【広大な回遊式庭園に、手入れが行き届いた個性的な松が1000本も】
日本3名園といわれるのは金沢・兼六園、岡山・後楽園、そして水戸・偕楽園。だが、四国・高松市の栗林公園はそれら3庭園より立派ともいわれる。明治時代の小学校の教科書にもこう紹介された。「木石ノ雅趣却ツテ批ノ三公園ニ優レリ」(明治43年「高等小学読本」)。その栗林公園には随分以前に一度訪れたはず。ところがどんな庭園だったのか、とんと思い出せない。というわけで高松を訪ねたのを機に栗林公園に向かった。
JR高松駅から高松城跡(玉藻公園)を回った後、アーケードが縦横に走る中心商店街を南下し栗林公園の東門から園内へ。16世紀後半に地元の豪族佐藤氏によって築庭されたのが始まりといわれ、400年という長い歴史を誇る。広さは75ヘクタールで、全国36カ所の特別名勝の中でも最大。紫雲山を背景に6つの池と13の築山を配し、年中1000本といわれる松をはじめハスや花ショウブなどが来園者の目を楽しませてくれるという。
大きく分けて北庭と南庭があるが、今回は南庭のお勧めコースを中心に散策。入園してまっすぐ進むと「お手植え松」(上の写真㊧)があった。背の高い5本の松は大正時代に来園した秩父宮さまや高松宮さま、英国のエドワード・アルバート王太子ら5名が植樹された。その近くの「鶴亀松」(㊨)は110個の石で亀をかたどった岩組の背中に鶴が舞うように黒松を配したもので「百名松」とも呼ばれる。
その南側に屏風のようにそびえる高い松並木があり、その前面には箱の形に切りそろえられた並木が続いていた(上の写真㊧)。それぞれ「屏風松」「箱松」と呼ばれる。箱松について「樹芸の粋を極めたもので、ほかに見られない本園ならではの景観」との説明が添えられていた。「夫婦松」(上の写真㊨)は赤松の幹の下部から黒松の枝が張り出すことから、その名で呼ばれる。一口に松の木が1000本といっても、幹の形や枝ぶりは1本ずつみんな異なり実に個性的。お互いに立ち姿を競っているようにも見え、景観の変化はまさに〝一歩一景〟だった。北湖のそばでは1本の大きな松を6人がかりで剪定していた(下の写真㊨)。この名園が長く高い評価を保ってきたのも長年の丹精込めた手入れの賜物だろう。
松といえば、高松城跡の三の丸に広がる「披雲閣(ひうんかく)」庭園(下の写真㊧)も老松などを巧みに配置した見事なものだった。大書院の北側には巨大な「銀閣寺型手水鉢」(㊨)。幅・奥行き約1.5m、高さ約2m。重量は約11トンもあるそうだ。高松城跡では8年がかりで行われてきた天守台の修復工事が2013年に完成し公開中。今後天守閣の復元が期待されており、中心商店街にも「高松城復元 10万人署名運動にご協力を」という復元を進める市民の会の大きな横断幕が掲げられていた。