神のお告げのあった西の国を討つ計画の吉兆を川の魚に占った神功皇后は、早速、実行に移すため、神祇を祀るための米を作るための神田を定め、那珂川からそこまでに通じる溝を掘られたのです。
“時引儺河<ナカガワ>水、欲潤神田而掘溝”
その途中“迹驚岡<トドロキノオカ>”まで来た時、大磐(岩)が塞ぎ溝を通すことができませんでした。さて、どうなることでしょうか、現在なら、ダイナマイトを使って、簡単に、いかに大岩であろうと爆破することができるのですが、なにせ、卑弥呼の時代です。250年頃のお話です。そんな大岩等を壊すことは不可能です。でもそこが不思議なのですが不可能を可能にする力を持つ男が皇后の前にはいたのです。誰を隠そう「武内宿禰」だったのです。神が懸りの力を持っていたと伝えられておる男です。彼は、先ず、
“捧劒鏡令禱祈神祗而求通溝”
「剣と鏡を捧げ、神に溝を通せるように大岩を壊してほしいと祈ったのです」
この「剣と鏡」ですが、あの木梨軽皇子と衣通媛とが最期の時に歌った歌にもあるように、古代の人々が神に祷る時には、大方は、真玉か鏡を斎杙<ミクイ>に懸けるのが普通のようでした。しかし、この時、武内宿禰が使ったのはどうしてかわ分からないのですが、「神剣」でした。それはこれから行われようとする戦いの戦勝祈願でもあると思われるので、敢て、「真玉」でなく、剣を斎杙に掛けたのではと想像できます。