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コジキジゲン

「原曲の歌詞の文字」の不理解・・・

2024-03-09 22:59:38 | 古事記字源
 歌詞の
 にほん語のカシのガンジ表記と
 にほん語のエイ語の片仮名表記と
           アルファベットの表記
 ・・・音楽の旋律は「原曲の歌詞の文字」が理解できなくても・・・
 カンジる不思議・・・
 子供のころは外国の洋曲の歌詞は勿論
      、日本の歌謡曲、演歌、艶歌、怨歌の歌詞の意味は全く理解できなく
 音曲の旋律だけが耳の底の「喜怒哀楽」の感覚、感情記憶に残った・・・
 PCのモニターには歌手や演奏者、ダンスの画面が出てくる・・・
 音がなくても・・・彼ら彼女らの顔の表情や身体の動きで
 その感情が「視覚的」に、そして「無トーキ」なのに「聴覚的」に
 ボクの感情が反応してしまう・・・不思議・・・
 「GiGi」さん、「Vanny Vabiola」さん、「島津亜矢」さん
 そして
 「川井郁子」さん・・・



https://www.youtube.com/watch?v=AdpQ5R-u6fQ




https://www.youtube.com/watch?v=nKSmD0Qo5kY&list=RDMM




https://www.youtube.com/watch?v=x3pcJF0iNZ4



https://www.youtube.com/watch?v=9_5nTgS9qeg



https://www.youtube.com/watch?v=fgFLBu-BgY4
ー↓↑ーーー
(ユカリとオジさんの世迷い言・2)
古代エジプトの神々(1)・絵字符都・『埃及』(1)・(42)
http://web.archive.org/web/20080501061632/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kojiki42.htm


 ↓↑   ↓↑
エメラルドブルーの謎  (碧き眼の人形伝説)  奈井江 五郎
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑

 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」

 ↓↑
 メリキリの - YouTubehttps://www.youtube.com/watch?v=7xgS0oJhhe8



↓↑
 モモちゃん
https://www.youtube.com/watch?v=W00rHNN2zMQ

 ↓↑
 モウ君の総合目次
 ↓↑

  コジキ姫赤い絨毯に乗る(m)

 ↓↑
 古事記と虎関師錬
 ↓↑鉄腕アトムのロボット法を思い出してこれを貼り付けてみたけれど・・・


オジタリアンと「鉄腕あとむ」の「ポ


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「多 品治」の子供、「太 安萬侶」・・・壬申のラン

2024-03-08 22:14:44 | 古事記字源
 夕方が重なった「多」って、ナに?
 「太-乙-貴人」
 「太乙神数=諸葛孔明が大成した占術
  国家の将来を予見する「測局占」
 「太乙神数・六壬神課・奇門遁甲」=「三式」

 天乙(テンイツ)の実体・実態
 紀元前1600年頃
 「殷=商」王朝の初代王
 名  履(リ)・・・・・・・・履歴

 姓諱 子履(シリ)
 殷墟出土の甲骨文占卜には
 「大乙」・・・「太乙」
 名は唐、成
 「湯王(湯)=太乙=成湯=成唐」
 『詩経』商頌で・・・商(あきない)の頌(うた)?
           周の時
           滅亡した殷 (イン=商)の子孫が
           先祖をまつって歌った詩
          「頌」=神をたたえて歌う歌
           周頌・魯頌・商頌
           は周、魯、商(殷)の祭歌 
 「武湯=武王」
 中原の覇権を得
 「亳(ハク・バク)」・・・地名・殷(イン)の都の名
                 漢代の宿場の名
 に王都を築営
 「史書の天乙」
 『史記』殷本紀
 天乙は
 「夏」の最後の暴虐な王
 「桀」
 を追放し滅ぼした
 「夏の臣」であった「天乙」は
 「伊尹」の補佐を受け
 「鳴条の戦い」で
 「桀」を攻め滅ぼした
 『書経』商書に
 「桀」を滅ぼす時に諸侯に向けて
 演説したとされる
 『湯誓』がある
 「天乙」は
 「夏の禹」
 「周の文王、武王」
 と並び聖王として後世に崇められている
 徳は高く「鳥や獣」にまで及ぶと言われた
 夏を滅ぼした後
 七年間の大日照りで洛川は枯れた
 「湯王」は
 「桑林」まで出かけて
 神を祀り
 「爪と髪」を切り
 みずからを犠牲として捧げる心で上帝に祈願し
 大雨が降り国中が潤った・・・
 ↓↑
 天乙貴人
 日干  ⇔年月日時の各支
 ↓    ↓ ↓
 甲戊庚 ⇔丑・未
 丙丁  ⇔酉・亥 
 乙己  ⇔子・申
 辛   ⇔午・寅
 壬癸  ⇔巳・卯
 ↓↑
 3月8日・金曜日・・・
 2024年3月8日14時・金曜日
 ↓↑
 2024年 干支 41 甲辰(乙・癸・戊)年
 3  月 干支 04 丁卯(甲・ ・乙)月
 8  日 干支 08 辛未(丁・乙・己)日
 ↓↑
 9  日 干支 09 壬申(己・壬・庚)日⇔3 月丁卯月・天乙
 10 日 干支 10 癸酉(庚・ ・辛)日⇔3 月丁卯月・天乙
 めでたし、めでたし・・・
 ↓↑
 本日は朝からガンガンンの晴天日・・・だったが
 風呂場の水道管が凍結・・・
 風呂場に温風機を設置して
 14時ころに「カイトウ(解凍)」・・・回答?
 蛇口から水が噴出、激出・・・
 「風呂場・浴室」・・・湯水の沐浴の場のヘン

ー↓↑ーーー
 十二支×日干=十二運
 ↓↑
 →胎(妊娠)→養→長生→
 ・・・子宮内の胎児期間

 →「沐浴(誕生時の湯浴み)」→
 ・・・嬰児(エイジ)=生まれたばかりの赤ん坊
           =緑児(みどりご)
    大宝律令三歳以下の幼子(お-さなご)
    701年制定『大法令』
    3歳以下の男・女児を「緑児」と称するとの規定
    「みどりこ」
    のみどりは
    もともと新芽や若枝の意の具体名詞であったとされ
    その生命力あふれる新芽のように
    生まれたばかりの児という意で
    用いられたと考えられる・・・?
    「みどり=あお」の同義時代の産物だろう・・・
    蒙古斑点を有する
    ちのみご・乳児=授乳開始
    それにしても
    「嬰=賏+女
       貝+貝+女=エイ=英」
       目+ハ+目+ハ+く+ノ+一
      =孆=女+嬰
      =孾=孑+嬰
       エイ
       あかご(赤子)
       ふ(攖)れる
       みどりご(嬰児・緑児)
       めぐ(廻・輪)る
       生まれたばかりの子
       めぐる・めぐらす・ぐるりと取り巻く
       かける・首にか(懸)ける
       ふれる(攖る)・さわ(触)る
       音楽で、音階を半音高くすること
     櫻=木+嬰=さくら=桜
         賏=⺍・ツ
           略字・・・川・炎・吅
           吅=口+口=ケン・コン
             口々に言い合う
             言い争う=「訟」
             喧(かまびす)しい
             がやがやと
             騒々(ソウゾウ)しい
             わいわいと煩(うるさ)い
            =「喧」・喧騒

