仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

血の掟ならⅣ

2008年05月15日 12時39分47秒 | Weblog
 ジャングルの中でシダの茂みに膝を抱えてじっとしているような感覚で耳を済ませるとあたりの騒音が意味のあるものに聞こえてくる。それは時に恐怖を増幅させ、ときに、安堵を与える。
 美咲は今、自分がいる場所がどこなのか、正確に理解することができなかった。ヒカルの部屋のドアを荒々しく叩き、竹下が来る前に一緒に逃げてと言い、ヒカルを連れ出した。なぜ逃げるのか、どこへ逃げるのか、それすら解らずに。ヒカルは財布と保険証だけポケットに捻り込み部屋を出た。美咲は黒い鞄ではなくデイパックを肩にかけていた。紺の制服はいつものままだった。ヒカルの部屋を出てからもなぜか走った。白金の住宅街の一角にあるヒカルのアパートから国道1号線に出て五反田に向かって走った。美咲に手を引かれるままにヒカルも走った。美咲の後姿を見てその格好は逃げるには適していないと感じた。走りながら美咲に問いかけた。すると美咲は青年部で合宿しており、制服のほかにはジャージーしか持っていないと言った。ジージャンにネルシャツ、ジーンズにコンバースのヒカルと紺のブレザーの美咲、手を引かれる格好がヒカルには非常に不自然に思えた。美咲はどう見ても焦っていた。ヒカルは足を速め、美咲の前に出て美咲を止めた。
「何を焦っているんだ。」
「だってね。この辺は、勧誘対象地区になっていてたくさんいるの。」
「誰が」
「青年部よ」
怯えていた。
「君のような格好をした人がこの辺にたくさんいるのか。」
「そうなの。学ランを来た竹下見たいのと私見たいな人にあったら、おしまいなの。」
美咲は今にも泣き出しそうだった。
「まだ、活動時間帯じゃないから、今のうちに逃げるの。」
混乱していた。
「それなら、着替えよう。」
というと今度はヒカルが美咲の手を引いた。目黒川と五反田駅の間にある汚い飲み屋街(今は再開発も進み見る影もないが、)その中に一坪ほどの古着屋があるのをヒカルは知っていた。ヒカルは新潟の出身だった。MG大にその年進学したのはヒカル1人だけだった。人付き合いの苦手なヒカルは哲学の授業の時、たまたま話しかけてきたマサル以外に友達いう友達はいなかった。軽音でもその影は薄かった。ただ、マサルはヒカルをいろんなところに連れて行ってくれた。その中にその古着屋があった。今で言うビンテージ物が高値で取引されるようなところではなくほんとの古着屋だった。変装をさせるつもりはなかった。しかし、美咲は服を選ぶことができなかった。合宿生活のせいなのか、それとも教えのせいなのか、仕方がないのでヒカルが見繕った。美咲の小柄な体系に合った服もなかったのだが。裾を折り、ベルトで閉めないとずり落ちてしまいそうなジーンズとブラの紐が見えてしまう横縞のTシャツ、薄でのスタジャンにキャップをかぶせた。イメージが変わった。しかし、靴が問題だった。その古着屋に美咲のサイズはなかった。靴は諦め、会計をすることにした。その段になって、美咲の所持金が千円くらいしかないことがわかった。たまたまだが、ヒカルの財布の中には家賃を含めた仕送りの金があった。何の計算をすることもなく全額をヒカルが出した。店を出て、駅のゴミ箱に美咲の制服を捨てた。美咲は目が痛いと言い出し、コンタクトを取りたいといってトイレに駆け込んだ。黒縁の眼鏡だった。さらにイメージが変わった。ヒカルは噴き出した。