今日から9月に入ったとはいえ、今日もまた一段と蒸し暑くなりました。本来ならば今日から小田原の小学校が始まっているのですが、私の勤務日は明日からなので、今日はそれに備えて散髪してきました。
ところで、今日9月1日はヨハン・パッヘルベルの受洗日です。
ヨハン・パッヘルベル(1653〜1706)はバロック期のドイツの作曲家であり、南ドイツ・オルガン楽派の最盛期を支えたオルガン奏者で、教師でもあります。宗教曲・非宗教曲を問わず多くの楽曲を制作し、コラール前奏曲やフーガの発展に大きく貢献したところから、バロック中期における最も重要な作曲家の一人とされています。
パッヘルベルはニュルンベルクでワイン商を営む父と、その後妻との息子として生まれました。正確な誕生日は分かっていませんが、9月1日に教会で洗礼を受けている記録が残っていることから、恐らく8月下旬頃に誕生したのではないかと見られています。
パッヘルベルの音楽は、ヨハン・ヤーコプ・フローベルガーなどの南ドイツの作曲家や、ジローラモ・フレスコバルディなどのイタリアの作曲家、さらにはフランス、ニュルンベルク楽派などの作曲家からの影響を受けています。パッヘルベルの音楽は技巧的なわけではなく、例えば北ドイツの代表的なオルガン奏者であるディートリヒ・ブクステフーデのような華麗な奏法や大胆な和声法を用いることが少ない代わりに、旋律的・和声的な明快さを強調した明快で単純な対位法を好んで用いました。
さて、パッヘルベルといえば何をおいても《カノン》ということになろうかと思います。いくら拙ブログがひねくれているとは言いながらこればかりは避けて通ることはできませんが、正確には《3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調》といいます。
パッヘルベルはオルガン等の鍵盤楽器作品で有名ですが、教会音楽や室内楽の重要な作曲家としても知られています。しかし残念ながらパッヘルベルの室内楽曲の楽譜は殆ど残っておらず、生前に出版されていたパルティータ集を除くと、写本として残るいくつかの作品が知られているのみです。
《3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーグ ニ長調》もそうした曲のひとつであり、ベルリン州立図書館に19世紀の写本が唯一残されています(見出し画像参照)。作曲の経緯はまったく知られていませんが、パッヘルベルの門人でヨハン・セバスティアン・バッハの長兄であるヨハン・クリストフ・バッハが1694年10月23日に開いた結婚式にパッヘルベルが出席しているので、この機会に作曲されたのではないかとも言われています。
カノンはキャノン=大砲に由来するもので、大砲が放たれた時に音がこだますることを模倣したものと言われています。分かりやすく説明するために、『かえるのうた』のような『輪唱』といわれることがあります。
前半の《カノン》は
『レ-ラ-シ-ファ♯-ソ-レ-ソ-ラ』という通奏低音にのって、3人のヴァイオリンが2小節ずつズレながらメロディをつむいでいきます。
カノンというと大概2つの声部で追いかけっこをすることが多く、それ以上声部の数が増えるとカノンすること自体が難しくなってフーガになっていく傾向が見受けられます。しかしパッヘルベルはそれを3つの声部で、しかも破綻なく追いかけっこが成立するようなカノンを展開させることに成功しています。
そしてこれもすごいことなのですが、カノンのメロディそのものが非常に美しくよくできています。単純に一つの声部を取り出して演奏しても実に典雅で弾きがいのあるものとなっていて、辻褄を合わせるための経過部のようなものが殆どありません。これは実はすごいことなのです。
カノンとセットで続くジークはイギリス発祥の快活な舞曲ですが、前半に全く同じメロディを追いかけっこしていたカノンとは対称的に、ジークでは各声部がフーガとなってメロディをつむいでいきます。このあたりの工夫も、心憎い演出です。
こうしてみると、パッヘルベルの室内楽作品が現代に残されていないことが惜しまれてなりません。もしそれらが残されていたなら、今日のバロック音楽のレパートリーは更に豊かなものとなったことでしょう。
そんなわけで、パッヘルベルの洗礼日である今日は《3つのヴァイオリンと通奏低音のためのカノンとジーク ニ長調》をお聴きいただきたいと思います。ロンドン・バロックの演奏と楽譜動画とで、パッヘルベルが綾錦の如く織り上げた、イージーリスニングに留めておくには勿体ない緻密なアンサンブルをお楽しみください。