仁、そして、皆へ

そこから 聞こえる声
そして 今

ジャングルに棲む奇獣Ⅶ

2008年05月27日 16時05分32秒 | Weblog
ミサキの手を引いた。店に着くとミサキが寝巻きを持っていないことに気づき、パジャマも買った。ヒカルの財布の中にあった三日分の日当がほとんどなくなった。それでもヒカルはうれしかった。自分が人のために何かをする、そんなことができることが不思議だった。ミサキが着替えたいといい、店の試着室を借りて着替えた。ミサキのイメージがまた変わった。肩より少し長い髪、眉毛の少し上でそろえた前髪、禁欲的な生活は化粧も許されなかったのか、淡い色のリップくらいしかつけない唇、試着室のカーテンが開いて出てきたミサキは、可愛らしいという表現が一番似合いそうだった。大きな紙袋が三つ、ミサキが一つ持ち、ヒカルが二つ、井の頭線に乗り込み、ヒロムのマンション向かった。ミサキは左手で荷物を持ち、右手をヒカルの左手に絡ませた。柔らかな感触がヒカルに伝わった。電車の揺れに合わせてミサキの身体がヒカルに触れた。緊張感が和らいでいくのを二人は感じていた。意図的ものは何もなく、自然に触れ合えることがうれしかった。
 次の日、ヒカルはヒデオの車に乗った。昼になって、飯の行こうと誘ってもいこうとしないヒカルにヒデオが声を掛けた。金がないというとヒデオは大きな札を五、六枚ヒカルに握らせ、いつでもいいよといった。ヒカルは不思議だった。何故こんなにも優しくできるのだろう。「ベース」以外のことは、ほとんど知らないのに。心の欠けた部分を埋めるために「ベース」に行き出したヒカル、マサルに誘われるままに行ったスペイン坂。いろんなことが頭の中で駆け巡った。なぜか、涙が出てきた。
 ヒデオは、
「オイオイ泣くなよ。」
と肩を叩いた。
「大切な人なんだろ、大事にしろよ。」
と言い、ヒカルの腕を持ち、強引に引っ張ると
「飯だ飯だ。」
と現場近くの食堂に連れて行った。
 ヒカルはそれから、毎日、ヒデオの車の乗った。一週間くらいしたときだった。疲労がピークに達したヒカルは朝、起きれなかった。迎えに来たヒデオにミサキが事情を話した。ヒデオは無理をするなとだけ言った。ヒカルが休んだのはその日だけだった。次の日から、ヒデオの車の助手席がヒカルの指定席になった。
 ミサキとヒカルの奇妙な生活についてはまた紹介することにして、T会のこのころの状況について書くと、MG大の勧誘作戦は成功したとは言い切れなかった。学生運動以来、学生の力を抑えるために、大学側は自治会の解散を求め、事実上、大学には学生による自治会はなかった。そこがT会にしても都合のいいところだったのだが、夜間部のサークル連合会の結束が固く、T会排除の運動が起きた。夜間部からというのも面白い話だが、学外生の不当な侵入や今で言うストーカーまがいの勧誘に自衛団的なものを組織し、対抗したのだ。T会はMG大での勧誘活動に見切りをつけ、次の目標に向かうことになった。竹下をはじめとする勧誘グループはその姿を消した。