           品=口+吅=ヒン・ホン
             しな=𠯮
             多くの物・様々な物
             もの(人や物)の
             本質・価値・程度
             人格・品質のレベル
             ものの値打ち
             価値・程度・等級
           𠱠=吅+口=レイ・リョウ
             多くの鳥や人の声
             騒めき
           兴=⺍+一+ハ・・・挙手
             キョウ・コウ
             おこる・おこす・おきる
            =興・𦥷・㒷・𢍯・𨑁
             起き上がる、すっくと立つ
             持ち上げる、高く挙(あ)げる
             揚(たか)ぶる・高揚する・
             盛り上がる・盛んになる
             栄える           
           学=⺍+冖+子=學=斈
           學=⺽+爻+冖+子
             ⺽+㐅+乂+冖+子
             ⺽+㐅+丿+乀+冖+子
         賏=貝+貝
           エイ
           貝を繋いで作った首飾り
 →冠帯→臨官(建禄)→
 ・・・幼児→少年少女→成年(大人)

 →帝旺→衰→病→死→墓→絶→
 ・・・壮年→中年→老年→臨終→
ー↓↑ーーー
 多 品治・・・おほのほんじ・・・???
     ・・・おほ 覆い・被い・蔽い・太い
        の  乃・之・廼・野・盧・埜
        ほん 本・翻・叛・反・奔・phon
        じ  字・示・事・時・地・氏・爾・辞・柿
           ぢ
       多くの
      「ほん=翻字・本字・本寺」・・・
      「ヒン=斌・瀕・頻・貧・嬪・牝・濱・邠・份」+字・・・
       ↓↑
       ヒンシ=品詞・瀕死・斌氏・賓氏・濱氏
       品(しな)=囗+囗+囗・・・三國
             国+國+𡈁・・・圀+邦+那
             くに=六合・久邇・匡・邑・故郷
ー↓↑ーーー
 ニホンゴ  のヘン
 カンジ   のヘン
 ナマエ   のヘン
 コジキ   のヘン
 ニホンショキのヘン
 ↓↑
 時代 飛鳥時代
 生誕 不明
 死没 持統天皇10年 (696年) 8月?
 官位 小錦下
 主君 天武天皇→持統天皇
 氏族 多臣→多朝臣
 子 安万侶?
 ↓↑
  多    品 治
 (おお の ほんじ)
 (おほ の ほんじ) 
 旧仮名遣いの読み
 「おほ の ほむぢ」
 漢字音
 「タ    ヒンチ」・・・
  ダ    ビンチ」
  ダ    ピンチ」・・・?
  レオナルド(Leonardo)
  ダ・ヴィンチ(da Vinci)
  1452年4月15日(ユリウス 暦)・・・壬申年
  1452年4月24日(グレゴリオ暦)
  ~
  1519年5月02日(ユリウス 暦)
  1519年5月12日(グレゴリオ暦)
      大運1513年2月(60歳)⇔庚戌・食神
  壬 申(戊壬庚)偏財・食神 病⇔己卯・劫財
 ┏癸┏卯(甲  乙)正財・正官沐浴⇔戊辰・比肩・害
 ┗戊┗辰(乙癸戊)  ・比肩冠帯⇔丁丑・印綬
  癸 丑(癸辛己)正財・劫財 養⇔辛丑・傷官
    戌亥空亡
  ↓↑
  フィレンツェ共和国(イタリア)の科学者・芸術家
  フルネーム
  レオナルド・ディ・セル・ピエーロ・ダ・ヴィンチ
 (Leonardo   di  ser Piero   da  Vinci)
ー↓↑ーーー
 1452年
 干支 「壬申 年」・・・壬申
 ↓↑
 日本
 宝徳四年
 享徳元年七月二十五日
 (ユリウス暦8月10日)
 皇紀2112年
 ↓↑
 中国
 明
 景泰三年・・・・・・・・景泰-纂撚(捻)
 朱徽煠
 玄元元年・・・・・・・・玄元(もともと)原産
(景泰二年旧十二月)・・・景の泰(碓・台=臺・対・他意)
 ↓↑
 朝鮮
 李氏朝鮮・・・・・・・・李=木+子
 文宗二年・・・・・・・・文の宗・似捻(鮎)
 ↓↑
 誕生
 4月15日-レオナルド・ダ・ヴィンチ
     イタリアの画家・科学者(~1519年)
 4月19日-フェデリーコ1世、ナポリ王(~1504年)
 7月27日-ルドヴィーコ・スフォルツァ、ミラノ公(~1508年)
 ↓↑
 室町時代
 愛洲久忠 -兵法家(~1538年)・・・・・・・愛の洲
 猪苗代兼載-連歌師(~1510年)・・・・・・・猪の苗代を兼載
 勧修寺政顕-公卿(~1522年)・・・・・・・・監修字(事・時)
 熊谷膳直 -安芸熊谷氏の当主(~1515年)・・熊が多似
 小早川敬平-沼田小早川氏の当主(~1499年)・経併
 田向重治 -公卿(~1535年)・・・・・・・・多項拾字
 名和顕忠 -名和氏の第19代当主(~?)・・・名の話し顕す注
 古市澄胤 -文人(~1508年)・・・・・・・・越し当てる韻
 山科言国 -公家(~1503年)・・・・・産科・参加が言う語句
ー↓↑ーーー
 多 品治
 ↓↑
 姓 始め臣
   後に朝臣
 672年
 「壬申の乱」
 「大海人皇子(天武天皇)」
 の側
 「莿萩野」
 を守って敵を撃退
 冠位 小錦下
 ↓↑
 「多品治」
 「美濃国の
  安八磨郡(安八郡)の
  湯沐令」
 皇子の生計を支える
 封戸管理の役職
  「湯沐令=湯沐邑(トウモクユウ・ゆ-の-むら)」
       古代中国と
       飛鳥時代~平安時代までの
       日本で
       一部の皇族に与えられた領地
       国と時代により実態が大きく異なる・・・?
       概念違い
 ↓↑
 中国の湯沐邑(トウモクユウ)
 周代
 周の制度として始まり
 文献初見
 『春秋公羊伝』隠公三年三月条
 「邴(ヘイ)」は
 「鄭の湯沐邑」
 天子が泰山を祭るとき
 諸侯もみな泰山の下に従い
 諸侯はみな湯沐のために邑を持つ
 『礼記』王制篇に
 「方伯」が
 天子に朝するときには
 みな天子の県内に
 「湯沐の邑」を持つ
 名目は
 「斎戒沐浴」
 遠くから来る諸侯と従者、使者の滞在に
 必要なものを現地で満たすために与えられた・・・
 ↓↑
 戦国時代・漢代
 『史記』信陵君伝
 「湯沐邑」は君主が与える領地を意味
 「魏無忌(信陵君)」が
 趙の王から
 「鄗(コウ)を
 「湯沐邑」として与えられた
 前漢の高祖
 「劉邦」は皇帝になって
 「朕は
  沛公からはじめて暴虐を誅し・・・ハイコウ=沛公
  ついに天下を得た」
 とし挙兵の地である
 「沛(ハイ)」を自分の湯沐邑にして
 「沛」の税や労役負担を軽減
 生地である
 「豊」も同様にした
 その後
 皇族が
 「湯沐邑」を与えられた
 ↓↑
 前・後の漢代
 「湯沐邑」を与えられたのは
 皇太子・皇后・皇太后
 廃王・廃王女
 公主・王女
 皇后の生母
 太子の「湯沐」は
 『後漢書』班彪伝に
 旧制で10県
