今日はヴィヴァルディとバッハの祥月命日〜《調和の霊感》第8番と《オルガン協奏曲イ短調BWV593》

2024年07月28日 19時00分30秒 | スピリチュアル
昨日に引き続き、今日も暑くなりました。今日は昨晩の雨が蒸発したことによって空気中の湿度が上昇し、かなり不快な暑さとなったのでした。

ところで、今日は






ヴィヴァルディとバッハという、バロックの巨匠たちの祥月命日です。ヴィヴァルディは1741年、バッハは1750年の今日他界しています。二人の晩年については一年前にかなり詳細な記事を挙げているので気になる方はそちらを御覧いただくことにして、今日はヴィヴァルディとバッハの時を超えた掛け合いにスポットをあててみようと思います。

バッハのオルガン曲の中で《オルガン協奏曲》というジャンルがあります。しかし協奏曲といっても、例えばヘンデルのオルガン協奏曲のような合奏曲ではなく、オルガン単体の独奏曲です。

バッハはヴァイマル宮廷時代に当時の先端流行であったイタリア音楽を吸収すべく、ヴィヴァルディやマルチェッロなどの作品を盛んにチェンバロやオルガンの協奏曲に編曲しました。チェンバロ協奏曲は弦楽や通奏低音を従えたコンチェルティーノの形をとっていますが、《6つのオルガン協奏曲》は全てオルガン独奏となっています。

この6曲中3曲がヴィヴァルディのコンチェルトからの転用なのですが、中でも秀逸なのは《調和の霊感》作品3の中の第8番《2台のヴァイオリンのための協奏曲イ短調》を編曲した《オルガン協奏曲イ短調BWV593》です。

この作品は私もかつて生徒たちに発表会で弾かせたことがあるのですが、限られた音域のみを使っていながら、そんなことを感じさせない実にのびのびとした音楽であることに驚かされます。先ずは、そんなヴィヴァルディの原曲をお楽しみください。



そして、後にこの協奏曲をバッハがオルガン独奏用に編曲したのが《オルガン協奏曲イ短調BWV593》です。恐らくバッハもこの協奏曲のシンプルなカッコよさに惹かれて、自分一人でも演奏できるようにしたのでしょう。

ただ、そこはバッハですから、ただ単にヴィヴァルディの楽譜をオルガン用にしただけではなく、そこに自分なりの工夫を凝らしています。特に第3楽章では、原曲にはない下降音型を、なんとペダルで演奏するというブッ飛び技を披露しています(笑)。

そんなわけで、今度はバッハの《オルガン協奏曲イ短調BWV593》をお聴きいただきたいと思います。先程のヴィヴァルディの原曲と聴き比べながら、所々にバッハなりの工夫が凝らされた秀逸なオルガン独奏曲をご堪能ください。



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共感しかないヴィヴァルディ〜佐藤俊介氏によるヴァイオリン協奏曲『夏』

2024年07月27日 18時55分00秒 | 音楽
暑い・・・・・・・・。

昨晩、十数日ぶりに厚木市に雨が降りました。それによって一時的にですが寝苦しさから解放されていました。しかし一夜明けてしまえば、そんなものは夢幻の如く失せにけり…で、今日も厳しい暑さとなりました。

私は子どもの頃から、とにかく夏が嫌いです。それなのに、ここ数年の猛暑にあてられて、益々嫌いになっています。

実は、夏が嫌いなのは



イタリアバロックの巨匠ヴィヴァルディも同じだったようです。それが如実に表れているのが、ヴァイオリン協奏曲集《四季》の『夏』です。

《四季》の楽譜には、ソネットという短い詩が添えられています。そして『夏』に添えられたソネットは

『夏』L'ESTATE

◎第1楽章

太陽が照り付ける厳しい季節に
Sotto dura Stggion dal Sole accesa

人も羊の群れもぐったりし、松の幹も燃えるように熱い
Langue l'huom, langue 'l gregge ed arde il Pino;

