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7月27日(月)晴れ一時雨
午後、雨の中、井上泰久さんが自家菜園で取れたといって野菜を届けに来てくれました。仕事があるのか、ゆっくり出来ないのが残念。
井上さんは隣町でジャズ喫茶を長くやってきました。故郷が室戸で高校の後輩でもあります。昨年の大病を克服して元気いっぱいです。上福岡の駅前ひろばを路上ライブの聖地にしようと市民のリーダーになって活躍しています。
上福岡 曼陀羅
http://www5f.biglobe.ne.jp/~mandara/
夜、アイルランドに行っていた娘が帰ってきました。本場でのU2のライブを体験して満ち足りた旅だったのでしょう。
三浦さんの論文をもう一つ紹介します。出典は昨日と同じ「北朝鮮帰国者の生命と人権を守る会」のHPです。
蓮池透「拉致 左右の垣根を超えた闘いへ」を読んで(上)
└ 2009-07-21 20:12
三浦小太郎
以前拉致被害者家族会の事務局長をつとめ、家族奪還のために北朝鮮政府に対する強硬な姿勢を主張していた蓮池透氏が、最近は対話路線に変更し、経済制裁の強化による拉致問題解決を求める家族会、救う会と距離が生じていることは、この運動に関わっている人たちの間では周知の事実です。ここで私は、まず、同氏が著した「拉致 左右の垣根を超えた闘いへ」(かもがわ出版)を読むことにより、そして私の共感できるところと、やはり進む道が異ならざるを得ない点を考えて行きたいと思います。
本書第一章の「日本政府の四つの失態」において、蓮池氏は、小泉第一回訪朝時の日本政府の姿勢を「5人生存8人死亡ということを、私たちに受け入れさせようとしました」という、日朝国交正常化優先のものであり、拉致問題を軽視したものだったことを批判しています。また、蓮池氏の弟、薫さんを含む、拉致被害者五人の日本帰国は、北朝鮮・日本両政府にとってあくまで「一時帰国」であり、それを必死の努力で日本に留め「奪還」したのは、家族や日本国民世論の力であったことも指摘しています。
この「一時帰国」に関する蓮池氏の以下の文章は興味深いものがあります。
「北朝鮮は彼らを日本に戻して、何をしようとしたのか。一つは、生きていたのだという事実を日本の国民に知らせ、そうすることで世論を沈めることです。もう一つは、親兄弟、親戚、友人達に、今後はあいたければ北朝鮮に来るように仕向けてこいということです。そういう重たい使命を背負わされて帰ってきたのだと思います。」(29頁)
そして、蓮池氏は、当時弟が北朝鮮のことを礼賛し、自分のことを「朝鮮公民」「俺は使節団だ」などと言っていたことなどを指摘しています。私が最も印象的だったのは、弟の薫さんはじめ、拉致被害者5人が、羽田空港で家族に出会ったときに誰も涙を流さなかったということでした。涙を流したら、北朝鮮での生活がつらかったことを認める事になる。だから彼らは泣けなかったのだと蓮池氏は言います。さらに、自分と弟が口論になって、同席していた母が泣いてしまった時、弟が大変狼狽した。これも「短い時間だけれど親孝行をしてこいという指令を北朝鮮から受けていて、親を泣かせるということは、その指令に反する」からこそ、弟さんは狼狽したのでした。
実は、私が知る範囲内ですが、北朝鮮から国境を超えて逃れてきた脱北者の方々は、全員、この日本で親戚に再会し、また故郷を訪れた後は喜びや懐かしさで涙を流します。それに対し、拉致被害者家族がここまで精神を縛られたまま日本に戻されていたことを思うと、今更ながら北朝鮮政府の恐怖支配の恐ろしさ、そしてこの家族たちを「一時帰国」で北朝鮮に戻そうとしていた日朝両政府、特に日本政府の姿勢は、あまりに拉致被害者の立場を軽んじていたものと思わざるを得ません。