 『漢旧儀』には
 皇后・太子は各40県を食み
 「湯沐邑」という
 皇族男子は通常諸侯王や列侯になって
 与えられた領地を統治
 それ以外の皇族に
 「湯沐邑」が与えられ
 「統治権」を持たず
 税収を手に入れるだけだった
 湯沐邑を与えられたのが
 皇族女子と
 廃王に偏るのはこのため・・・
 ↓↑
 日本の湯沐邑(ゆ-の-むら)
 「湯沐邑」の
 「丹治部」・・・「多治部」?
 平安時代初期
 815年
 『新撰姓氏録』
 「諸国に多治部を定めて皇子の湯沐邑にした」
 「皇子=反正天皇」で
 「多治部」を宰領した者が
 「丹比連」を名乗り、
 「丹比氏」のはじまり・・・
 「名代・子代」を
 9世紀初めの制度に呼び替えた・・・
 ↓↑
 「壬申の乱」
 の
 「湯沐邑」
 『日本書紀』巻28
 「壬申紀」
 は
 「天武天皇元年(672年)の一年間」
 「湯沐令」の言及が2箇所
 「湯沐」の言及が1箇所
 「湯沐邑」という語は無い
 「湯沐=湯沐令」は「湯沐邑」から派生した語・・・
 ・・・漢語漢字の意味からは・・・
 「湯水を沐浴する邑」だろう・・・?
 「唐王朝」に
 「湯沐邑」は無かった
 「日本の湯沐邑」は
 「漢代の制度」からとった・・・模倣した
 ↓↑
 「大海人皇子=天武天皇」は
 六月二十二日
 使者を
 「安八磨郡(安八郡)」の
 「湯沐令(ゆのうながし)」の
     ・・・令=促し・うながし・催促・促進
 「多 品治」に
 兵を挙げ
 「不破道」を塞ぐよう命令
 これを受け
 25日までに
 美濃の兵3000が
 「大海人皇子」のために
 「不破道」を塞ぐ
 この兵は
 「湯沐邑」の兵力・・・
 美濃国全体の兵力とする・・・説
 「安八磨郡の湯沐邑」が
 真っ先に軍事行動を起こした
 24日
 「大海人皇子」は伊勢に向かう途中
 「菟田郡家」のそばで
 「湯沐の米」を運ぶ伊勢国の駄50匹に会合
 25日
 伊勢の
 「鈴鹿郡家」で
 国司守の
 「三宅 石床」・・・石床・岩床・・・床=广+十+八
        ・・・岩舞台
        ・・・磐部隊・・・磐余彦?
 「介」・・・国司(コクシ・くにのつかさ)
       古代~中世
       地方行政単位の国を支配する中央派遣の行政官
       官吏の四等官で
       守(かみ)・・・かみ=カミ=加味・紙
            ・・・上・髪・香美・神
       介(すけ)・・・カイ
       掾(じょう)・・大掾・掾・少掾の3等級
               椽≠掾=扌+彖
                   エン・下役
                   彖=タン・豚、豬が走る
                   易の各卦の意味の総論
               椽=木+彖
               テン
               たるき・・・樽木・墫器・足記
            ・・・多留木・桷・榱・棰=木+垂れる
               垂れ記=山上の垂れ=キリスト
               屋根を支えるために
               棟から軒にかけ渡す木材
       目(さかん)
       を指し、その下に
       史生(シショウ)
       博士
       医師
       などが設置され
       広義では国司の中に含めて扱われていた
  の
 「三輪 子首」・・・三輪   子首
          (みわ の こびと)
           別表記
           大三輪  真上田  子人
          (おおみわのまかむだのこびと)
           神    麻加牟陀 児首
          (みわのまかむだのこびと)
           死後
           大 三輪 真上 田 迎
          (おおみわのまかむだのむかえ)
           と諡され
           諡されたと明記された最初の人物
           姓は君
           冠位は贈内小紫。
 「湯沐令」の
 「田中足麻呂」
 「高田新家」
 が出迎えた
 ↓↑
 「後の律令制」の下での
 「食封」の規模をあてはめれば
 「湯沐邑」は
 「安八磨郡」の一部ではなく
       郡全体にあたる・・・
 その郡の範囲は
 後の池田郡も含まれる
 「田中足麻呂」については
 「多品治」と同じく
 「安八磨郡の湯沐邑の令」・・・説
 伊勢国に別の湯沐邑があった・・・説
 ↓↑
 「後の律令制の湯沐邑」は収入源でしかない
 「壬申の乱時代の湯沐邑」は
 大海人皇子と密接関係があった・・・
 ↓↑
 「律令制の湯沐邑」
 東宮(皇太子)と
 中宮(皇后)のために
 「湯沐邑」が設置
 東宮が湯沐邑を経済的基盤として
 国家に対抗することを防ぐため
   ・・・「湯沐邑=領地の人員・兵員・軍事力」
       反乱の要因=湯沐邑」・・・
 大宝令、養老令制定時には
 中宮のみ2000戸の
 「中宮湯沐」が設置
 東宮には
 「湯沐邑の代替」として
 毎年
 「東宮雑用料
 (絁300疋・(真)綿500屯・糸500絇
  調布1000端・鍬1000口・鉄500廷)
 が支給された(禄令封戸条)
 「光仁天皇」の時代
 「山部親王(桓武天皇)」
 のために特に
 「東宮湯沐」1000戸が与えられ
 延喜式の段階では
 「東宮湯沐」として
 中宮と同様の2000戸が支給されるようになった
 (『延喜式』春宮坊、東宮雑用料も併給)
 令制では別に
 「封戸」があり
 他の皇族と臣下に与えられた
 「封戸=湯沐」
 実質、同じ概念・・・同義異字
 「大海人皇子」は
 反乱行動をおこす2日前
 六月二十二日
 「村国男依」
 「和珥部君手」
 「身毛広」
 は3人で美濃に先行するよう命令
 任務は
 「多品治」
 に連絡し
 「安八磨」郡を挙兵させることで
 美濃の兵3千が
 「不破道」を塞いだ
 七月二日
 美濃に入った「大海人皇子」は
 軍をそれぞれ数万の二手に分け
 一軍を伊勢国の大山越えで大和国へ
 一軍を直接近江国に入らせる
 「多  品治」は
 「紀  阿閉麻呂」・・・阿を閉じる麻の呂?
 「三輪 子首」・・・三輪 子首(みわ の こびと)
           大三輪真上田子人
          (おおみわのまかむだのこびと)
           神麻加牟陀児首
          (みわのまかむだのこびと)
           大三輪真上田迎
          (おおみわのまかむだのむかえ)
           と諡された
           諡されたと明記された最初の人物
           姓は君
           冠位は贈内小紫
 「置始 菟」・・・置始 菟 (おきそめ-の-うさぎ)?
           姓は連・冠位は贈小錦上
          「壬申の乱」で
          大和方面への増援軍の指揮官の一人
          騎兵を率い
          二度にわたって味方の危機を救った
 と共に
 大和に向かう軍を率いた