よく通る声でカッコーが鳴き出すと それに合わせて
Scioglie il Cucco la Voce, e tosto intesa

キジバトとゴシキヒワが歌い出す
Canta la Tortorella e 'l gardelino

心地よくわたるそよ風を
Zeffiro dolce Spira, ma' contesa

突然立った北風が押しのけ
Muove Borea improviso al Suo vicino;

ひと荒れ来そうな嵐におびえる
E piange il Pastorel, perche Sospesa

羊飼いの子は不運に涙を流す
Teme fiera borasca, e 'l suo destino;

◎第2楽章

疲れきった体に休息を与えないのは
Toglie alle membra lasse il Suo riposo

稲光と激しい雷鳴への不安
Il timore de' lampi, e tuoni fieri

それにうるさく飛び回るハエや羽虫の群れ!
E de mosche, e mossoni il Stuol furioso!

◎第3楽章

ああ何ということか、不安は的中し
Ah che pur troppo i Suo timor Son veri

天は雷を轟かせ、閃光を放ち、雹交じりの雨は
Tuona e fulmina il Ciel e grandinoso

小麦やその他の穀物の穂をへし折る Tronca il capo alle Spiche e a' grani alteri.


という、何の救いもない内容のソネットなのです。

『春』では季節の到来を喜んで鳴き交わしていたカッコウやゴシキヒワたちが、『夏』の第1楽章では暑さから逃れようと必死になりながら鳴いています。そこに『春』の時のような喜びはなく、生きぬくことへの必死さのようなものすら感じさせられます。

そして第2楽章で轟いていた遠雷は、第3楽章で雹混じりの嵐となって襲いかかります。もしかしてヴィヴァルディは、後の世にゲリラ豪雨なるものが発生することを予期していたのでしょうか(んなわけあるかいっ…)。

そんなわけで(どんなわけぢゃ?)、今日はヴィヴァルディの『夏』をお聴きいただきたいと思います。佐藤俊介氏率いるネーデルラント・バッハ・ソサエティの演奏で、暑苦しくも凄まじいヴィヴァルディの『夏』感をお楽しみください。


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夕景に浮かぶロダン

2024年07月26日 20時25分00秒 | アート
今日は暑い中、上野の東京文化会館資料室まで調べものをしに出かけました。本当はこの暑い最中に都内になんぞ行きたくなかったのですが、必要に迫られたので仕方ありません…。

閉館時間ギリギリまで資料室に籠もっていたら、外に出た頃にはすっかり暮色が広がっていました。やはり夏至から一月も経つと、夕方になるのが少しずつですが早くなってきているようです。

今日は金曜日ということで、上野公園の各博物館や美術館が19時まで開館時間を延長していました。なので、ちょうど東京文化会館の真向かいにある国立西洋美術館の前庭のロダンを観賞していくことにしました。

ロダンといえば、何はなくとも



『考える人』です。こちらでは外の通りからも見える一番目立つところに設置されています。

ところで、なんで東京・上野にロダンの彫刻があるのか…ひょっとしたらレプリカなんじゃないか…と思われる方もおいでかと思います。しかし、台座のキャプションを見ると

オーギュスト・ロダン(1840年-1917年)

考える人(拡大作)

1881-82年(原型)
1902-03年(拡大)
1926年(鋳造)

とあります。

「1917年に亡くなったロダンのブロンズ像を1926年に鋳造ってどういうことだ?レプリカじゃないの?」

と思われるかも知れませんが、ブロンズ像というものは型さえあれば作者が他界していても鋳造できるのです。

ブロンズ像ができるまでには

●粘土などで元になる像を作る
●石膏などで型をとり、原型を作る
●さらに原型から型をとって鋳型を作る
●溶かしたブロンズを流し込んで固める

といった段階があります。そしてもちろん一人の作家が全工程を手がけるわけではなく、最初の像を作った後は専門の職人の仕事になります。

作者の死後に完成した像が「元の像を作った作者の作品」になるのは、何だか不思議な気もします。しかし、例えば葛飾北斎や歌川広重の浮世絵も、彼らが原画を描いた後は彫り師や摺り師といった専門の職人たちの扱いになるのに、完成作品には北斎や広重の名前がつくのと同じ…といえばいいでしょうか。

