【その池は〝摘草〟の古跡「雪消沢」だった!】
梅雨入り間近の奈良地方でもこの1週間ほどは最高気温が30度を超える真夏日が続いた。まだ6月前半なのに、熱中症に気をつけてといった声さえ聞こえてくる。そんな中、奈良公園では9日の昼下がり、鹿たちが暑さしのぎのため池の中で水浴びする光景も見られた。その場所は奈良公園内で最大の芝生広場が広がる飛火野園地の一角。春日大社の表参道の南西端に当たる。
十頭あまりの鹿が池の中に入って涼をとり、中には池に浮かぶ小島の草を食む鹿もいた。小島には小さな石碑。「雪消澤古蹟」という碑文が刻まれていた。古跡? はてな。飛火野園地は正月の「春日の大とんど」の場所として知られ、クスノキの巨樹の根元には「明治天皇玉座跡」という石碑も立つ。通りがかりによく立ち寄ってきた広場だが、この池は気にも留めず通り過ぎていた。後で調べて、この湧き水の池が古くから歌にも詠まれた知る人ぞ知る有名な場所だと分かった。
碑文「雪消澤」は「ゆきげのさわ」と読む。ここは古い時代から雪が消えた早春に若葉を摘み取る〝摘草〟の名所として知れ渡っていたという。今でこそ雪が降ることはめったにないが、昔は奈良でも結構よく降っていたのだろう。平安時代後期の公卿、藤原仲実(1064~1122)は歌集「堀河百首」の中にこんな歌を残している。「春日野の雪消の沢に袖垂れて君がためにと小芹をぞ摘む」。水浴びしていた鹿たちのおかげで、この場所の由緒を初めて知ることができた。少し離れた日蔭では鹿のお母さんが鹿の子(かのこ)模様の生後間もない小鹿に寄り添い、しきりに毛づくろいをしていた。