かねうりきちじの横浜・喫茶店めぐり

珈琲歴四十年の中の人が、珈琲豆荷揚げ量日本一を誇る横浜港のある町の喫茶店でタンザニア産コーヒーを飲み歩きます

旧致道館~鶴岡に行って来ました⑤

2013年09月08日 | 旧ブログ記事(その他)
博物館の名前になっている致道館。



博物館から5分ほど歩いた、鶴岡市役所の前に今でも建物が残っている、もとは庄内藩の藩校の名前です。



『論語』子張篇の一節、「君子、学んで以て、そのす」(解説はここに由来するようです。

致道館は、庄内藩主酒井忠徳(ただあり)によって、1805年に創設、1816年に忠器(ただかた)によって現在地に移されます。

往時は多くの建物がありましたが、現在では・・・



儒学の祖、孔子を祀る聖廟、



生徒が講義を受けた講堂と、



藩主が「おなり」になった時に滞在するための御入間(おいりのま)があるのみです。

しかし、3棟といえども藩校の建物が残されているのは珍しく(東北地方では致道館が唯一のようです)、そのため国の史跡に指定されています。

内部は庄内藩の歴史などが解説されていますが、特に目を惹いたのがこれ。



『敬天愛人』とは西郷隆盛の座右の銘。

それを戊辰戦争で奥羽越列藩同盟の一員として新政府軍と戦った、最後の庄内藩主酒井忠篤(ただずみ)の次男、忠良(ただなが)が書いているのです。

最初はその理由が分からなかったのですが、どうも西郷隆盛の計らいで、戊申戦争後の庄内藩への処分が寛大なものとなったことをきっかけに庄内と薩摩のつき合いが深まったことが背景にあるようです。

そして、現在でも鶴岡市は鹿児島市と交流があるようです。

その交流は、西郷隆盛がきっかけとなって生まれたものであるため、2つの市は姉妹都市ではなく兄弟都市と呼んでいるようです。