そして、キャプションにあった『拡大』という文言ですが、これにもちゃんとした理由があります。『考える人』の庭を挟んで反対側に



同じくロダン作の『地獄の門』という巨大な作品がありますが、



この門の扉の上をよく見てみると



なんと『考える人』がいるのです。

これこそが『考える人』のオリジナルであり、単体の『考える人』はここから抜き出されて正に『拡大』されたものなのです。そう考えると、なかなか面白いものだなと思います。

国立西洋美術館には、この他にも



同じくロダンの『カレーの市民』や


エミール=アントワーヌ・ブールデルの『弓を引くヘラクレス』といった、様々なブロンズ像があります。こうした作品を間近で観賞できるということは、やはり嬉しものです。

本当はもう少し観ていたかったのですが、日が落ちても止まぬ東京の暑さにあてられてスゴスゴと帰ってきました。やはり、夏にそうそう都内になんぞ出てくるものではありません…。

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最近の目覚ましミュージック〜C.T.スミス《フェスティバル・ヴァリエーション》

2024年07月25日 18時18分18秒 | 音楽
連日同じことばかり書いていますが、今日も暑くなりました。これはもう、これからしばらくは収まることはないのだろうと、殆ど諦めております…。

ところで、以前目覚ましに吹奏楽の名曲《アルヴァマー序曲》を使っているということを書きましたが、最近曲を替えました。現在、目覚ましに使っているのは《フェスティバル・ヴァリエーション》です。

《フェスティバル・ヴァリエーション》は



クロード・トーマス・スミス(1932〜1987)作曲の吹奏楽作品です。吹奏楽界隈では言わずと知れた名曲であり、また難曲としても名高い曲です。

この曲はワシントン・アメリカ空軍軍楽隊と、その指揮者のアーノルド・ガブリエル隊長の委嘱により1982年に作曲され、米国音楽教育者音楽会議とテキサス音楽教育者協会の75周年を記念した合同大会において初演されました。ガブリエル隊長は

「《フェスティバル・ヴァリエーション》は、間違いなく20世紀における記念碑的な(吹奏楽)作品の1つとして位置づけられることになるだろう。」

という賛辞をスコアに記していて、実際に今日においても、この作品はそうした位置づけとなっています。

全体的に難易度の高い曲ですが、中でもホルンパートは特に難易度が高く、過酷なものとなっています。この背景には、当時のアメリカ空軍軍楽隊の首席ホルン奏者であったジョニー・ウッディー最先任上級曹長がホルン奏者でもあった作曲者スミスの大学時代のライバルであったため難しく書いた…という、後の世代のホルン奏者にとっては迷惑極まりない逸話が残されています(汗)。

またこの曲は軍楽隊の編成に合わせたため、吹奏楽では珍しいチェロパートが存在しています。



スコアの最下段にチェロパートが書かれていますが、ファゴットやバリトン・サックスといった低音部パートと被っているところが大半なので、悲しいかな殆ど聴こえません(涙)。

この曲が演奏される際に、起きがちなことがあります。まだ曲が終わっていないのに、途中で観客が拍手してしまうことがあるのです。

この曲の中間部ではそれまでよりテンポが落ち着いて、ホルンのセンチメンタルなメロディが奏されます。そこから様々な楽器のソロが出てきて、やがてそれらが発展しながら膨らんでいき、