続く、第2章「北朝鮮をどう動かすか」において、まず蓮池透氏は、日本政府の姿勢を「拉致問題を解決する戦略というものをほとんど持っていない」(51頁)と批判します。私も全く同意見です。そして、日本独自の戦略戦術も持たずにいたずらに外国に働きかけても、単に同情的な声を得られるだけで実効性はないと述べ、結局アメリカがテロ支援国家指定を取り下げれば打つ手がなくなってしまったのではないかと現状を批判します。
そして、蓮池氏の最も重要な指摘は次の点です。ここは誤解を招かぬよう同氏の文章をできるだけ忠実に引用します。
「もっと経済制裁を強めて欲しいというのは、もともと『家族会』や『救う会』が要求してきたことです。したがって、(日本)政府が制裁路線でやってきたのは、良く言えば、政府が『家族会』や『救う会』を大切にしてきたということです。一方、悪く言えば、家族の言うことだけをやっていればいいのだと、安易に考えてきたのではないかとも思う。」
「もしかしたら、家族の意向に逆らってでもやる事が、問題の解決にとって必要な場合だってあるでしょう。(中略)ところが、今の政府のスタンスは、家族の言うとおりにしているのだから、批判してもらっては困るという態度のように感じます。求めに応じて制裁をしているのだから、被害者が帰ってこなくても文句を言われる筋合いはありませんと思っているのではないでしょうか。それは、自分たちの無為無策を、家族を口実にして棚上げしているようなものです。」(55~56頁)
私は蓮池氏の最も重要な問題提起はこの点だと思います。同氏が最近しばしば述べる歴史論などは実は二義的な問題です。日本政府が単に無為無策なのではなく、一応「制裁」を実施し、家族会の意向に沿うように見えて、実はそれ以上の行動を起こさない点が事態の打開を妨げているという蓮池氏の指摘は、現在の日本政府の欺瞞性への的確な批判となっています。
日本政府は、あえて家族会や国民世論の誤解を受けようと批判されようと、北朝鮮との積極的な交渉に踏み出す姿勢もなければ、また、これは私が望む方向ですが、失踪者問題や北朝鮮の人権問題、また脱北者問題などに全面的に取り組み、北朝鮮独裁政権のみならずそれを支える中国一党独裁体制と対峙する決意もなく、ただ、救う会や家族会の意向を最低限実施することで現状をやり過ごしているのです。この時点までは、私は蓮池氏の問題提起を素直に私達は受け止めるべきだと考えます。
しかし、これ以後、ではいかにして現状を動かすか、北朝鮮にアプローチすべきかという点においては、私と蓮池氏の意見は大きく異なっていきます。
蓮池氏は経済制裁は充分な効果は挙げないと述べ、むしろ一般市民に影響を与えている、そんなことをしても北の体制に何の影響もないと述べています。この点は様々な意見があり、経済制裁の影響については冷静な議論も必要でしょう。しかし、北朝鮮は、自らが改革解放や、人権改善、拉致問題の解決の為に前進すれば各国の支援を受けられるのですから、これらの方面で全く前進が見られない以上、少なくとも日本国政府が制裁を緩めるわけには行きません。
私が不満なのは、制裁の理由が拉致と核のみであり、北朝鮮の政治犯収容所などの人権弾圧が、日本政府の経済制裁の理由として明記されていないことです。そして、韓国が李明博政権になって以後、無原則な太陽政策は放棄され、北朝鮮に向けての制裁効果は以前よりも高まっています。今後日本国政府が、現在の中国に対し戦略的アプローチを採ることができれば、北朝鮮を追い詰めることも決して不可能ではありません。