 「多 品治」は別に命令を受け
 3千の兵と共に
 「莿萩野(たらの)=伊勢の国北部・伊賀」・・・伊賀忍者の里?
 に駐屯、伊賀は
 「大和 - 伊賀 - 伊勢 -美濃」と連絡線上
 「田中 足麻呂」が
 「近江 - 伊賀」を結ぶ
 「倉歴道」
 を守る位置についた
 ↓↑
 大友皇子(弘文天皇・伊賀皇子=大友皇子)側の将
 「田辺 小隅(たなべ の おすみ)」
 は・・・  「たなべ-の-をすみ」=「百済」系田辺氏
 五日
 「倉歴」に夜襲
 守備兵は敗走し
 「田中 足麻呂」は一人逃れた
 「小隅」の軍は翌日
 「莿萩野」を襲おうとしたが
 「多 品治」
 はこれを阻止し追撃した
 「田辺 小隅」は一人免れて逃げた
 ↓↑
 十二月四日
 勲功者にで冠位を増し
 「小山位以上」をあたえた・・・
 天武天皇十二年(683年)十二月十三日
 「多 品治」は
 伊勢王
 「羽田 八国(羽田 矢国)」
 「中臣 大島」
 と共に
 判官・録史・工匠
 など部下を引き連れて全国を巡り、諸国の境界を定めた
 「多 品治」の位は
 「小錦下」
 ↓↑
 天武天皇十三年(684年)十一月一日
 「多 臣(おみ)」など52氏は
 「朝臣(あそん)の姓」を賜った
 天武天皇一四年(685年)九月十八日
 天武天皇は
 皇族・臣下と
 「大安 殿」で博打をして遊んだ。
 天皇は大安殿の中に
 皇族と臣下は
 殿の前に位置した
 「多 品治」
 は
 天皇の衣と袴を与えられた「十人の中の一人」
 であった
 持統天皇十年(696年)八月二十五日
 「多 品治」は
 「直広壱(正四位下相当)の位」
 と物を与えられた
 『和州五郡神社神名帳大略註解』巻4補闕
 に所収されている
 久安五年(1149年)謹上の
 「多神宮注進状」によれば
 「太安万侶」
 は子と記載
ー↓↑ーーー
(ユカリとオジさんの世迷い言・2)
古代エジプトの神々(1)・絵字符都・『埃及』(1)・(42)
http://web.archive.org/web/20080501061632/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kojiki42.htm


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エメラルドブルーの謎  (碧き眼の人形伝説)  奈井江 五郎
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 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の移転先・・・
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 ボクの「古事記字源」の発端・・・
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 干支歴
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 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」

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 モモちゃん
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あんた、ダレさ?・・・彼は、誰なんだ?

2024-03-07 19:06:21 | 古事記字源
 「彼は誰時(かは-たれ-どき・・・
    か-わたれ-どき)」・・・?
      「蚊=中+ム+文
        渡れ・亘れ・渉れ・亙れ・倭足・話垂れ
           時・土生・土岐・怒気」・・・?

 ↓↑
 島津亜矢
https://www.youtube.com/watch?v=UUVrZzQZtWM
https://www.youtube.com/watch?v=UUVrZzQZtWM&list=RDUUVrZzQZtWM&start_radio=1

 ↓↑
 午后の黄昏(たそがれ)・・・誰そ彼?
 馬の皇后の「誰そ彼」
      (たそがれ・コウコン・wilight)
 ・・・あんた、ダレさ?・・・彼は、誰なんだ?
 アイツは「P」でも、「S」でもない・・・
 「魯西亜の本者」でも、「中華の本者」でもない
 文明文化を破壊する
 「贋モノ=にせもの=偽モノ」
   物=牛+勿(モチ・ブツ・なかれ)
   者(シャ・もの)=土(十+一)+ノ+日
   者=者+丶
     耂+日+丶
     「は・ものは・とは」
     主語を強調する助字
     発音はしない
     今者(いま)・昔者(むかし)
 ↓↑
 「どうか…してくれるな」
 「どうか…しないでくれ」
 副詞「な」と呼応した
   「な…そ」
 竹取物語 かぐや姫の昇天
 「物知らぬこと-な-のたまひ-そ」
  物の道理をわきまえないことを
       おっしゃらないでください
 接続動詞、助動詞
 「る・らる・す・さす・しむ」
 の連用形につき
 カ変・サ変動詞には未然形に付く
 ↓↑
 「…しないでくれ」
 中古末ごろから副詞「な」を伴わず
 「…そ」の形で
 今昔物語集 二九・二八
 「何事なりとも隠し-そ」
  どんなことでも隠さないでくれ
 ↓↑
 禁止の終助詞「な」を用いた禁止表現よりも
      するな・やるな
 禁止の副 詞「な」と呼応した
       「な…そ」
      するな・それ
 が穏やか

 上代では  「な…そね」
      するな・それ?
 という形も併存し
 中古では  「な…そ」
      やるな・それ 
 が多用された・・・
 ↓↑ 
 卮=ノ+厄
   ⺁+一+㔾・・・ノ+厄・・・厄病   
      㔾=セツ=卩
      卩=セツ・セチ
      割り符(わりふ)
      手形(てがた)=卪=卩+丶
  =巵=⺁+一+巴
   シ
   さかずき
   酒を飲む容器
   四升入りの大きいさかずき
   巴=ハ
     うずまき
     象をも飲みこむほどの
     巨大な伝説上の蛇
     四川省重慶市を中心とした一帯
     ともえ=鞆(とも)
     弓を射るときに
     左手首の内側につけて
     矢を放った後の弦が
     腕に触れるのを防ぐ道具
     図案化したもの=鞆絵(ともえ)
 ↓↑
 后=⺁+𠮛(旨=匕+日)
     𠮛=㫖・𣅌・𠤔・𤮻・𣅀・𠩊
   ⺁+一+口
   コウ
   ゴ
   きさき
   きみ
   のち
   天子の正妻
   きみ・天子・君主・諸侯
   うしろ=後・・・午後=午后
   后(きさい)
   后・妃(きさき)
   皇后(こうごう)
   皇太后(こうたいごう)
   后妃・皇妃(こうひ)
   太皇太后(たいこうたいごう)
   三后(さんこう)
   立后(りっこう)
   地名
   皇后崎町 (福岡県北九州市八幡西区)
   こうがさきまち
 ↓↑
 后=⺁+石
    「丆+丅+丂」
     丆=顔面の上部(ミョン)
       面(つら・メン)
 ↓↑
 䂖=石+丶
   丆+口+丶
   一+丿+口+丶
   石で作られた楽器
   八音
   金・石・糸・竹・匏・土・革・木
    の一
 ↓↑
 呑=吞
   夭+口
   丿+大+口
   鵜呑み・併呑・丸呑・呑気
   ↓↑
   飲泣呑声(インキュウドンセイ)
   渾崙呑棗(コンロンドンソ)
   蚕食鯨呑(サンショクゲイドン)
   漆身呑炭(シッシンドンタン)
   清濁併呑(セイダクヘイドン)
   生呑活剥(セイドンカッパク)=コピペ
   呑雲吐霧(ドンウントム)
   呑花臥酒(ドンカガシュ)
   呑牛之気(ドンギュウのキ)
   呑舟之魚(ドンシュウのうお)
   呑刀刮腸(ドントウカッチョウ)
   呑吐不下(ドントフゲ)
   呑波之魚(ドンバのうお)
   忍気呑声(ニンキドンセイ)
   予譲呑炭(ヨジョウドンタン)
   ↓↑
   網、呑舟の魚を漏らす
   息を呑む
   鵜の真似をする烏、水を呑む
   鵜呑みにする
   恨みを呑む
   蛙は口から呑まるる
   蛙は口ゆえ蛇に呑まるる
   固唾(かたず)を呑む)
   気を呑まれる
   声を呑む
   胡椒の丸呑み
   蛇は寸にして人を呑む
   清濁併せ呑む
   小さくとも針は呑まれぬ
   呑舟(ドンシュウ)の魚=大物
   涙を呑む
   吐いた唾は呑めぬ
   吐いた唾を呑む
   針は呑まれず
   細くても針は呑めぬ
 ↓↑
 㲺=氵+匕(匕・匕・七・ヒ)
   氵+七
   シツ・シチ
   そそぐ=注ぐ
   洗う=あらう=灑
   漆=七=柒
      =㲺+木
      =氵+七+十+八 
      =水+一+乚+拾+捌
   漆(うるし・シチ・シツ)
     ウルシ・・・漆器
 ↓↑
 灑=氵+麗
   氵+一+冂+丶+鹿
   氵+一+冂+丶+广+コ+‖+上+ヒ
   ヒ=牝(めす)
   匕
   匕部(ひ・さじ=匙・さじのひ)
   ヒ
   さじ・スプーン
   あいくち=匕首(ヒシュ)
   鍔(つば)のない短剣
   匕首に鍔=不似合い・相応しくない
   不釣り合い・不調和・バランスを欠く
   綺麗  
   ↓↑
   α+麗・・・麓=林+鹿
          木+木+广+コ+‖+比
          =㯟=林+录(彔=刻)
              隶
   儷酈攦囇孋廲彲䕻邐曬
   欐矖穲襹㿛籭纚䚕躧釃
   驪鱺鸝
   瀟洒・瀟灑(ショウシャ)
   灑灑落落(サイサイラクラク)
   灑掃応対(サイソウオウタイ)
   灑掃薪水(サイソウスイシン)
 ↓↑
ー↓↑ーーー
(ユカリとオジさんの世迷い言・2)
古代エジプトの神々(1)・絵字符都・『埃及』(1)・(42)
http://web.archive.org/web/20080501061632/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kojiki42.htm