全奏による力強いフォルテで結ばれます。

この部分があまりにも立派なために、この曲を知らない観客が終わったと勘違いして拍手をしてしまうことがあります。しかし、このフォルテの結びの直後に







コントラバス・クラリネットという超レア楽器のソロがあるのですが、その折角のソロを拍手に阻まれることが少なくないのです。

それにしても、終わったと見せかけておいてこんなところにレア楽器をわざわざ登場させることといい、ライバルのいるホルンに当てつけのように超ムズパッセージを連発させることといい、この曲にはスミスの性格の良さが滲み出ているような気がしてしまうのは私だけではないと思います。しかし、そんなことには少しも頓着することなく、その後この曲は華々しい真のエンディングを迎えて力強く終わります。

そんなわけで、今日は吹奏楽の名曲《フェスティバル・ヴァリエーション》をお聴きいただきたいと思います。初演を手がけたワシントン・アメリカ空軍軍楽隊によるライブ録音で、吹奏楽屈指の名曲&難曲をお楽しみください。


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今日は梅づくしの『梅のグラニテ』&『梅ソーダ』@横浜あざみ野《雫ノ香珈琲》

2024年07月24日 20時55分00秒 | カフェ
今日も暑くなりましたが、厚木市では、一体いつからだろう…と思うくらい雨が降っていません。雨雲レーダーを見ても、他の地域でゲリラ豪雨が降っているのに、まるで厚木市を避けて通るかのように雨雲が来ません。

それはそれで洗濯物がしやすかったりするメリットはありますが、それでも連日の猛暑の中にあっては一雨欲しいのが正直なところです。さて、厚木市に天然の打ち水が降り注ぐのはいつのことでしょうか…。

そんなことを考えながら、横浜あざみ野の音楽教室に出勤しました。そして、いつものように《雫ノ香珈琲》に立ち寄りました。

今日はサッパリしたものがいただきたかったので、



『梅のグラニテ』をオーダーすることにしました。前回はコーヒーグラニテをいただいたのですが、それに続くグラニテ第2弾です。

自家製梅シロップで作られたグラニテは口に含むと青梅の風味が広がって、清涼感が一気に駆け抜けていきます。今回は



同じく自家製梅シロップを使った『梅ソーダ』とともに、正に梅づくしメニューを堪能しました。

今日ほどではないにしろ、明日も暑くなるようです。この状況が落ち着くまで、あとどのくらい待てばいいのでしょうか…。

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気持ちは分かるけど…

2024年07月23日 18時30分10秒 | 
今日も厚木市は強烈な陽光がジリジリと照りつける、暑い陽気となりました。湿度が思ったより高くなかったのが幸いでしたが、それでも外を歩いているとゲンナリしてきます…。

そんな中、今日は知人の入院見舞いに神奈川県大和市まで出かけました。なんでも、外出先で立ち眩みを起こして階段から転げ落ちて骨折したらしいのです。

お見舞いに行くにあたって手ブラでは行けませんから、お花でも買っていくことにして本厚木駅前前の花屋に入ったのですが、店頭には



御覧のような青い花が居並んでいました。



恐らく涼し気な印象を演出する意図があるのでしょうが、それでも



白い花に色水を無理矢理吸い上げさせて青く染めた花を見ていると、何とも言えない違和感ばかり感じてしまいます。

結局、ありきたりな色の花を買ってお見舞いに行きました。入院中の当人は至って元気そうで

「花より食いもんの方がよかったな。」

などとヌカしやがったので

「色気も素っ気もねぇ野郎の病室のことを考えてのチョイスだ、文句言うな。」

と、軽くシメておきました(笑)。

明日もまた暑くなりそうです。明日はあざみ野の音楽教室に出勤する日なのですが、横浜がどれほど暑いのかを考えると、今から暗澹たる気分です…。

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破壊的ボリューム!『油二郎』

2024年07月22日 17時00分00秒 | グルメ
今日も今日とて、厚木市は暑くなりました。天気予報を見ればここ数日猛暑日アイコンが居並んでいるので、極力見ないようにして現実逃避しています…。

