今日は、シカゴ日本人学校全日校の修了式があり、その後、お世話になった5人もの先生方の離任式があった。私は、今まで一度も離任式を見たことがなく、出席した方の話だと、すごくよく、感動すると聞いていたので、ハンカチを用意して行った。
帰国される先生方5人とも、息子たち2人が大変お世話になったので、親子でとてもさびしい気持ちで胸がいっぱいだ。3年前、先生方が日本人学校に着任されて、上の息子が小学5年生のときに、坪内先生が担任。小学6年生の時に飯島先生。同じ年に、下の息子が小学1年生のときに吉田先生。今年は上の息子が中学部で理科を山田先生に教わった。山田先生は、中学部長担当だったので、上の息子は生活面でもお世話になった。そして、中村校長先生には、子供たちはときには一緒に遊んでもらい、ときには励まされた。強いリーダーシップを持ちながらも、その気さくな人柄で、子供たちからも保護者からも慕われていた。ジャングルやUS新聞などの取材にも協力してくださって、私も本当にお世話になった。校長先生の絶妙なコメントで、記事が引き締まり、何度か助けてもらった。
最後の先生方1人1人の挨拶で、「苦手なことやいやだと思うこともいつかその人の得意な分野になる可能性がある。」という校長先生のお話や、苦労を乗り越えてオリンピック選手になった友達の経験談から、「決して夢をあきらめるな!」と吉田先生が激励。飯島先生は、突然サッカーのユニフォームに着替え、サッカーボールをとりだし、サッカー選手に変身して、高度なサッカー技術をみんなの前で最後に披露。そのかっこよさで、私たちを驚かせた。「また、いつかどこかで会いましょう!」と明るくみんなにさっぱりと一言。しめっぽくならないよう、飯島先生のさりげない演出かなと思ったほど。坪内先生は、ナポレオンの言葉を用いて、「何か自分の得意なものを持って!」との励まし。「一分一秒を惜しんで、みんないろんなことに一生懸命やっていた。」というほめ言葉が日本人学校の子供たちのひさむきさを示していた。山田先生は、「笑顔ときちんとした挨拶ができる子供たちから、先生はいつも励まされた。みんながこういう態度で接していけば、いつか世界平和も実現できる。」というような最高のコメントで最後をしめくくられた。
本当にこのような素晴らしい熱意のある先生方から導かれて、今の日本人学校の生徒たちのポジティブで素直な姿がある。先生方の挨拶を聞きながら、胸が本当にジーンとして、最後の子供たちの「旅立ちの日に」の歌の合唱のときは、お母さんたちも涙、涙であった。5人の先生方、本当にありがとうございました。私たちも先生方の意志を次いで、今いる先生方に協力して、ますますいい日本人学校になるように努力していきます。今後の日本での、先生方のご活躍をお祈りいたしております。またいつかどこかでお会いしましょう!
息子たちの6年生のときの担任飯島先生は、サッカー選手でスポーツ万能。厳しかったけれど、中学部でみんなが充実して過ごせるのは、6年生のときのたくわえがあってのこと。息子たちも恩師として、一生忘れない先生であろう。
帰国される先生方5人とも、息子たち2人が大変お世話になったので、親子でとてもさびしい気持ちで胸がいっぱいだ。3年前、先生方が日本人学校に着任されて、上の息子が小学5年生のときに、坪内先生が担任。小学6年生の時に飯島先生。同じ年に、下の息子が小学1年生のときに吉田先生。今年は上の息子が中学部で理科を山田先生に教わった。山田先生は、中学部長担当だったので、上の息子は生活面でもお世話になった。そして、中村校長先生には、子供たちはときには一緒に遊んでもらい、ときには励まされた。強いリーダーシップを持ちながらも、その気さくな人柄で、子供たちからも保護者からも慕われていた。ジャングルやUS新聞などの取材にも協力してくださって、私も本当にお世話になった。校長先生の絶妙なコメントで、記事が引き締まり、何度か助けてもらった。
最後の先生方1人1人の挨拶で、「苦手なことやいやだと思うこともいつかその人の得意な分野になる可能性がある。」という校長先生のお話や、苦労を乗り越えてオリンピック選手になった友達の経験談から、「決して夢をあきらめるな!」と吉田先生が激励。飯島先生は、突然サッカーのユニフォームに着替え、サッカーボールをとりだし、サッカー選手に変身して、高度なサッカー技術をみんなの前で最後に披露。そのかっこよさで、私たちを驚かせた。「また、いつかどこかで会いましょう!」と明るくみんなにさっぱりと一言。しめっぽくならないよう、飯島先生のさりげない演出かなと思ったほど。坪内先生は、ナポレオンの言葉を用いて、「何か自分の得意なものを持って!」との励まし。「一分一秒を惜しんで、みんないろんなことに一生懸命やっていた。」というほめ言葉が日本人学校の子供たちのひさむきさを示していた。山田先生は、「笑顔ときちんとした挨拶ができる子供たちから、先生はいつも励まされた。みんながこういう態度で接していけば、いつか世界平和も実現できる。」というような最高のコメントで最後をしめくくられた。
本当にこのような素晴らしい熱意のある先生方から導かれて、今の日本人学校の生徒たちのポジティブで素直な姿がある。先生方の挨拶を聞きながら、胸が本当にジーンとして、最後の子供たちの「旅立ちの日に」の歌の合唱のときは、お母さんたちも涙、涙であった。5人の先生方、本当にありがとうございました。私たちも先生方の意志を次いで、今いる先生方に協力して、ますますいい日本人学校になるように努力していきます。今後の日本での、先生方のご活躍をお祈りいたしております。またいつかどこかでお会いしましょう!
息子たちの6年生のときの担任飯島先生は、サッカー選手でスポーツ万能。厳しかったけれど、中学部でみんなが充実して過ごせるのは、6年生のときのたくわえがあってのこと。息子たちも恩師として、一生忘れない先生であろう。