goo

「不幸な王子」(下)

      (5)
王子がくしゃみをするようになったのです。
はじめは軽い風邪かな、と誰も気にしなかったのですが、日がたつにつれ、次第に回数が多くなり、とうとう休む間もなくくしゃみをするようになってしまいました。
「ハックション、ハックション、八ァクショーン・・・」
城中に王子のくしゃみの声が響き渡ってきます。
周りの者たちはどうしたらいいのか分からず、国中の医者を呼び集めました。

しかし、どの医者が診てもどこも悪くはありません、皆頭を傾げるだけです。
その間も王子は、休む間もなくくしゃみを続けています。
「ハックション、ハックション、八ァクショーン・・・」

息を継ぐ間もないくらいにくしゃみが止まらないので、とても苦しそうです。
このままでは王子の命が危ないと、王様は国で一番のまじないしを呼びにやらせました。

まじないしはお城にやってきて、王子の様子を一目見るなり、こう言いました。
「王子はひどい病にかかって亡くなった、と国中におふれなさい。
それより手はありません」
「何じゃと、そんなことができるものか」と王様が目をむいて詰め寄りました。
すると、まじないしは説明を始めました。


       (6)
「王子のくしゃみは、国中の者たちが王子の噂をするからです。
昔から、くしゃみをすると誰かが自分の噂をしていると言うでしょう、あれです。
その証拠に皆が寝静まり、噂をしなくなる夜中に王子はくしゃみをしなくなるでしょう?」

「そう言えばそうだ、夜はぐっすり寝ておる。」王は納得しました、周りの者達も。

「もしこのまま、王子が戴冠式に臨まれるなら、式の日までに噂は国中に満ち溢れ、王子のくしゃみは止むことがなくなり、最後には息もできなくなってしまい、苦しみながら亡くなってしまうでしょう。
お願いです、王様。王子をお助けになりたかったら、王子が亡くなったと国中に告げてください。」

「じゃが、そうしたとしても、今度は王子が死んだことで国中の噂が持ちきりになるだろう。
それでは、同じではないか」

「はい、その通りです。
ですから、王子の死亡の発表と同時に新しい王を発表するのです。
この際、そこの大臣にでもやってもらいなさい。
一時は亡くなった王子を悼んで、人々は泣き悲しむかもしれませんが、すぐに新しい王の噂で、王子のことなど忘れてしまうでしょう。民とはそんなものです。
それに、大臣なら安心です。
彼なら王子が戻って来るまで、忠実にこの国を治めてくれるでしょう。」

「なんじゃと、王子が戻ってくるまでとはどういうことじゃ」

「はい、王子がこれほど人の噂に敏感になられたのは、王様が大事にお育てになりすぎたためです。
あまりに温室で育てられたせいで、もともとお優しい心が、ひ弱になってしまわれたのです。
王子は、旅にお出しなさい。
色々な国に行き、様々な人々に出会えば必ずや逞しいお方になられるはずです。
そして国に戻っていただき、王様になっていただけばいいのです」

「ふむ・・。分かった、可愛い子には旅をさせろということじゃな」

そうして、王は言われたとおりに王子の突然の病死と、代わって大臣が王位につくことを国中に伝えました。
まじないしが言ったとおり、一時は王子の死を悲しんだ者たちもすぐに新王の噂に熱中し始めました。
そして、王子のくしゃみもぴたっと止みました。



数日後、新しい王の戴冠式で国中が喜びに溢れかえる中、王子と数人の近習たちはこっそり城を抜け、旅立ちました。
さて、これが王子の幸せを探す旅になったかどうかは、またの機会に。

コメント ( 12 ) | Trackback ( 0 )