今日は昼前に用事を済ませてしまおうと、本厚木駅前に出かけました。駅の東口改札から続く本厚木ミロードイーストを歩いていると



いつぞや入った油そば屋《麺屋油印》の店先に気になるメニューが掲げられていたので、ランチがてら入ってみることにしました。

そのメニューというのが



この『油二郎』というものです。油そばの上に、いわゆる二郎系ラーメンにのっているような茹でモヤシやネギ、チャーシューやニンニクといったトッピングがワンサカのっていて、広い意味でいえばこれも『二郎インスパイア系』といえるのでしょう。

油そばなるものを食すには、先ず器の底に沈んでいるタレを麺の下から引き上げる作業が必要となりますが、何しろこの盛り盛りトッピングを含めて混ぜなければならないため、結構コツが要りました。何とか全体をよく混ぜて食べてみると、チャーシューの香りやモヤシの歯触りがタレに絡んだ太麺やニンニクとともに入ってきて、かなりパンチのある味わいです。

こちらでは麺量が普通・大盛り・大山盛りまで同一価格で楽しめますが、とてもではありませんがこれだけ盛り盛りだと大山盛りなんぞ頼む気にならず、普通盛りで十分堪能できました。大山盛りは一体どんなものなのか…周りでオーダーする人がいないか見てみたのですが、そんな猛者はついに現れませんでした(何を期待しておる…)。

『油二郎』は、その日の分の具材が無くなり次第販売終了になるそうです。そうした意味で、昼前に行ったことでありつけたのはラッキーだったでしょう。

ボリューム満点の油そばをいただいて店を後にしたら、自身が結構なニンニクの香りにまみれていることに気づきました。今日明日は誰にも会う予定もないのでいいのですが、また食べてみたくなった時には、次の日の予定を気にしてからにしようと思います(汗)。

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町田市薬師池公園の大賀ハス

2024年07月21日 18時25分15秒 | 
今日も神奈川県は強烈な暑さに見舞われました。そんな中、今日は町田市の薬師池公園に蓮を観に出かけました。

まだ暑くないうちに…と思って早くに出て、町田駅からバスに揺られて薬師池公園に到着しました。そして、池まで降りてみると…



何だか蓮の葉が青々としているものの、肝心の花が見当たりません。

『…あれ?』

と思いつつ、とりあえず池の周りを散策してみることにしました。すると、



ようやく葉陰に咲いている蓮の花を見つけることができました。

その後も探し回ってみると、











少ないながらもあちこちに蓮の花が顔を出しているのが確認できました。しかし、池の真ん中辺りには



大きな空白地帯ができているのも見受けられました。

近所の方の話では、こちらの大賀ハスはだいぶ株の傷みが進んでいて、この空白地帯では根腐れを起こしていたようでした。小山田神社の蓮田と違ってこちらの池は流れがないことから水が淀んであまり動きがないため、根腐れが起きやすくなってしまっているようです。

それでも、池の縁を歩いていると



こんな立派な蓮の花を見つけることができました。町田市が市内屈指の蓮の名所を標榜するならば、これくらいの花はあってほしいものです。

猛暑日アイコンは回避したものの、それでも暑いことに変わりはありません。こんな猛暑がいつまで続くのか考えただけで…いや、考えるのはやめておこうと思います…。

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魅力的な小品《星笛》

2024年07月20日 17時55分45秒 | 音楽
昨日小学校が終わって、今日から夏休みに入りました。そのタイミングで神奈川県は凄まじい猛暑となり、マックスでエアコンを入れていないと具合が悪くなりそうです。

夏休み中、子どもたちには様々な宿題が出されていますが、その中にリコーダーの練習も出されています。5年生に出されている課題は《星笛》というデュエット曲なのですが、これがなかなかいい曲なのです。

