仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

ジャングルに棲む奇獣Ⅷ

2008年05月28日 15時32分39秒 | Weblog
 T会の戦略はまさに営業戦略といっていい。勧誘に対する障害が増えた段階でその市場から撤退し、営業力のある人材を次の拠点に移動する。MG大では抵抗勢力の出現で余計な労力を浪費することになりかねなかった。マスコミに嗅ぎ付けられたり、裁判沙汰になると折角の勧誘で得た資金源が何の意味もなくなってしまう。そこで撤退に対する決定は早かった。MG大にはT会の研究会は残ったが表立った活動は影を潜めた。あのニットのワンピースの責任者も竹下をはじめとする武闘派も実はミサキのいた合宿所から来た勧誘専門の部隊だったのだ。彼らは次の目標となるJ大への潜入攻勢を開始した。
 ヒロムはヒカルの一件があってしばらくは、その話題に触れなかった。しばらくしてから、マサルに聞くと学内での活動を見なくなったという返事が返ってきた。
ミサキへの聞き取りもその時点では積極的に行われたわけではなかった。事実、いろんな意味で落ち着くまでヒカルもミサキも「ベース」には来なかった。
 「ベース」のこのころの動きは、以前の六人組という枠を超えてヒロムが下部組織を作り出したことだ。各会員に配る会員証の作成や日々の開放スペースの管理を六人組以外の人間がやるようになった。また、次のイベントに向けての執行部を演劇部や技術者を中心に組織し、動き出したのもこのころだった。
 ヒロムのジャングルに棲む奇獣が動き出した。ヒカルがミサキと共同生活をすることになったヒロムの部屋にはウパニッシャッドをはじめとする東洋の宗教関連の本から、原始キリスト教を扱った書物、ユング心理学、グルジェフワークといったオカルト関連のものまで精神論から心理学、宗教学、哲学、社会学と、上げたらキリがないが今の現象、自分が関わる「仁」を中心とした「ベース」を理論的に解明しようとするような本だらけだった。ヒカルがヒロムの部屋と三日間を要して格闘した時、見たことも聞いたこともない本の山に驚いた。マサルの話によれば、年齢的に近いだけにヒロムの凄さをヒカルは実感した。が、部屋がこれほど荒れているということはヒロムの心の中にも何か荒涼としたものがあるのではないかと、感じもした。ヒロムの奇獣が起き出したのは確かに「神聖な儀式」の後からだろう。仁の力についての研究より人が動くこと、金が動くことが面白くなった。自分で発案した企画から思いもよらぬ金が動いたのだ。ヒロムの中の奇獣はごく当たり前の「欲」だったのかもしれない。虚無の思想は現世に向かった「欲」に変化していった。