、 イエス・キリストは水のバプテスマを受けられた後、予告されていた通り、わずか3年半の神の王国の良いたより真理の証しとあらゆる病と疾患の人々を治し、贖いの死を遂げられました(マタイ3:13~17;4:23;20:28.ルカ4:43;8:1)。イエスは神エホバの深い同情心を示し、重いらい病人の人のらい病もすぐに癒されました。イエスが、エルサレムに神の王国の良いたよりを伝道しながら進んで行かれる途中、10人のらい病人を癒し、その内、イエスに感謝を表したのは、当時ユダヤ人は交渉をもたなかったサマリア人の1人だったことが、福音書のルカ書に次のように記されています。なぜ、サマリア人の1人のみが、イエス・キリストに感謝を表したのでしょうか?
「そして、(イエス・キリストは弟子たちと)エルサレムに進んで行かれる途中、イエスはサマリアとガリラヤの真ん中を通っておられた。そして、ある村に入って行かれる際に、十人のらい病人が彼(イエス)に出会ったが、彼らは遠く離れたところに立ち上がり、声を上げてこう言った。「イエスよ、先生、わたしたちに憐れみをおかけください!」。それで、彼ら(10人のらい病人)を見かけた時、イエスはこう言われた。「行って、自分の祭司たちに見せなさい」。すると、出かけて行く途中で、彼らは清められた(癒された)のである。そのうちの一人は、自分が癒されたのを見て、大声で神(エホバ)の栄光をたたえながら戻って来た。そして、イエスの足もとにうつ伏して感謝した。しかも、それはサマリア人だった。イエスは答えて言われた、「十人が清められた(癒された)のではありませんでしたか。では、ほかの九人はどこにいるのですか。神(エホバ)に栄光を帰するために戻って来たのは、この他国の人(サマリア人)のほかにはだれもいなかったのですか」。そして、その人にこう言われた。「立って、出かけて行きなさい。あなたの信仰があなたをよくならせたのです」」(ルカ17:11~19)。
上の聖句に記されている通り、10人のらい病人の請願を受けたイエス・キリストは、その十人のらい病を癒されました。しかし、イエスのところに神エホバの栄光をたたえつつ戻って心からの感謝を表したのは、当時ユダヤ人が交渉を待たなかった他国のサマリア人の1人のみでした。なぜ、他のユダヤ人の9人のらい病人は、神エホバの栄光をたたえ、イエスに感謝を表わさなかったのでしょうか。そのことは聖書に記されていませんが、恐らくユダヤ人は、イエスによって癒されたのは、同胞であるゆえに当然と考え、神エホバへの深い愛と信仰心が欠けていたと推察することができます。この事は何を示唆しているのでしょうか。
今日、イエスが指示された通り、エホバの証人のクリスチャンたちは、神の王国の良いたより真理を240の国や地域で証ししています(イザヤ43:10.マタイ24:14;28:19,20)。それでも、イエスが教えられた通り、命の道ではなく滅びに至る広くて大きな道を歩む人が多いのは、愛に欠け、霊の実の愛に基づく真の信仰心を培う、ことが出来ないからに違いありません(マタイ7:13,14.ガラテア5:22,23)。加えて、神エホバのご意志によって自分の命が存在していることを理解できない人は、心がごう慢なのかも知れません(啓示4:11)。使徒ヨハネが記している通り、「愛さない者は神エホバを知るようになっていません、神(エホバ)は愛だからです」、と教えられた通りです(ヨハネ第一4:8)。あなたも、神エホバを心から愛し、神エホバの比類のない愛に、深く感謝を表わされる方であれば幸いです(ルカ10:27)。
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