《星笛》の楽譜は



こんな感じで、#も♭も全く無いので技術的にはかなり平易です。演奏してみると分かるのですが、郷愁を誘うような切々としたメロディが印象的な作品です。

こうした印象を受ける要因を専門的に分析すると、この曲が教会旋法のエオリア旋法で書かれていることにあります。エオリア旋法とは、



ラからラまでをピアノの白鍵のみで辿る音階のことをいい、自然的短音階とも言います。

この短音階は全ての音に何の記号も付いていないので、より素朴でフワリとした響きがします。それが優しい印象を演出していて、実に愛らしい作品です。

一方で、この曲は8分の6拍子という難しい拍子で書かれています。この拍子は文字通り



一小節の中に8分音符が6つ入っているものなのですが、それらを3つで一塊と捉えて



というリズムで演奏することになります。なので、楽譜の見た目や聴いた感じは3拍子っぽいのですが、演奏する際には



というように2拍子に感じて演奏しないとさまにならないのです。

さて、こうした感じ方をどうやって子どもたちに伝えていくのか…実に難しいポイントです。実際に指導するのは学校の先生ですから私が出しゃばっていくことはないと思いますが、何か聞かれた時にはアドバイスくらいできるようにしておこうと思います。

そんなわけで、今日は小学5年生の音楽の教科書に掲載されている《星笛》をお聴きいただきたいと思います。実は教会旋法などいろいろな魅力的要素が隠されている、何とも愛らしい作品をお楽しみください。


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新紙幣キタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!

2024年07月19日 18時18分18秒 | 日記
今日は小学校の夏休み前最終勤務日でした。午前中までで授業を終えた子どもたちは、猛暑の中でお道具箱やら鍵盤ハーモニカやらを持ち帰ることになり、両手に大荷物をぶら下げてブーたれながら帰っていきました。

子どもたちを下校させた後、私は教室の掃除と戸締まりを済ませて退勤しました。そして、ランチをする前に郵便局で現金を下ろすことにしました。

ATMから出てきた紙幣を取り出すと、何だかやたらとツルツルしているような気がしました。なんだろう?と思って確認してみると、



出てきた千円紙幣が全部新札だったのです。

現行の野口英世千円紙幣よりも青の色味が濃いように見え、ホログラムもかなりキラキラと輝いています。表面の右上と左下には視覚障害者向けの斜線があり、触るとかなりザラザラとします。

裏面の



葛飾北斎の『神奈川沖浪裏』もなかなかの見栄えで、透かしの部分が巨大なお月様に見えなくもありません(笑)。まだ折り目一つないピン札の新千円紙幣を目の当たりにして、いろいろと感心してしまいました。

ちゃんと使えるのかどうか気になっていたのですが、バーガーキングのレジで出したらすんなり受け取ってもらえました。当たり前といえば当たり前なのですが、それでも初めて新札を使うとなるとちょっと心配になるものです。

新紙幣が出回り始めたことで、一部のコンビニやスーパーのセルフレジでは1984年に発行された古いタイプ

●裏面がキジの福沢諭吉の一万円紙幣



●新渡戸稲造の五千円紙幣



●夏目漱石の千円紙幣



が使えなくなるようです。こうして、少しずつ紙幣が世代交代していくものなのですね。

渋沢栄一の一万円紙幣と津田梅子の五千円紙幣には、今のところまだお目にかかれていません。そのうち、それもATMから当たり前のように出てくるのでしょうから、私のお財布の中に入ってくる日を気長に待とうと思います。

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衝撃の小山田神社大賀ハス畑

2024年07月18日 15時55分51秒 | 
今日は本来ならば勤務先とは別の小学校の放課後子ども教室のある日でしたが、夏休み前の教室は先週が最後だったため、今日はお休みでした。なので、このチャンスに今年も町田市にある小山田神社に行ってみることにしました。