蓮池氏は、北朝鮮はそう簡単に崩壊する国ではなく、また、中国、ロシア、韓国とも協力して完全に経済封鎖できるのなら話は別だが、その局面では、金正日政権が証拠隠滅という最悪の選択をすることもありうると述べています(58頁)被害者家族として最悪の面を考えておくというお気持ちは当然です。実は、北朝鮮が仮に崩壊、少なくとも大きく政体が動揺するような事態になった場合、政治犯収容所もまた証拠隠滅のため抹殺されるという危惧の念を私たちに語った脱北者の方もおりました。しかし、その方は、だからこそ金正日体制に対し、そのような行為に及んだ場合には決して国際社会はその実行者達を許さないというメッセージを送り続けて欲しいと強く語ったのでした。
同じく、拉致被害者を仮に証拠隠滅するようなことをした場合、それが発覚すれば日本国政府は決して許さずにあらゆる行動を取る、と北朝鮮政府に通告するよう日本国政府に求めること、同時に内部からの情報収集を今すぐにでも強化することを求め、最悪の事態が起きぬよう備えることが、まず優先されるべきではないでしょうか。
蓮池透「拉致 左右の垣根を超えた闘いへ」を読んで(下)
└ 2009-07-21 20:12
そして、本書において、蓮池氏は、従来の救う会の運動が、家族の救出という原点を離れ、歴史論争や、時には北朝鮮打倒運動に向かってしまっている点を再三批判的に指摘されています。この点についても、私は当たっている面はあると思います。しかし、少なくとも私個人の立場を申し上げれば、私は北朝鮮の現独裁体制を明確に民主化、打倒すべきだと考えておりますが、それは決して拉致被害者救出運動や人権運動を政治運動に利用したいからではなく、拉致被害者の全員救出や、北朝鮮の本質的な人権改善のためには、かの体制を終局的には倒さなければ不可能だと判断するからです。
勿論、拉致被害者はそのような政治的な問題まで背負う事はできない、かえってそのような思想の人びとと共に運動をすることは、政府の対北交渉を難航させ被害者の救出を遅らせるだけであり、人権運動や政治運動は、拉致被害者救出運動とは切り離していただきたい、とお考えになるのでしたら、また、家族会、救う会の多くの方がそうお考えであれば、私は拉致問題の場からは静かに身を退くべきであろうと思います。
ただ、私は逆に、日本政府が、北朝鮮の人権問題や脱北者の問題について充分積極的にならなかったことが、結局日本国政府は、拉致問題にのみ関心を持ち、広範囲な人権問題の意識が無い国と言う誤解を招き、むしろ国際的な連携に失敗した危険性があるのではないかと考えております。確かにこれは遠回りの道に見えるかもしれませんが、北朝鮮の人権問題について、少なくとも国民運動の場では緩やかで幅広い連携を拉致被害者と人権運動や脱北者救援運動の中で形作っていくことは、それこそ『左右の垣根を超えた』普遍的な運動の芽となり、拉致被害者救出の為にも様々な好影響があるのではないでしょうか。
実は、脱北者の方々と私が北朝鮮について語るとき、常に思うのが、彼らはあの全体主義体制の恐怖支配の恐ろしさ、堅固さを数十年に渡って体験しておりますので、私などが、人権問題や民主化の必要性などを語っても、北朝鮮ではとうていありえない、崩壊も民主化などおき得ないと確信しているケースが多いのです。これは推測ですが、帰国された薫さんも、彼らと同じ意見を基本的にお持ちではないかと思われます。
私もこのような考えを決して全面否定しているのではありません。私達は脱北者や、また現実に北朝鮮での生活を強いられた被害者家族の方々の認識に対し謙虚に耳を傾けるべきでしょう。しかし同時に、その中でも、あらゆる手段を通じて、どのような圧力を人権改善やあの体制にヒビをいれるためになしうるか、また、どのような手段で拉致被害者を救出しうるか、お互いの知識と体験を生かした交流ができることを私は望んでいます。
