愛と公正(義)と知恵と力の源の神エホバは「貪欲な心」を忌み嫌われます。特に神エホバのご意志を守り行なう聖なる民に、「淫行やあらゆる汚れまた貪欲が口に上ることさえあってはなりません」と、諭されました(エフェソス5:3)。この教えは、一般の人々も同じように守る必要があります。そのため、イエス・キリストは貪欲、強欲になることなく、「受けるより与える方が幸福である」と、教えられました(使徒20:35)。
ルカの福音書の中には、イエス・キリストが「じっと見張って(神エホバの教えに目覚めて)いて、あらゆる強欲に警戒しなさい」と教えられた、その内容、意味が次のように記されています。
「それから、人々にこう言われた。「じっと見張って(神エホバの教えに目覚めて)いて、あらゆる強欲に警戒しなさい。満ち溢れるほどに豊かであっても、人の命はその所有している物からは生じないからです」。そうして、彼ら(パリサイ人たちと、敵対的なユダヤ人たち)に例えを話して、こう言われた。「ある富んだ人の土地が豊かに産出しました。そこで彼は自分の中で論じはじめて言いました。「どうしょうか。作物を集める場所がないのだ」。それで言いました、「こうしょう。わたしの倉を取り壊して、もっと大きいのを建て、そこにわたしの穀物と良い物をみんな集めるのだ。そして自分の魂(命・自分自身)にこう言おう。「魂(命)よ、お前にはたくさんの良い物が何年分もためてある。楽にして、食べて、飲んで、楽しめ」。しかし、神(エホバ)は言われました、「道理をわきまえない者よ、今夜、あなたの魂(命)は求められる。そうしたら、あなたの蓄えた物はだれの物になるのか」。自分のために宝を蓄えても、神(エホバ)に対して富んでいない者はこうなるのです」」(ルカ12:15~21)。
上の聖句に記されている通り、神エホバの教えに目覚めていて、「あらゆる強欲に警戒していなさい」と教えられました。なぜ「あらゆる強欲に警戒しなければならないか」について、①人の命は所有物からは生じないこと、②自分のために宝を蓄えるのではなく、神エホバに対して霊的に富んだ人となること、を教えられました。
神エホバに対して霊的に富んだ人とは、どんな人でしょうか。それは、日ごとにみ言葉を学び、その教えを守り行なう人、つまり神エホバのご意志を守り行なう人、「思慮深い人」のことです(詩編1:1~3.マタイ7:21、24,25)。さらに、「肉の業」を避け、霊の実を培い、イエスの教えられた通りに神の王国の良いたよりの真理を宣明している人たちのことです(ガラテア5:19~23.マタイ24:14;28:19,20)。私たちは、あらゆる強欲に警戒し、神エホバに対して霊的に富んだ人として是認されるように、神エホバのご意志を守り行なうようにしたいものです。
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清流に 紅葉流る 登山道 今日の一句
初冬に咲いている「バラ」