小田急線で町田へ向かい、小山田行きのバスに揺られること20分ほどで小山田神社に到着しました。ここの境内には大賀ハスの畑があるのですが、来てみると



蓮葉のあちこちから薄紅色の蓮の花が顔をのぞかせていて、芥川龍之介の《蜘蛛の糸》の一節

そのまん中にある金色の蕊(ずい)からは、何とも云えない好い匂いが、絶間なくあたりへ溢れて居ります。」

のように、蓮田独特の甘く香ばしい香りが辺りに満ちていました。



こちらの大賀ハスは、この蓮の種を千葉県検見川の縄文遺跡で発掘して蘇生栽培に成功した大賀一郎博士の菩提寺が近くにあることで譲り受けたものだとのことです。そして蓮を鑑賞するだけでなく、ここから少し離れたところにある就労継続支援B型施設『町田市大賀藕絲館』で、茎から採った繊維で蓮糸(藕絲・ぐうし)を撚って織物を作ったり、蓮の実をとってお菓子に加工したりして販売もしています。



時折薄雲に太陽が隠れるタイミングを狙って写真を撮ると、目の覚めるような緑色の蓮葉と、そこかしこから顔をのぞかせる蓮の花が風にそよぎ、実に美しいものです。蓮の花は日中に開き夜になると閉じることを2〜3回繰り返しますが、見渡してみると



まだ固く閉じた未生蓮華や



恐らく今朝方開き始めたのであろうものから





開きたてのもの、



花蕊が見え始めたものから



すっかり開ききったものまで、いろいろな段階の蓮の花を観ることができました。

今日は朝からかなり暑くなりましたが、それでも











吹き渡る風にそよぐ蓮を観ていると、ひと時暑さが和らぐように感じることができました。ここに見えている範囲だけでもサッカーコートの4分の3くらいはありそうな面積に、びっしりと蓮が植えられている様は圧巻です。

本来ならば、この蓮田はもっと広いものでした。ところが、私が昨年観に来た後から来年6月を目処に新たにオープンする公園としての整備工事が始まっていて、かつて広大な蓮田だったところは重機が入り





見る影もない有り様となってしまっていました。かつて



一面に大賀ハスが揺れていた神社の裏手は、昨年観に来た時には



雑草が生い茂っていて、今日は



蓮田だったのかどうかすら分からない工事現場となっていました。

ここには、来年6月に



このような公園が開設されることになっているようで、完成予想図では神社裏手の蓮田が植えられたところに八ツ橋が架けられ、遊具やベンチも新設されるそうです。それはそれでいいのでしょうが、それでも蓮田が元の面積の4分の1ほどになってしまったことは残念でなりません。

幸いなるかな、拙ブログには何年か前から小山田神社の蓮田の写真を毎年載せていましたので、それを見ればかつての広大な蓮田の様子を振り返ることができます。来年どんな公園が出来ているのかを待ちながら、かつての蓮田の様子に思いを馳せてみたりしたのでした。













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忖度なしの支援級勤務と『サマーゼリーアイスティー』@横浜あざみ野《雫ノ香珈琲》

2024年07月17日 17時55分30秒 | カフェ
今日も小田原は暑くなりました。しかも、前日の雨が蒸発したことによって一気に蒸してきて、不快指数もうなぎ登りでした。

そんな不快さにやられたのか、支援級の子どもたちもかなり不安定になっていました。ただ、私はその都度

「はい、言いたいことは分かったから、やることはやる!」

と叱り飛ばして勉強させていました。

他の支援員が付き添った時には我がまま放題だったようですが、私の時には不承不承ながら勉強に着手していました。折角だから他の支援員も遠慮なく叱り飛ばせばいいのに…と思うのですが、彼らにとってはことはそう簡単ではないようです。

そんな小学校勤務を終えてから、横浜あざみ野の音楽教室に移動しました。そして、いつものように《雫ノ香珈琲》に立ち寄りました。

今日は涼を求めて



『サマーゼリーアイスティー』をオーナーすることにしました。冷たく冷えたアイスティーの下には自家製のゼリーキューブと柑橘果肉が沈んでいて、ストローでかき混ぜると見た目にも涼し気なアイスティーになります。

今日は



今月限定メニューの『レモンワッフル』と一緒に、美味しく堪能しました。爽やかなアイスティーとワッフルをいただいて、ひと時ホッとすることができました。

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