稽古なる人生

人生は稽古、そのひとり言的な空間

往馬玄武会、長正館一刀流、宝剣会(2019年11月2日)

2019年11月03日 | 剣道・剣術
朝、同門のK芦さんから着信がり、掛け直しても出なかったので
「ああこれは往馬玄武会の稽古に来い」ということなんだな・・と思ってしまった。
(K芦さんは審査のための強化稽古で先週も行き、今週も行くつもりと聞いた)

実は、近大剣道部OB(梅門会)のⅠ山さんが最近稽古に復帰していると、
先週聞いたので、久々にお顔を拝見してお稽古願おうと思ったのだ。

で、あわてて準備して生駒の武道館まで。
行ったら同門のK芦さんは来ていたがお目当てのⅠ山さんは欠席だった。
稽古は回り稽古のみ参加。五段審査挑戦中のH名さんを重点的に指導した。


(行った時には基本稽古が終わって回り稽古が始まろうとしていた)


(往馬玄武会の稽古のあとは、続いて生駒一振館の稽古が始まる)

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夕方は小野派一刀流。長正館中野中学校。
見学者2名あり。初心者1名あり。
面倒を見てたら一般の稽古をみる時間が無くなった。



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夜は生駒に戻って宝剣会。行くと3人しかいない。私を入れて4人。
地稽古も終わりかけで、石丸師範に切返し、打ち込みのあとで地稽古。
最後に切返しをしてから休みなしで五段2名と地稽古だった。

ここの稽古が心臓に一番キツイかも知れない。




【感想・反省点】

毎回言われるのが「背も大きいし体格あるんやから遠間から真っ直ぐド~ンと打ってこい」
というアドバイスである。ド~ンと打ちたいが、100%、必ず頭上で受けられ返し胴を食らう。

ともかく間合いが近い。
打ってきたのを胸に突いても意に介さず、
頭上に防いだ小手を打っても屁とも思われていない。
もちろん胴を(見事に)抜いても駄目なのだ。
最初の頃は、間合いを取りたくて後ろに下がるしか無かった。

まあしかし、昔のようにボコボコにされることは無くなった。
打たれても良し、打てなくても良しで、いかに崩さないようにするかのみだ。
コメント
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