 ↓↑   ↓↑
エメラルドブルーの謎  (碧き眼の人形伝説)  奈井江 五郎
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
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 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」

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日没前の夕暮れには「つらら」がフシを造る

2024-03-04 23:32:54 | 古事記字源
 日没前の夕暮れには「つらら」がフシを造る


 3月3日も4日も朝は大雪で積雪・・・形容すれば・・・
 「ものすごい(物凄い)」
  ↓↑
 cosmic=コズミック
     宇宙の
     広大無辺な
     秩序整然とした
     途方もない
     ものすごい(物凄い)
     物=牛+勿(勹+〃)
     凄=冫+妻(十+⺕+女)
       氷の妻・・・冷たい妻・冷血な妻?
       氷柱(つらら)の妻?・・・
       雪之女王?
       北条政子
       則天武后
       呂后
       西太后
       エカテりーナ2世?
ーーーーーーーーーー
   ↓↑
   エカチェリーナ2世
  (エカチェリーナ2世アレクセーエヴナ
   Екатерина II
   Yekaterina II Alekseyevna
   イカチリーナ・フタラーヤ・・・
   烏賊地理異名・二羅阿也?
   アレクセーエヴナ
   阿礼句是施得部名?)
   1729年4月21日(ロシア暦)
      5月2日(グレゴリオ暦)
   ~
   1796年11月6日(ロシア暦)
      11月17日(グレゴリオ暦)
        大運1790年8月(61歳)乙亥・偏官
   己┏酉(庚 辛)劫財・食神長生⇔丙辰・印綬
    │支合辛=食神
   戊├辰(乙癸戊)劫財・劫財 衰⇔己亥・比肩
    ├害 
   己├卯(甲 乙)  ・偏官 病⇔庚寅・傷官
    │
   甲子(壬 癸)正官・偏財 絶⇔丙子・印綬・・・?
    申酉空亡
    ↓↑
   if 5月1日に生まれたら
   戊寅(己丙甲)
    ↓↑
   if 5月3日に生まれたら
   庚辰(乙癸戊)
    ↓↑
    ロマノフ朝第8代ロシア皇帝(女帝)
    ↓↑
    魁罡 (かいごう)・・・?
    庚辰(乙癸戊)・庚戌(辛丁戊)
    戊辰(乙癸戊)・戊戌(辛丁戊)
    壬辰(乙癸戊)・壬戌(辛丁戊)
ーーーーーーーーーー
        ↓↑
        ⺔=ㄥ+ユ・・・互=互換
        ⺕・⼹・ヨ
        けいがしら・いのこがしら
         頸頭  ・  猪頭
        豚・猪・猯・豬の頭の形象
           ・・・伊吹山の白豬神
              宮簀媛(美夜受比売)
              尾張国造の女(娘)
           北京←奈良(那羅・平城・寧楽・乃楽・乃羅)
              京都の北西
              乃楽・乃羅=のら・・・?
              野良猫・野良犬・・・捨てられた犬猫
              野良 (のら)=野原
              平仮名の「のら」=放蕩
              野良着=野良仕事での着衣
                  丈夫な作業着
              野良仕事=屋外仕事
                   野外活動・野外労働
              野良豆=ソラマメ(空豆・蚕豆) の別称
              過っての愛玩動物が
              飼い主を離れて放浪していること
              野生化した愛玩動物や飼育動物
           ↓↑
      参考・参照の原文は
      殆どが「ウイッキペデイア」からデス・・・
           ↓↑
          「奈良」の別表記、異表記
           ↓↑
           東国では「平(タヒラ)」
           九州南部では
            「ハエ」・・・?
           ↓↑ ハエいろね
             倭国香媛(やまとくにかひめ)
             孝霊天皇の妃
             倭迹迹日百襲姫命
             と
             吉備津彦命の母親
          別名 絙某姉(はえいろね)
             妹は
             絙某弟(はえいろど)
             も孝霊天皇の妃
            『古事記』
             安寧天皇の曾孫で
            「淡路島」・・・
            「あわじ」⇔「阿波・安房・安和」+ぢ
             出身の
            「蠅伊呂泥(はえいろね)」
             またの名
            「意富夜麻登久邇阿礼比売命
            (おほやまとくにあれひめのみこと)」
           ↓↑
          「なら」とは
          「山腹の傾斜の比較的緩やかなる」地形
           中国・四国では「ナル」と呼ばれる
           ナラス(均す・動詞)・・・鳴らす
           ナラシ(均し・副詞)・・・慣らし
           ナルシ(生るし・形容詞)・成るし
               為るし
               爲=爫+尸+ⲓ+勹(ㄅ)+灬
                 爫+ノ+ㅋ+勹(ㄅ)+灬
                 爫(爪)+ノ+┓+ユ+勹+灬
                  爫+ノ+ユ+ⲓ+ノ+𠃌+ 灬
               いつわる(僞・訏)・詐偽・偽証
               まね(真似)する・まねをして学ぶ
              「や・か」
               疑問・反語をあらわす
               為(繁体字・新字体)
               同義異字
               噕・爳・鄬・𢏽・𤓸・𦥮・𨤒
           ナルと呼ばれる地名は
          「平」「阝+平」「坪」
          「文字が語義を証明している」
           因幡志(1795年)巻14の挿図には
          「平地=ナルヂ」の振仮名
           この地方では近代まで
           普通名詞として用いられていたと
          「柳田邦男」は推測
          「ナラ・ナロ」はその異種で
           奈良はかつて
          「平城」と表記
           ↓↑
           なら
           ↓↑
           乃楽 : 日本書紀・・・
              すなわち、たのしい
           乃羅・すなわち、網羅
              あみ・つらねる・ナラべる
              鳥あみ・鳥をとる網
              網にかけて捕らえる
              残らずつかみとる=一網打尽
              薄い絹・うすもの・綺羅=絽
           平 : 万葉集・・・・・たいら
           平城 : 万葉集、続日本紀、日本後紀
              日本霊異記、平安遺文
              ヘイジョウ=平常・平壌
           名良 : 万葉集・・・・名が良い・名に良い
