大阪府の橋下(はしもと)知事が主導する「維新の会」が府議会に提出した「大阪府教育基本条例」の内容は「バカらしい」「凄まじい」としか言いようがない。こんなものが府議会の絶対多数派から提出され、可決されかねないという事実に黙っていてはならないと思う。
みなさんも暇を作って目を通してみてください。
「大阪府教育基本条例案」●http://osakanet.web.fc2.com/kyoikujorei.html
大阪では11月の末に府知事選挙と大阪市長選挙が行われる。「大阪都構想」とこの「教育基本条例案」が争点だ。
東京では「条例」を制定することなく教育委員会の「通達」を乱発して大阪の「案」と似たような教育行政が既に行われている。教育委員会が石原知事の走狗に成り果てており、公開の議論さえ行われていない。
それに比べれば橋下知事は議会・選挙と「堂々と」問題提起して議論を巻き起こしている。こちらの方が民主主義のルールに則っていると言えなくはない。
25日大阪府の教育委員のうち教育長を除く5人の委員が「白紙撤回」を求める「見解」を発表したという。可決されるなら「総辞職」するという決意も表明した。
学校や教育行政が社会の批判にさらされなければならないのは当然である。しかし、知事が市民の選挙で選ばれたからといって学校がその支配下に置かれてはたまったものではない。
教育委員の「見解」表明をきっかけに大阪府民・東京都民をはじめ多くの市民が議論に参加するなら橋下知事が引き起こしたこの騒動も多少の意味を持つことになるだろう。日本の民主主義の成熟度がいずれにしても明らかになる。
教育基本条例案に対する教育委員の見解
今回の教育基本条例案が提起されて以来、私たち教育委員は困惑と苦悩の中で、大阪の教育の発展の道筋を求め、さまざまな議論を行ってきた。教育制度の構築には、本来もっと多くの時間をかけ、各界の広範な意見を集め、しかるべき手続きを経るべきと考える。しかし、教育基本条例案が選挙の争点となるという切迫した状況下、私たちは教育委員の責任として、一つの見解を出さざるを得ない。私たちの見解は次の通りである。
「教育基本条例案は白紙撤回されるべきであり、修正の有無は関係なく、これが可決されれば、私たち教育委員は総辞職する。」
以下、その理由を記する。
1.私たちは、憲法・教育基本法を柱とする現行教育法令を尊重する。
私たちは、現行法令のもとで知事ともよく話し合い、学力向上や教育機器の整備、学校給食制度づくり、府立高校の特色づくりなど様々な成果を上げてきた。もちろん、まだ残された課題も多い。例えば、学校運営への住民参加などもある。しかし、それらについては国のガイドラインがあり、これらを無視し勝手な制度設計をすることは、現行法令の考え方に反する危険性がある。その他、条例案で提起された問題についても、現行法令またはそこに示された理念に即して、教育委員会が更なる改善を進めることが可能であり、今後も力を尽くして解決に当たるべきと考える。
2.私たちは、教育という全ての子どもたちにかかわる根本的な重要課題を、短期間の審議や選挙で決めるべきではないと考える。
私たちは府立高校の特色化を進め、それぞれの子どもたちが自分に適した力を伸ばし、たくましく生きる方策を学ぶように図ってきた。しかし、今回の条例案は、大阪府の教育の責任者である私たちの一切知らないところで準備され、その理念の根底には「競争主義・管理主義」が貫かれている。競争・管理を一面的に追及することによって教育の質が向上しないことは英米の教育改革等で既に立証されている。したがって、この条例案の現場に与えた衝撃はすさまじく、校長や教師に激しい動揺が起きているのも当然である。
また、選挙は多様な政策によって民意が問われるものであり、比較1位を争う首長選挙で、政策の一部である条例案の評価を決定するのは無茶としか言いようがない。
3.私たちは、今回の条例が生み出す教育委員会の無力化、教育と政治の一体化を認めるわけにはいかない。
今回の条例案の議論では、個々の条文に対するものが多いが、もっとも問題なのはこれら条文をつなぐ骨組みにある。修正の有無にかかわらず総辞職するという理由は、まさにそこにあるのであり、以下、条例案に沿ってその骨組みを呈示する。
条例案においては、「府立学校が実現すべき目標は知事が設定する」(第6条第2項)とされ、その目標を前提として校長が公募される(第14条第1項)。校長は教師でなくてもよく、教育活動に支障がなければ民間人で別の職業を持っていていい。任用期間も短く、学校関係者でない「外部有識者」の考えで選ばれる。教職員は、校長の指示に忠実に従い競い合うように働かなければならない。なぜなら、分限対象者になるかもしれない相対評価があるからである(第19条第1項)。こうして、全ての府立学校を知事の意のままに動かすことも出来るようになる。
さらに、このシステムを強固にする仕組みを読み取ることもできる。例えば、知事は学校環境を整える一般的権限があり(第6条第1項)、自分の考えで自由に決めることも可能である。したがって、意にそぐわない校長の学校に予算をつけない場合も生じると考えねばならない。
また、学校協議会に関しては、保護者や教育関係者の意見を反映するのはいいが、その委員は校長が決める(第11条第1項)ことになっており、校長の支持者となりやすく、特定の住民の代表になりやすい。
加えて、校長の権限強化は教職員人事で完結する。校長の意に沿えない人事を教育委員会がした場合には議会への報告が義務づけられている(第18条第3項)。権力の源泉は、予算と人事権と言われるが、この条例案により、教育委員会はこれらを失い、まさに知事の補助機関となる。
それは現行法制下の教育委員会が壊滅することであり、教育は政治そのものの一部となりかねない。そして条例制定後は、選挙ごとに教育方針が変わる。学校関係者は知事の意向や選挙の動向を絶えず気にしなければならず、政治の流れに敏感となり、校長に近い外部団体の影響が強まったりする状況が生じうると懸念される。
上記のとおり、本条例案はその内容のみならず、枠組みそのものが政治の介入を厳格に戒めようとする教育基本法や諸法規の精神に反するものである。そして、この条例案は、教育の条例と言うより日本の統治原則の変更を迫る意向を含むといえる。したがって私たちは、本条例を決して是とすることができない。
強く大阪府民のご賢察を願う次第である。
平成23年10月25日
大阪府教育委員会
教育委員長 生野 照子
教育委員 小河 勝
教育委員 川村 群太郎
教育委員 陰山 英男
教育委員 中尾 直史