蓮池氏は、北朝鮮への経済制裁や政権打倒運動は効果が薄い、また本来の拉致被害者救出には繋がらないというお立場からか、本書後半部で主張しておられるのは、北朝鮮と日本の現在の対立姿勢を対話と交渉に向けるため、歴史問題でも北朝鮮側の立場に対し、日本政府が日朝ピョンヤン宣言に明記した以上一定の歩み寄りや現実的な行動(補償、ということになるのでしょうが)をおこなう、再調査をこれまで提示された事実に基づき実施し、こちらも制裁を部分解除して戦略的な交渉により拉致問題を平壌宣言と国交正常化の線で解決を目指すことなどを提起しています。これらの問題提起は、現在の日本政府の無策に対する蓮池さんの一つの問題提起として丁寧に読まれるべきと思います。しかし、少なくとも、北朝鮮の人権問題と、拉致問題が完全に切り離される事が前提の考えである以上、私とは立場を異にすると申し上げざるを得ません。
日本国がまず国民の生命と人権を守る立場から、また国家主権を守る立場から、まず拉致被害者救出、特に認定した方々が優先するのは当然です。しかしそれと同時に、特定失踪者、日本人妻、帰国者、また脱北者屋北朝鮮の人権問題について開かれた視点を持ち同時に国際的に訴えていくこと、さらには中国の脱北者迫害にも抗議していく事、さらに言えば、北朝鮮を支える中国政府に対する経済交流の部分的削減や支援の停止を通じてその姿勢を変えさせていく事は、究極的なところでは拉致被害者全員奪還=北朝鮮独裁政権打倒に繋がる道だと私は信じております。その意味で、蓮池氏の多くの指摘には共感しつつも、最終部分で、私は道が離れざるを得ないものがあります。
尚、最近、蓮池氏は、私とは北朝鮮の対する認識の異なる、時には北朝鮮との国交正常化を推進すべきだという意見の方々とも時にシンポジウムに参加し、また意見を交わしています。しかし、北朝鮮との国交正常化を望む人の中には、現在の金正日政権の人権弾圧に対し、批判もまた改善要求をしたことのない方もいます。彼らは拉致問題の解決を望んでいるふりをしながら、まず国交正常化ありきであり、真の意味で拉致被害者もまたそのほかの人権問題も直視してはいないはずです。また、歴史観が仮に左派の方であれ、この守る会の多くの方のように、金正日政権の人権弾圧は許しがたいと思っている人もまた多く存在するのです。『左右の垣根』は、繰り返しますが、ただ拉致だけで超えるのではなく、あらゆる人権問題に根差して左右の立場を超えて共に独裁政権(北朝鮮のみならず中国をも)対峙する所から、左右の限界を共に乗り越えていくべきではないでしょうか。
北朝鮮独裁政権打倒、また人権・民主化要求運動は、救う会、家族会とは、時には一定の距離を保つべき場合もありましょう。しかし、おそらくその目指すゴールに大きな違いはないと思います。私たちは時には共に歩み、また時には、お互いが距離を取りながらも志は常に一つにしていく事が大切ではないでしょうか。
異論は述べましたが、私の蓮池透氏に対する敬意の念は、以前とまったく変わるものではありません。小泉訪朝以前、蓮池氏がどれだけ熱心に、国民的関心の薄かった時代地道な努力をしてきたか、また訪朝以後、あえて憎まれ役を買って出ても日本政府に厳しく迫った姿、また、弟さん夫婦を北朝鮮に戻らせない為の懸命の努力と、また地域の方々の協力など、いずれも忘れ難い姿が今も思い浮かびます。そして、私も含め、運動家達が拉致被害者を利用しているのではないかという疑いを与えてしまった面が、運動の側にもあったことは認めざるを得ないこともあります。蓮池氏の指摘の正しいと思われる面は謙虚に受け止めつつも、私なりの異論も提示させていただきました。(終)
NEWS :「世襲権力」を中国も総連も親北日本知識人も全て承認するのか?
└ 2009-07-21 04:04
金正雲の3代目世襲に対する金大中氏の論評をもう一度求める!