           奈良 : 万葉集、続日本紀、日本霊異記
              正倉院文書、長屋王家木簡、平安遺文
              なんぞ(奈=大+示)、よし
                    一+人+ニ+小(亅+ハ)
              よし(良=白+丄+乂=白+七(匕・匕))     
           奈羅 : 日本書紀、日本霊異記
              奈(いかん・いかんせん・いかんぞ
                なんぞ=疑問・反語)
              羅=うすもの⇔うずもの・綺羅
               =綺羅=絹=Silk=しるく=知る句                                    
                沙(紗・娑)羅双樹の鐘の音
                 (平家物語)
                絽=縞(しま)おりもの
                  縞模様の織物
                  織り目の透いた絹織物
                絹を積み上げた帰化人=うづまさ
                      禹豆麻佐(うづまさ)
               「太秦」=うづ-まさ・・・秦系新羅人
                   「烏頭・渦・渦巻」+雅(允)
           常 : 万葉集・・・・常=つねに・いつも⇔出雲
           那良 : 古事記・・・那=尹+阝(𠂤・阜)・・・
                    阜(阝・丘)の尹=長官
                    ナ・ダ
                    多い・美しい・安らか
                    なんぞ・いかんぞ・いかん
                    疑問・反語をあらわす助字
                    なに・かの・あの
           那楽
           那羅 : 日本書紀
           楢 : 万葉集・・・楢(なら)の木
           諾良 : 聖徳太子平氏伝雑勘文
              うべなう・承知する・承諾
              聞き入れる
              こたえる・「はい」と答える
              事後承諾⇔字語省駄句?
             「諾威(ノルウェー)」の略・・・
           諾楽 : 日本霊異記・・・楽しみを黙諾
           寧・・・むしろ・丁寧(テイネイ)
               乂寧(ガイネイ)
           寧楽 : 平和の都を意味・・・?
              万葉集
              奈良に上ること、奈良に来ること
              帰郷すること
             「上寧・来寧・帰寧」の語源由来
           儺羅 : 日本書紀・・・
           儺=おにやらい・疫病神を追い払う行事
        ↓↑    
        彗(ほうき)=箒・・・彗星=客星・箒星
        彔(きざむ・刻)=⺔+氺・・乑・豕
          ロク=木を刻む
             時を刻=時刻
             水時計=水刻・漏刻
             氷柱(つらら)の節
        乑=ギン・ハン・シュウ
          ならび立つさま・大勢が立つさま
          よじる・よじのぼる=攀
          すがる・たよりにする=攀
          おおい=衆
          人を三つ重ねて
          多くの人が集まり立つ
          並び立つ
         ⺻・⺻・・・晝=昼⇔書=かく
            晝=肀+二+旦
            昼=尺+旦
              尺度+地平線からの日?
        肀・帇・肅・粛・・・粛清
       「聿=肀+二=筆」・肇(はじめ)=聿
        建・・・日本建(たける)⇔景行・・・
             景(ひかり)の行(行分)
        争=爭・・・ ⺈=⺤=爪(つめ)
        隶(およぶ・及)・逮捕
ーーーーー
  阿膨・・・阿が膨らむ・・・
       台地が膨張して脹(ふくらむ)=月(肉)+長
           張政・壹與・卑彌呼・阿蘇・阿毎
               阿輩雞彌(随書)
       阿=阝+可
         阝+丁+口
         阝+一+亅+口
         ア
         お
         おもね(佞)る・・・
         くま(隈・隅)
         ひさし
         よ(依・拠・因・寄)る
         おか・大きい丘
         くま・曲がって入りくんだところ
         おもねる(侫)
         こびる(媚)
         へつらう(侫・佞・諂)
         ひさし(宇)
         のき(軒・梠・㝢・楣)
         よる・よりかかる(寄り掛る)
         もたれる(凭・靠=告+非)
         日本語
         お・女性の名の上につける愛称
  ↓↑     ↓↑
  吽・阿呍(アウン)
  阿漕(あこぎ)
  阿古屋貝(あこやがい)
  阿修羅(アシュラ)
  阿闍梨(アジャリ)
  東屋・四阿・阿舎(あずまや)
  阿茶羅漬・アチャラ漬け
  阿茶羅漬け(あちゃらづけ)
  阿婆擦れ(あばずれ)
  阿鼻(アビ)
  阿附・阿付(アフ)
  阿片・鴉片(アヘン)
  阿片窟(アヘンクツ)
  阿呆・阿房(あほ)
  阿呆・阿房(あほう)
  阿呆鳥・阿房鳥・信天翁(あほうどり)
  阿呆臭い(あほくさい)
  阿呆陀羅経(あほダラキョウ)
  阿呆らしい(あほらしい)
  阿弥陀・阿彌陀(アミダ)
  阿弥陀被り(アミダかぶり)
  阿弥陀籤(アミダくじ)
  阿諛(アユ)
  阿羅漢(アラカン)
  阿亀・お亀(おかめ)
  お多福・阿多福・於多福(おたふく)
  お多福風邪・阿多福風邪(おたふくかぜ)
  於多福風邪(おたふくかぜ)
  お鍋・於鍋・阿鍋(おなべ)
  阿る(おもねる)
  阿吽二字(アウンニジ)
  阿吽之息(アウンのいき)
  阿衡之佐(アコウのサ)
  阿世曲学(アセイキョクガク)
  阿鼻叫喚(アビキョウカン)
  阿鼻地獄(アビジゴク)
  阿附迎合(アフゲイゴウ)
  阿附雷同(アフライドウ)
  阿保之功(アホのコウ)
  阿防羅刹(アボウラセツ)
  阿爺下頷(あやあがん)
  阿諛曲従(アユキョクショウ)
  阿諛傾奪(アユケイダツ)
  阿諛迎合(アユゲイゴウ)
  阿諛追従(アユツイショウ)
  阿諛便佞(アユベンネイ)
  阿轆轆地(アロクロクジ)
  呉下阿蒙(ゴカのアモウ)
  諂佞阿諛(テンエイアユ)
  阿吽の呼吸(アウンのコキュウ)
  阿呍の呼吸(アウンのコキュウ)
  阿漕(あこぎ)が浦に引く網
  阿堵物(アトブツ)
  阿呆(あほ)の三杯汁(さんばいじる)
  阿保(あほ)の大食い
  阿弥陀の光も金次第
  阿弥陀の光も銭次第
  阿弥陀も銭で光る
  阿波に吹く風は讃岐にも吹く
  (あわにふくかぜはさぬきにもふく)
  金の光は阿弥陀ほど
  結構は阿呆のうち
  結構は阿呆の唐名(からな)
  下駄も阿弥陀も同じ木の切れ
  呉下(ゴカ)の阿蒙(アモウ)
  正直は阿呆の異名
  大根の皮取らぬ阿呆、
    生姜の皮取る阿呆
  釣りする馬鹿に見る阿呆
  冬至十日経てば阿呆でも知る
  元の木阿弥(もくあみ)
  律儀(リチギ)は阿呆の唐名(からな)
  ↓↑
  阿房宮(アボウキュウウ)・・・
      阿の乳房の宮?
  秦の始皇帝が
  阿房宮村に建設した宮殿
  秦帝国の首都、咸陽からは
  渭水をはさんで南側に位置していた
