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先日、バスツアーを利用して
平家落人伝説がのこる宮崎県の椎葉村を訪ねました。
簡単なレポを全4回に分けて連載したいと思います。
よろしければお付き合いくださいませ。
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2014年10月下旬日のこと。
福岡県北九州市を早朝に発って
福岡県→佐賀県→福岡県→熊本県を通る
高速道路と一般道を経て宮崎県東臼杵郡椎葉村へ。
椎葉村にようやく到着したのは正午過ぎ。
深い深い山奥にその村はありました。
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1185年、壇ノ浦の戦いで敗れた平家の人々が
椎葉まで逃れてきたと伝わります。
けれども、源頼朝に
平家の人々が生きていることが知られ
那須与一の弟である那須大八郎に
平家追討の命が下されました。
はるばるやってきた那須大八郎が
椎葉の里で目にしたのは・・・
都での栄華とは大きくかけ離れた
平家の人々の質素な生活ぶりだったのでした。
その様子に同情し、追討を断念した那須大八郎は
やがて平家の姫君「鶴富姫」と恋仲になるものの
都へ戻るよう命じられます。
懐妊した「鶴富姫」を椎葉に残したまま
大八郎は去っていきます。
その際、
『男子が生まれたら私のふるさとに
女子だったらこの地で育てるがよい』
と言い残したのだとか。
女の子を出産した「鶴富姫」は
成長した娘に婿をとり
「那須」の姓を名乗らせたといいます。
「鶴富姫」と那須大八郎の恋物語の舞台となった屋敷は
受け継がれ鶴富屋敷としてのこっています。
現在見られる鶴富屋敷は約300年前に建てられたものだとか。
※鶴富屋敷については次の記事でご紹介します。
そんな鶴富屋敷に隣接する
旅館鶴富屋敷で昼食をいただきました。
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椎葉名物の郷土料理
山菜を使ったものが多かったです。
(みかん以外はすべて椎名村で作られたものだとか)
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ごはん。
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/26/38/cdf29d68f9086bf4e6cd652ffe1def40.jpg)
蕎麦。
おいしくいただきました。
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