彼がこの厳重な民主主義の破壊事態に対して論評を出さないと、われわれは彼の「民主化闘争」の経歴とその真正性を疑うほかない。 (趙甲済)
(前略)国家情報院は、数日前、金正日の三男の金正雲が、金正日の後継者として確定した模様という報告を国会で行った。1917年、ボルシェビキ革命が成功した以後、共産国家で父子の権力世襲は北韓が初めてで、「3代世襲」は、共和国体制が成立したギリシャ-ローマ時代以後初めてだ。金正日集団は、「朝鮮民主主義人民共和国」だと詐称するが、「金氏朝鮮」が適当だ。「金氏朝鮮」も敬語の表現で、「金家犯罪集団」がより真実に近い名前だ。
この事実に対して、必ず意見表明がなければならない人々は、金大中、林東源、李在禎、李鍾奭、民主労働党、民主党、「全教組」などだ。彼らは、今まで北韓政権に対しては本質的な批判を避けながら、大韓民国と米国、そして保守層と李明博政府を猛烈に誹謗してきたことで、反憲法-反国家勢力である金正日の味方ではないかという疑いを国民に強く残していた。(中略)
李明博大統領までを独裁者だと罵倒する金大中氏が、金正雲の3代目の世襲に対して最後まで沈黙するなら、われわれは、青二才が選挙を通じず「共和国」の指導者になるのを、金大中氏が、「見識のある指導者の決断」と見て尊重すると解釈せざるをえない。それなら本質的な問題が提起される。彼が生涯護ろうとしたという民主主義的価値とは何か? その民主主義は大韓民国の自由民主主義なのか、それとも北韓式のにせ物の民主主義か?
www.chogabje.com 2009-06-12 10:34
http://news.onekoreanews.net/detail.php?number=48941&thread=02r02
韓国保守派の趙甲済氏の論考で、私は同士とは意見を異にする点も多いのですが、ここで述べられている点は基本的に共感いたします。統一日報のリンク先を興味のある方は是非クリックして全文をお読みください。
イギリスの立憲王国制や、日本の皇室のような、象徴的な権力と遠い存在ではなく、実質の独裁全体主義体制が三代にわたって世襲されるなどということは、まずこの21世紀にあってはならないことです。勿論、現段階では今だ金正雲が後継者であるか否かは判りませんが、この「独裁権力が世襲される国は民主主義国でも共和国でもない」という原則に対して、韓国の親北派同様、中国政府も、また朝鮮総連も、また未だに北朝鮮独裁体制批判を躊躇う人びともどう答えるのでしょうか。
私(三浦)は、正直、だれが後継者かと言う問題には余り興味はありません。かの体制が民主化されることが大事であって、独裁権力が誰に渡ろうが、事実上の中国の傀儡政権ができようが、それはこの人権問題の本質的解決には何ら関わりのないことと個人的には思っています。そして、日本の一部マスコミが、大金をはたいても金正雲の写真を入手しようとしたなどということは、事実報道というよりむしろ特種狙いに過ぎず、さらに愚かしいことだと考えます。
かって金日成から金正日に「世襲」が行われたとき、親北派知識人の一人、藤島宇内氏はこういいました。「北朝鮮では『革命の代を継ぐ』といって、社会主義を次代に引き継ぐ為にいろいろな分野で世代交代が進んでいる。また地域、職場、社会、国家を革命化する基本的な単位は家族の革命化だ、という考えがある。朝鮮戦争で戦死した共同農場の責任者の息子を、周囲の人たちがもり立ててりっぱな革命家に育て、父親の仕事を継がせた、といった話も多いようだ。金正日氏は抗日パルチザンの両親の血を引く革命家であり、こうした北朝鮮国民の考え方の中心的な典型として、後継者に押し出したのだろう。」(1980年10月18日朝日新聞)
小田実氏は、一応世襲はよくないと批判するそぶりはした上でこう述べています。
「最近、北を訪問した在日朝鮮人の友人の『金正日氏は芸術に理解が深い、リベラルな人柄で、若い世代に人気がある。官僚主義者が後継者になるよりずっとましだ』という話を面白く聴いたよ。彼を北朝鮮の若い世代の代表と考えてみてもいいんじゃないか」
この小田氏の発言を笑うのは簡単ですが、同時に私たちも、「金正日が死ねば後継者は自然と改革に向かうのではないか」という楽観論は捨てましょう。私たちは誰が後継者になろうとなるまいと、全体主義体制と民主主義国家は共存し得ないのだという原則を踏まえていくべきです。
まあこういう発言はもう出ないでしょう。しかし、今から30年前は、こういう噴飯ものの発言が「専門家」としてまかり通っていたわけです。しかし、ジャーナリズムが今も尚、基本的な北朝鮮の政治体制の問題点よりも、後継者予測などに走りがちなのは残念。(三浦)