  受刑者70万人あまりが動員されて
  前殿(阿房宮)と
  驪山陵(始皇帝陵)の建造にあたらせた
 『史記・秦始皇本紀始皇35年の条』
 「隠宮徒刑者七十余万人
  乃分作阿房宮、或作驪山」
  紀元前219年に着工
  始皇帝の死後も工事が続いた
  秦の滅亡によって未完のままに終わった
  阿房宮の名称
  当時の人々が地名にちなんで呼んだ
  宮殿の形が
 「四阿旁広」であった
 「宮阿基旁」であったから
 「阿房宮」と名づけられた・・・説
 「阿=が近い」・・・?
    「阿=曲がる・佞(おもねる・よこしま)」
       阿蘇・阿毎王朝?
  咸陽近郊の宮を指すとも
 「四阿旁広」の様子からつけられた・・・説
  始皇帝に最も寵愛された「妾の名=阿」とも・・・
  ↓↑
  始皇帝陵
  紀元前247年
  陵墓建設に着手
  阿房宮の南80里の
 「驪山(北緯34度22分52.75秒
     東経109度15分13.06秒)」
  地下水脈に達するまで掘削し
  陵の周囲は銅で固められた
  ↓↑
 「阿波=あわ=安房(千葉・千葉縣)」・・・
         房総半島
 「阿国(おくに)」=出雲国の阿国
  ↓↑
  阿房宮の規模
  殿上には1万人が座ることができ
  殿下には高さ5丈の旗を立てることができた
  殿外には柵木を立て、廊下を作り
  これを周馳せしめ
  南山にいたることができ
  複道を作って
  阿房から渭水を渡り
  咸陽の宮殿に連結した
  これは
  天極星中の閣道なる星が
  天漢(天の川)を渡って
  営室星にいたるのにかたどったもの
 『史記・項羽本紀』
 「項羽が咸陽に入り
  秦王、子嬰を殺害すると
  秦の宮室は焼き払われ
  3か月間にわたって火が消えなかった」
  の記述
  ↓↑
  出雲阿国
  1572年
  鍛冶屋
 「中村三右衛門」
  の娘として生まれた
  初代と二代目がいた・・・
 「名古屋山三郎
  (なごや さんさぶろう)」・・・名護也(埜)
   ナゴヤ纂(簒・篹・讃)の佐生弄
  の妻
 「かぶき踊」=歌舞伎の元祖
  ↓↑
 「雲光院(ウンコウイン)=阿茶」
  天文二十三年二月十三日
  1554年3月16日
  ~
  寛永十四年一月二十二日
  1637年2月16日
  徳川家康の側室
  飯田氏
  名 須和
  号 阿茶局
    雲光院・民部卿
    一位局・一位尼
  子 神尾守世、神尾守繁
 養子 神尾元勝
    菊姫
  父 飯田直政(久右衛門)
  ↓↑
  甲斐・・・なぜ、「甲斐(かい)」のカンジなんだか・・・?
       「ヤッタ甲斐があった」って、ドウいう意味?
  武田家の家臣
  今川家の家臣没落後・・・「今川」は「コンセン」ってカンジ?
  一条信龍に属した
 「神尾久宗(孫兵衛)」・・・「神」の「尾(おっぽ)」が
               「久宗の孫兵衛」デスか・・・
  に嫁いだ
  『江東区史』・孫兵衛忠重
  久宗との間に
  二男(神尾守世、神尾守繁)をもうける
  天正五年(1577年)七月に久宗は死亡
  天正七年(1579年)
  家康に召された
  戦場でも家康に供奉
 「小牧・長久手の戦い」
  の陣中で流産
  天正十七年(1589年)
  亡くなった
 「西郷局」の替わりに
 「徳川秀忠」
 「松平忠吉」
  を養育し
  長男の
 「神尾守世」
  も秀忠に近侍
  ↓↑
  諸事一切を家康より任され
  慶長十九年(1614年)
 「大坂冬の陣」
  で
 「常高院」
 「大蔵卿局」
  と会見、和議の成立に尽力
  家康の死後に江戸に移り
  竹橋に屋敷と300石の化粧料が与えられ
  後に神田鎌倉町に移転
  雲光院と号したが、剃髪はせず
  秀忠の没後に正式に剃髪した
  元和六年(1620年)
 「徳川和子」入内の際に
  母親代わりの守役を務め
  後水尾天皇より従一位を授けられ
 「一位局・一位尼」
  と称されるようになった
  ↓↑
  寛永七年(1630年)
  秀忠・家光上洛時に供奉
  寛永十四年(1637年)一月二十二日
  死去、83歳
  法号 雲光院殿従一位尼公松誉周栄大姉
     雲光院殿 一位尼公正誉周栄大姉
  ↓↑
  祖父 飯田筑後守
  父  飯田直政(久左衛門)
  弟  飯田又左衛門
  養子 菊姫
  養子 神尾元勝
  子  神尾守世
  子  神尾守繁
  ↓↑
  茶阿局(ちゃあのつぼね)
  天文十九年(1550年)頃
  ~
  元和七年六月十二日(1621年7月30日)
  徳川家康の側室
  松平忠輝
  松平松千代の母
  名  久
  本姓 河村
  法名 朝覚院
 『御九族記』に72歳で死去
  天文十九年(1550年)頃に誕生
  初めは
  遠江国
  金谷村の鋳物師の後妻となり
  娘
 「於八」を生む
 「お久」が美人で
  代官が横恋慕し
  夫を闇討ちされ
 「お久」は3歳になる「於八」を連れ
  夫の仇を討ってもらおうと
  鷹狩に来ていた家康に直訴し代官は処罰
  家康はお久を浜松城に召し出て奥に入れた
  夫の仇は
 「長谷川八郎右衛門」が果たした
  時期は
  天正三年(1575年)~十年(1582年)頃
  家康の信任を得て
  側室となり
 「茶阿局」を名乗る
  天正二十年(1592年)
  辰千代(松平忠輝)・・・天正十四年(1586年)異説
  文禄三年(1594年)
  松千代&辰千代・・・双子?・・・説
  を出産
 「松平忠輝」は
  慶長八年
  深谷藩が廃藩され
  信濃国川中島十四万石を与えられ
 「茶阿局」
  は前亡夫の
  二人の息子(善八郎・又八郎)を
 「長谷川八郎右衛門」
  の一族
 「木全刑部」の養子にして忠輝の小姓として召し出し
  娘婿の
 「花井吉成」
  を忠輝の家老にした
 「茶阿局」
  は奥向きのことを任され
  強い発言力と政治力を持っていた・・・
  慶長十一年(1606年)
  忠輝は
 「伊達政宗」
  の長女
 「五郎八(いろは)姫」
  を正室として娶る
  その後、越後国高田75万石を所領
  元和二年(1616年)
  家康死去後
 「朝覚院」と号した直後
  忠輝は兄の
  秀忠により失態を責められ改易
  伊勢国に流罪
 「茶阿局」
  は家康の側室の
 「阿茶局」に取り成しを依頼したが
  聞き入れられることはなかった
  ↓↑
  元和七年(1621年)六月、72歳で病死
  法名 「朝覚院殿貞誉宗慶定禅尼」
  墓碑  宗慶寺(東京都文京区小石川)
  ↓↑
  平戸のイギリス商館長(カピタン)
 「リチャード・コックス」
  の日記に
  改易された忠輝が配流される道中の地で
 「叔父の家に泊まった」という記述
  彼女が花井氏に嫁いで離縁された過去
  家康の側室になるにあたって
  地元の有力な武士
  河村家の養女になったことが記録
  茶阿の実兄
 「山田上野介」
  は
 「石田三成」
  に仕えた重臣で佐和山城が落城した時
  上野介は三成の父や兄と共に自刃したが
  息子の
 「山田隼人正(山田勝重、妻は三成の長女)」
  を脱出させ
  親戚の孝蔵主は茶阿局のもとに送り届けた
  茶阿はこの甥を
  息子・忠輝の家老にして取り立てた
  ↓↑
  ナノ繊維・・・阿膨・・・膨張・渤海・勃起
  ↓↑
 2023/02/13
 「サイエンスゼロ」
 「樹木が生んだ魅惑の素材
  セルロース-ナノファイバー」
  プラスチックに置き換わる素材
  開発されたのは
 「セルロース-ナノファイバー」で作る
 「透明な紙」
  軽くて変形可能、土に還元
  半導体やセンサーの基盤材料・・・
  ↓↑        
ーー↓↑ーーー
(ユカリとオジさんの世迷い言・2)
古代エジプトの神々(1)・絵字符都・『埃及』(1)・(42)
http://web.archive.org/web/20080501061632/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kojiki42.htm


 ↓↑   ↓↑
エメラルドブルーの謎  (碧き眼の人形伝説)  奈井江 五郎
  ↓↑   ↓↑
 「プラトン古事記をカタル(古事記字源)  + (表紙・画像・音楽)」の移転先・・・
 ↓↑
 ボクの「古事記字源」の発端・・・
 ↓↑
 干支歴
 ↓↑

 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」

 ↓↑
 メリキリの - YouTubehttps://www.youtube.com/watch?v=7xgS0oJhhe8



 ↓↑
 モモちゃんhttps://www.youtube.com/embed/W00rHNN2zMQ?



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 モウ君の総合目次
 ↓↑

  コジキ姫赤い絨毯に乗る(m)

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 古事記と虎関師錬
 ↓↑鉄腕アトムのロボット法を思い出してこれを貼り付けてみたけれど・・・


オジタリアンと「鉄腕あとむ」の「ポ


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三月・弥生・雛(ひな)祭り・・・雛=芻+隹

2024-03-01 02:02:07 | 古事記字源
 2024年02月29日木曜日
 ・・・やたねっ・・・なでしこ(撫子)・・・名出(弟・頽・手)詞故・・・
 撫子=牛麦=カワラナデシコ(河原撫子)
   =蘧麦(キョバク)
   =唐撫子(カラナデシコ)
 ナデシコ(ダイアンサス=dianthus)
 ナデシコ科
 ダイアンサス属の総称
 花言葉
 「純愛・貞節」

 「芻=シュ・ス・スウ
   かる
   くさか(り)
   まぐさ
   わら
   刈る・草を刈る・刈る人
   まぐさ・ほし草・家畜の飼料
   まぐさかう・家畜を飼う
   草を食べる動物
   反芻(ハンスウ)
 ↓↑ ↓↑
 雛=鶵=雏
 雛=芻+隹
   勹+屮+隹
   勹+凵+丿+隹
   勹+凵+丨+隹
 鶵=芻+鳥
 雏=刍+隹
   ⺈+彐+隹
   ス・スウ
   ひな
   ひよこ
   ひな鳥・鳥の子
   幼いこども・幼児
   日本語
   ひな・ひな人形
   ↓↑
   御雛様・お雛様(おひなさま)
   紙びな・紙雛(かみびな)
   変わり雛(かわりびな)
   内裏雛(だいりびな)
   夫婦雛(みょうとびな)
   雛(ひな)
   ひな遊び・雛遊び(ひなあそび・ひいなあそび)
   雛霰(ひなあられ)
   ひな菓子・雛菓子(ひながし)
   ひな型・雛型(ひながた)
   雛菊(ひなぎく)
   雛罌粟(ひなげし)
   ひな壇・雛壇(ひなだん)
   雛鳥(ひなどり)
   ひな人形・雛人形(ひなにんぎょう)
   ひな祭り・ひな祭・雛祭(ひなまつり・ひいなまつり)
   鳳雛(ホウスウ)
   臥竜鳳雛(ガリョウホウスウ)・・・チャンスがない龍
   伏竜鳳雛(フクリョウホウスウ)・・・チャンスがない龍
   竜駒鳳雛(リョウクホウスウ)・・・将来、見込みのある子
   麟子鳳雛(リンシホウスウ)・・・・将来、期待のある子
   ・・・オオタニショウヘイ・・・ケッコン・・・おめでとう!!

  ↓↑
 「芻=勹+屮+勹+屮・・・・匈・匃・勿・匆・・・匂
   シュ・ス・スウ
   かる
   くさか(り)
   まぐさ
   わら
   刈る・草を刈る・刈る人
   まぐさ・ほし草・家畜の飼料
   まぐさかう・家畜を飼う
   草を食べる動物
   反芻(ハンスウ)
 ↓↑
 2024年03月01日金曜日

      女性 立運2024年3月(0歳)丙寅・食神
         大運2032年4月(8歳)乙丑・劫財
      ↓↑
      男性 立運2024年3月(0歳)丙寅・食神
         大運2025年8月(1歳)丁卯・傷官
 年柱 甲辰(乙癸戊)比肩・偏財 衰⇔
 月柱 丙寅(戊丙甲)食神・比肩建禄⇔
 日柱 甲子(壬 癸)  ・印綬沐浴⇔
 時柱 乙丑(癸辛己)劫財・正財冠帯⇔
     戌亥空亡

ーー↓↑ーーー
(ユカリとオジさんの世迷い言・2)
古代エジプトの神々(1)・絵字符都・『埃及』(1)・(42)
http://web.archive.org/web/20080501061632/http://www1.odn.ne.jp/~haa98940/fanin/pura2/kojiki42.htm


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エメラルドブルーの謎  (碧き眼の人形伝説)  奈井江 五郎
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 ↓↑
 干支歴
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 追加添文 「戦争と平和」・・・「モウケの生き方」

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